3-6 王様のわくわく異世界道中
この世界らしい食べ物とはいったいなにか。
王様の世界に無い食べ物、と考えた所で、何があって何が無いのかなんて分かるわけがない。なにせ、この世界の食べ物でさえ全てを把握できないのだ。食べ物というものは、本当に、ありとあらゆる種類がある。
なので考えた。
この世界に興味津々の王様には、できる限りジャンルを問わず、多くの料理に触れていただこう。
そうすれば、きっとどれかは王様のお眼鏡に叶うはずだ。
と、いうわけで。
「ファミレスです」
駅前ビルの1階、ロータリーに面したファミリーレストラン。店内は大繁盛の大賑わいだった。とはいえ平日ランチタイムから僅かに遅れた時間なので、そう待たずに入れそうだ。
待合所にはひっきりなしに人が出入りしている。記名表に「佐藤」と書いて戻って来れば、王様は入り口付近のガラスケースの前で物珍し気に食品サンプルを覗き込んでいた。
そして、そんな王様を、周囲の人々がそれはもうめちゃくちゃ気にしている。
住宅街周辺では誰ともすれ違わなかったけれど、こうして人が多くいる場所に来れば改めて分かる。
やっぱり王様は、人目を引く。
いやもう本当に着替えて良かった。着替えてこの目立ち具合、白ドレスのままだと思うと冷や汗が出る。
しかしまぁ、これがいわゆるオーラというやつなんだろうか。芸能人がどうしたって目立ってしまうような、アレ。
……この注目の中を割って行くのかぁ。
「すみません、すみません……」と小声で呟きながら、人の間を縫って入り口まで戻る。見られてる、見られてる……。
「おう、さ」
いやこの面前で「王様」呼びはやばくない?
「いや、ユ」
「ユーリ」呼びもちょっとまだ苦しいか!?
「……あの、2組待ちです」
「ありがとう」
結局、なんの呼びかけもせずにただ用件を伝えるだけに収まった。
隣に立つと、王様は並ぶ料理達を手のひらで指す。
「ねえ、これは料理よね?」
「料理といえば料理ですけど……サンプルですね」
「見本ね。この見本は毎日作ってここに配置しているの?」
「あ、それ本物じゃないんですよ。食品サンプルって言って、そっくりの偽物です」
ぱち、と王様の長い睫毛が音を立てた。
「偽物?」
「はい。食べられないし腐らないのでずっとそのままです」
「料理じゃないの?」
「サンプルの料理です」
「食べられないのよね?」
「食べられません」
「……料理じゃないじゃない」
王様は不満げに眉を寄せる。あ、え、そんな表情もするんだ。ちょっと新鮮。新鮮とか言うほどの付き合いでもないけどさ。
「でもこれ全部この店で食べられますよ」
これとか、これとか、と1つずつ指を指す。オムライス、パスタ、これはお子様ランチだ。お子様ランチって子どもじゃなくても頼めるんだろうか。いくつかの料理が1皿で出てくるし、王様向きな気がするけど。
王様は私の指の先を視線で追う。果たしてこの中に何か気になる料理があるだろうか。
「パンはこっちの世界にもあるのね」
「あ、やっぱりパンはありますか。主食ですもんね」
「こっちでも主食なのね。でももしかしたら種類が違うかも。見た目は似てるんだけど」
「サラダとかはどうです?」
「あるわよ。野菜の盛り合わせね。大体見覚えのある野菜ばかりだわ」
「これもドレッシングとかが違う味かもですよ」
「そう言われるとなんでも食べてみたくなるわね……」
「あぁいや、でも普通に食べたいもので!」
むむ、と悩みだした王様に慌てて一言添える。王様は、
「この偽物の料理は、こうして悩む時間を楽しむための物なのね」
と小さく微笑んだ。
同時に、「2名でお待ちの佐藤様」と呼び出しがかかる。私は跳ねる心臓を努めて抑えながら王様に「行きましょう」と声をかけた。