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「あーーーよく寝た」
上司は、起きたばかりの体を動かしている。
「早く仕事をしてください」
先程からパソコンの前から動かない彼が上司へ文句を言っている。
「はいはい」
手前にある書類から手を付けていくつもりなのか、1つ1つの書類に目を通している。これだけの書類が溜まっているのに、全部目を通すつもりなの??
許可できる内容のものにはハンコが押されていく、書類に目を通しながら上司が私に問いかける。
「君はなんでこんな所へ来ることになったの?」
「分かりません」
今日、いきなり言われただけだし、下っ端の天使にとって上司や上のクラスで働いている人の考えを知ることは出来ない。
「真面目な人が来るところではない気がするんだけどね」
自分の部署が周りからなんと呼ばれているのか知っているのか、上司は自分の部署をこんな所と表現した。
「君がこの部署で働くことを不当だと考えているなら、元の部署に返すこともできるけど、そのへんはどう思ってるのかな」
まるで、この部署まで歩いている間の私の頭の中を読んでいたかのような言葉にハッとする。
「昨日までの仕事に対して、自分なりに真摯に向き合ってきました。私、自身も何故ココへ異動になったのかは理解していません」
「うん」
何故、この上司は私の気持ちを聞いているんだろうか。下っ端の天使の意見なんて通るわけもないのに…。
「けれど、新しい所でも頑張るためにココへやってきました。元に戻る時は、自分が出世した時かと」
上司は、私の意見を鼻で笑った。
「この部署に来てしまったら、他の部署に行くには……そうだな。悪魔が攻めてきた時に神様を護った英雄でもなければ無理だと思うけど?それでも、その意見押し通す?」
上司は仕事をする手を止めずに、私に向き合っている。たしかに、こんな掃き溜めの部署で這い上がるなんて無謀以外の何物でもない。
悩んでいる私に上司が1枚の紙を提示する。上司には見えている文字も下っ端の天使(私)には、白紙の紙が見せられているだけで、何が書いてあるのか分からない。
「ご覧の通り山積みの書類の中に、1週間前の君の上司が君をココへ異動させるための書類には、まだハンコは押されてはいない。考えるチャンスは一度だけだけど、君の意思は変わらない。ということでいいかい?」
これから上司になる人からの問いかけに戸惑ってしまう。上司の一言はまるで悪魔の契約そのもののようで、身体から変な汗がつたう。
「はい」
私は、上司の目を見て返答した。
「では、異動届けにハンコを押すことにしよう」
そういうと、上司は自分の机の上の書類へハンコを押す。私の異動は正式に決まったようだ。
「ところで、入隊時にだいたい『憧れの天使は?』って質問されるじゃん?アレになんて答えた?」
「ベアリエル上官天使様です!一度、式典でお見かけしたことがあって、綺麗で美しくて、カッコよくて、あんな6枚羽天使になることが私の夢でっ」
「…………………………………ぷっ」
あまりにも熱い私の返答にパソコン前の天使が笑い出した。
「あーはいはい。たまにしか見かけない幻の天使ってウワサのアノ人ねー……さてと」
上司は、デスクから立ち上がる。気がつくと、あれだけ山になっていた書類が、2つの山に分かれていた。
「君から向かって左側が承認書類で、右が再提出書類だ。期限は終わってしまっている書類だから、再提出と言われても困る人がいるかもしれないが、君の初仕事の終了時間を試させてもらおうか」
上司は、それだけ言う部屋を出ていってしまった。
「これは……すごい量ですね…」
2つの山を見つめながら呆然としていると、気がつけばパソコンの前にいたはずの人が、私の隣に立っていた。
「半分手伝いますよ」
「いえ、1人で頑張ります!」
他の人には他の仕事があるのかもしれないのに甘えてなどいられない。
「では、早めに回ったほうがいい部署をピックアップしておきましたので、これを持っていってください」
さっきまでは冷たい人なのかな?と思っていたパソコンの人が1枚のメモをくれた。
「あと、この鞄に詰め込めば書類を全部持ち出す事ができますよ?」
私は、間違えがないように、左の書類と右の書類を別々の鞄に詰め込んだ。




