ー30ー
《上司の視点》
今日は、若い青年に姿を変えた。目が見えない相手にとって、それがどれだけの印象の変化になるのか分からない。
重い扉を開くと俺は気になる人の元へと向かった。
今日も大きな石の上で日光浴している白いドレスを着た貴女は、俺の足音ですでに俺の訪問に気づいていた。
『おはよう』
厳密には、いまは夜だ。だが、彼女はこの世界しか知らないから、夜を知らない。ずっと25度くらいの温室の昼間の中で暮らしている。
「おはよ」
トトトッと、彼女が俺に近づいてくる。
『あれ?いつもと声が違うの?』
想像していた俺とは、声の高さが違ったらしい。俺にすり寄った貴女が、俺を確認するようにその手のひらで俺の顔や体に触れる。
『顔も服装もいつもと違うみたい』
「じゃ、貴女が想像していた人ではないのでは?」
俺は少しだけ意地悪な言い方をしてみた。
俺の意見に彼女は、すぐさま首を横に振った。
『そんなことないわ。鼓動がいつもと同じ人だもの』
彼女は、俺の心臓を指さすと見た目や声の変化にとらわれずに、俺を俺だと断定した。
きっとこの世界で唯一、姿形が変わっても俺を俺だと認識してくれる人は、この人しかいないんだろう。
その嬉しさに苦笑してしまう。
誰もが俺を不必要だと決めつけるこの世界で、彼女だけが俺を分かってくれているような気がして舞い上がりそうになる。
『それに、私に会いに来てくれる人は、貴方しかいないもの』
「ま、そーよな」
『ふふ、その喋り方もw私にラフに話しかけるのは、貴方しかいないわ』
この天界で、初めて作られた人間の女は、屈託のない笑顔で笑っていた。
かつて、天界には人間は2人だけ存在していた。人間の世界に子を成すために創り出された2人は、それはそれは丁重に扱われていた。
対をなす存在として作られた2人だったが、彼女は人間ではなく天使を好きになってしまう。そこから、この場所が天使入室禁止区域となった。そんな彼女が好きな天使と言うのは、もちろん俺なんかの事ではない。
他の人から丁重な扱いを受けているのは、いまも変わりはないのだろうが、俺は出会った時から『人間』という存在が面白くなかったので、丁寧な話し方をしたことがなかった。
「もう眠る時間ですよ」
『ええ?!まだ起きていたいっ』
まるで、赤ん坊のような駄々のこね方に、いっきに面倒くささだけが沸き起こる。
勝手に逃げ出してしまわないように、俺は彼女をお姫様だっこというやつで抱えた。
『もう少し、お話しましょうよ』
抱き上げられると、かんねんしたのか、とくに暴れる様子もなく腕の中で静かにしてくれている。
この場所は、彼女が逃げ出さないようにするためだけの檻だ。
だから、彼女は目を焼かれ、そして1日の終わりに記憶を失う薬を飲まされる。…もう、二度と同じ過ちを犯さないようにするために。
彼女が決して好きになることのない俺は、この場所の監視役に任命された。
眠りの祭壇の前にやってきた。
俺は、彼女を祭壇の横に腰掛けるように座らせた。
「そんな事言っても、どうせ子守唄歌ったらすぐに寝ちまうくせに」
『だって、貴方の歌って誰よりも心地いいんだもん』
怒ったふくれっ面さえ愛おしくて憎らしい。
「〜♪……………っ」
『ふふっこれで歌えないでしょー』
彼女は、俺に子守唄を歌われないようにするために、俺の口を自らの唇で塞いできた。
ただの妨害行為に、色恋のカケラなんて1つもなくて、その無垢な無邪気さに腹立たしさすら感じてきそうだった。
ガサガサ……!
っと、どこかで草が揺れる音がして、彼女は仕方なく眠ったフリを始めた。
それが誰なのか追求するまでもない俺は、彼女を祭壇に寝かせると1人でエデンの園から出た。




