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第十二話:市場と天運

 市場は、ギルド前の広場から少し歩いた先に広がっていた。

 そこは、色と匂いと音の洪水だった。

 街道の両脇に所狭しと並べられた露店。

 色とりどりのテント屋根が波のように連なり、その下では商人たちが声を張り上げている。


「安いよ安いよ! 採れたての果実だよ!」

「魔物の皮で作った丈夫な靴はいらんかね!」

「奥さん、いい布が入ってるよ! 見てって!」


 活気がすごい。

 王城の堅苦しい雰囲気とは無縁の、生命力が溢れ出すような場所だ。

 肉を焼く香ばしい煙、甘い果物の香り、香辛料の刺激的な匂いが合わさりあい、鼻をくすぐる。


「……まずは、何から攻める?」


「最優先は調味料です。味の基本となる塩、胡椒、それから砂糖。これがないと始まりません」


 カエデは手帳を開き、あらかじめリストアップしておいた項目を確認しながら言った。

 彼女の目は真剣そのものだ。

 俺たちは人波をかき分け、食材エリアへと進んでいった。


 最初に見つけたのは、恰幅のいいおじさんが店主をしているスパイス屋だった。

 店頭には麻袋がずらりと並び、中には様々な色の粉末や木の実が入っている。


「いらっしゃい! 坊主、何をお探しで?」


 おじさんが人懐っこい笑顔で声をかけてきた。


「料理に使う基本的なやつを一通り。塩と胡椒、あと砂糖はあるか?」


「あるよあるよ。塩は岩塩と海塩、どっちにする? 胡椒は黒と白があるぜ」


 おじさんが手際よく小瓶を取り出す。

 カエデが前に出て、一つひとつの香りを確かめるように顔を近づけた。


「……香りがいいですね。管理状態も良さそうです」

「おっ、嬢ちゃん分かるかい? うちは湿気対策には命かけてるからな」

「では、この岩塩と黒胡椒、それから砂糖をそれぞれ一袋ずつお願いします。あと、そちらの赤い粉末は何ですか?」

「ああ、これは『火吹き唐辛子』の粉末だ。ピリッと辛くて、肉料理に合うぞ」

「それもいただきます。あと、香草を数種類」


 カエデが次々と注文していく。

 おじさんは嬉しそうに袋詰めをしていくが、会計の段になって俺はふと思った。

 そういえば、俺のスキル『天運招来』は、こういう場面でも発動するのだろうか。


「全部で銀貨三枚だ」


 おじさんが提示した金額に、俺が財布を取り出そうとした時だ。

 ふと、店の奥からおじさんの奥さんらしき女性が顔を出した。


「あなた、ちょっと! 倉庫の奥から変な壺が出てきたんだけど、これ何かしら?」

「あん? 今、接客中だぞ……」


 おじさんが渋々奥へ引っ込もうとしたが、俺の目がその壺に釘付けになった。

 なんというか、俺の「勘」がピクリと反応したのだ。


「おじさん、それ、ちょっと見せてもらってもいいか?」

「え? ああ、これか? 埃まみれで汚いぞ」


 おじさんが持ってきたのは、口が蝋で封じられた古ぼけた小瓶だった。

 ラベルも剥がれていて中身は分からない。


「なんだろうなこれ。仕入れた覚えもねえんだが……」


 俺はその小瓶を受け取り、軽く振ってみた。

 さらさらとした音がする。


「おまけで、これも付けてくれないか? 中身が分からないし、売り物にならないだろ?」

「んー、まあいいか。どうせ捨てようと思ってたしな。持ってけドロボウ!」


 おじさんは豪快に笑って、その小瓶を袋に放り込んでくれた。


「ありがとう。助かるよ」


 俺たちは代金を支払い、店を後にした。

 少し離れたところで、カエデが小瓶を見つめながら言った。


「天道くん、その小瓶……中身は何ですか?」

「さあな。でも、俺の勘だと『当たり』だと思うぞ」


 俺が蝋の封を爪で剥がし、コルク栓を抜くと、ふわりと甘く濃厚な香りが漂った。

 メープルシロップのような、あるいは蜂蜜のような、極上の甘い香りだ。


「これは……『黄金蜜』ですか!?」


 カエデが目を見開く。


「希少な蜂が集める、最高級の甘味料です。一瓶で金貨一枚はする代物ですよ!」

「マジか。やっぱり当たりだったな」

「ゴミ同然に譲ってもらったものが、買った商品すべての値段を遥かに超えているなんて……。相変わらず、貴方の運は常軌を逸しています」


 カエデは呆れつつも、その顔はほころんでいる。

 これで甘味に関しても妥協のない食卓が作れるからだ。


 その後も、俺たちの快進撃は続いた。

 パン屋に行けば、「焼きすぎちまったから」と通常の倍の量のパンを半額で譲ってもらい。

 野菜屋に行けば、ちょうど農家から届いたばかりの、「市場には滅多に出回らない幻の高原野菜」を普通のキャベツと同じ値段で買えたり。

 精肉店では、店主が解体に失敗して形が悪くなったという最高級部位の端肉を、タダ同然で分けてもらったりした。


 俺が店先に立つだけで、なぜか「掘り出し物」や「訳あり品」が向こうからやってくる。

 カエデは最初こそ驚いていたが、途中からは「はいはい、そう来ましたか」と悟ったような顔で荷物を受け取る係に徹していた。


「食材はこれで十分ですね。次は日用品です」


 カエデがリストをチェックする。

 残るは、石鹸、タオル、そして最重要課題であるトイレットペーパーだ。


 俺たちは雑貨屋が並ぶエリアへと移動した。

 そこで見つけたのは、布製品を扱う店だった。


「いらっしゃいませー」


 店番をしていたのは、狐の耳を持つ獣人の少女だった。

 彼女は俺たちを見ると、ぴょこんと耳を動かした。


「柔らかい布を探しているんだが」

「布ですね! 用途は何でしょう? 服? それともカーテン?」

「いや、その……肌触りがよくて、使い捨てにしても惜しくないような……」


 俺が言葉を濁していると、カエデが横から助け舟を出した。


「衛生用品として使いたいのです。吸水性が良く、肌に優しいものを」

「ああ、なるほど! それなら、これがおすすめですよ」


 少女が出してきたのは、薄手だがふわふわとした手触りの布の束だった。


「『綿花草』の繊維で織った布です。少し織り目が粗いので安価ですが、肌触りは最高ですよ。貴族の方も、雑巾にするのはもったいないって言って、ハンカチ代わりに使ったりしてます」


 俺は布を触ってみた。

 柔らかい。

 これなら、現代日本のダブルのトイレットペーパーにも引けを取らないかもしれない。

 いや、むしろ布である分、こちらの方が高級感すらある。


「いいな、これ。あるだけ全部くれ」

「えっ、全部ですか!?」


 少女が驚いて尻尾を膨らませる。


「ああ。これからも定期的に買いに来るから、在庫を確保しておいてくれると助かる」

「はい! ありがとうございます! まいどありです!」


 少女は満面の笑みで布を包んでくれた。

 ついでに、店晒しになっていた少し色あせたバスタオルなんかも、「これもおまけしとくね!」と付けてくれた。

 やはり、俺の運は今日も絶好調だ。


 最後に、食器や鍋などの調理器具も一通り揃えた。

 ここでも、「取っ手が少し歪んでいるから」という理由で、プロ仕様の銅鍋を安く手に入れることができた。

 ただ、カエデが「この鍋ならどんな料理もできます!」と目を輝かせていたので、これは良い買い物だったに違いない。


 俺は、そう思うことにした。


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