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1-2 非日常の瞬間

「えっ」


 それは空を切る感覚じゃなかった。それに自分の目が正しければ、己の手は確実に目の前の剣を触っている。

 ということは、これは映像でも幻でも無くて、全部現実……?


「ま……さかまさか。まっさかぁー!」


 もつれる脚をなんとか動かし立ち上がる。そして後退った。誰も居ないのに大声が出る。冷たい汗が背中を伝う。

 心音がうるさい。胸に手を当てるまでもなく心臓がドコドコと鳴っているのが分かった。

 

 本物?

 だとしたらやばい、まずいことになった。気軽に素手で触ったせいでこの危険物に指紋を付けちゃった! 

 いやそういう話じゃないか。勿論それも大事だけど、もっと気にしなきゃいけないことが、ある、か? ないかも。なくない? これ、もし警察に見つかったりして指紋採取とかされたら、持ち主だってことになるのかな。銃刀法違反? そんな。無実です。心当たりなんて無……いやいやいや。ちょっと冷静になろう。


 こういう時って、どうしたらいい?

 スマホ、スマホでなにか分からないかな。検索……なんて検索する? 「剣 触ってしまった どうする」。「剣 本物 通報先」。「剣 突然現れた どうする」。いっそのこと「触れるホログラム 存在する」とか……ダメだ、碌な検索方法が浮かばない。

 というか、そうだ。これってそもそも自分がどうにかできるものじゃないんじゃないだろうか。

 本物の大剣ってだけでも手に負えないのに、それどころか突然現れるとかいうとんでも現象が起きている。そんな非日常的出来事を一大学生がなんとかできるはずもない。


 さっきまでそこに無かったはずのものが突然現れるなんてそんな、人生に二度とどころか、本来だったら一度だって起きるはずがない出来事なのに。


 ぐにゃり。


 ぐるぐると回る思考の最中、三度、東屋の輪郭がぶれた。ハッと顔をあげる。その時初めて気が付いた。

 ぶれていたのは東屋の柱だけじゃなかった。正確には、空き地の空間そのものが歪んでいた。

 なんで気付かなかったかというと簡単で、ただ「空間そのもの」なんていう形ないもののぶれは目に見えにくかったからだ。その分、「柱」という形あるもののぶれに自然と目が行っていた。


 ……いつまでもそうやって現実逃避していられない。現実を直視しよう。


 目の前に、先程まで絶対に居なかったはずの女の子が立っている。


「え……」


 声綺麗だな。

 パッと頭に浮かんだ言葉がそれだった。そんなことしか考えられないくらいに思考が混乱している。


 女の子は自分と同年代に見えた。大学2年生。まだお酒は飲めない。そんな自分と同じ位の年齢に見える女の子が、こちらに手を伸ばす姿勢で立っていた。

 この子は、一体? 当の彼女は先程の一音を呟いたきり、目を見開いて固まってしまっている。どうやら驚いているのはこちらだけではないようだ。


 そのまま2人して身動き一つ取らず見つめ合い、体感10秒。

 女の子の瞳孔がキュッと細くなった、と思った瞬間、風を切る音がした。


 一瞬何が起きたのか分からなかった。さっきからそんなことばかりだ。あまりにも非日常すぎることが起こると、人間の思考はすっかり止まってしまうらしい。小説でしか見ない表現は正しかった。

 数秒後、固まっていた回路が動き出して、ようやく自分の状況が目に入る。


 首元に、大剣の切っ先が迫っていた。


「なっ」

「黙っていて」


 息が詰まりそうになりながらなんとか声を発する。と思えばすぐにそれを咎められた。

 大剣の先を辿る。さきほどまで地面に刺さっていたはずの大きな大きな剣。それはいつのまにか女の子の手に収まっていた。

 つまり、目の前の彼女が、あの大きな剣を軽々と振りあげ突き付けてきたのだ。


 もう自分が何を考えているのかも分からないくらいに混乱している。考えをまとめることすらできない。正直、目の前の状況を脳内で反芻するくらいしかできていなかった。

 だからこそ逆に目に入るものがある。


 突き付けられた大剣の切っ先、そこになにかが刺さっていた。


「ぎ」


 喉の奥から堪え切れなかった悲鳴の欠片が漏れた。

 切っ先が貫いているのは、節のある胴体だった。だがそいつはまだ息がある。その姿はまるで、世界で一番嫌いな「ク」から始まり糸を吐く虫のようで、でも今まで見たことあるソヤツの中でもかなり大きくて、恐怖のあまり見たくもないソヤツから目を逸らせない私の目の前でその複数の細い脚が、うご、と僅かに動い、

 

 ズドン!

 という重い音でハッと意識が戻る。気付けばそれは消えていた。

 見ると女の子が大剣を地面に突き刺している。一度ぐっ、と地面に押し込み、彼女はゆっくり大剣を引き抜いた。ぱらぱらと砂が舞う。あ、まずい。一瞬、黒くて細い棒のようなものが見えた気がする。絶対に気のせいだ。そっと目を伏せた。


「あなた」

「あっ、えっ」


 肩が跳ねる。咄嗟に顔をあげた、は良いものの、この「あなた」は自分のことで良かったのだろうか。

 再び女の子と目が合う。今の私、きっとめちゃくちゃ挙動不審だ。そんな私に彼女は首を傾げ微笑んだ。


「あなた、無事ね?」

「無事、あ、うん、うん……?」

「混乱してるようね、無理もないわ。でも大丈夫。この私がいるんだもの」


 なんでこの女の子はこんなに冷静なんだ?

 もしかしてこっちがおかしいのかな。気付かぬ間に変な世界に巻き込まれてしまったのかもしれない。

 ここはいつもの帰り道、その空き地。そのはずだったけれど、実はよく似た別世界だったのかも。……異世界物ならもっと分かりやすくザ・異世界! な景色であってほしい。


 気付けばまた思考が脱線した。ずっと黙ってしまっていたけれど、そういえば女の子はなにをしている? 

 ふ、と視線をあげる。見れば女の子は、大剣を片手で軽々と持ち上げていた。そして、なにをするのかと思えば、柄を起点に、くるり、と回す!


「あぶない!」


 今度こそ声が出た。無意識に身が縮こまる。

 目の前で大剣が宙に飛びあがる。次の瞬間、大剣がしゅるりと縮んだ。大剣はみるみるうちにその身を小さくしていく。そしていつの間にか、白銀に輝いていた刃は緑色の植物に姿を変えていた。

 女の子の鳩尾ほどまであった大剣は、宙に放られてから一回転するまでのうちに、片手に収まるほどの蔦と葉に変身した。女の子はそれを空中でキャッチして、後頭部にその手を回す。


 もう本当に、なにがなんだか。


「あら」


 私は額に手を当てその場にしゃがみこんでしまった。

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