3-3 王様のわくわく異世界道中
「そう、それでね。良ければ衣装を見せてもらいたいの」
そうだった。そもそも何故王様が我が家に居るのかと言えば、この白いドレスから着替えてもらおうと思ったからだ。
「疲れているのなら後日でも構わないのだけど」
「大丈夫ですよ。えっと、じゃあ……こっち来てください」
開けっ放しのドアを指し、廊下の方に出る。そのまま階段を上ったすぐ傍のドアが目的地だ。
「あ、ここです」
王様を振り返りながらドアを押し開ける。
「ここがクローゼットなの?」
「クローゼットというか……まぁ今はそんな感じなのかな」
ここは元々は母さんの寝室だ。でも今は母さんがいないものだから、母さんから送られてくる物を詰め込んでおく部屋になっている。
カーテンが閉めっぱなしなので、まだ日が高い時間でも部屋の中は薄暗い。パチッ、とドアの横の電気スイッチを入れた。
一面の壁に衣装棚が嵌めこまれている。その前にいくつもの箱や紙袋が取り合えずで置いてあった。
母さんは出先からありとあらゆる服を送ってくる。最初の頃は度々包装を解いて衣装棚に入れていたのだけど、そのうち棚もいっぱいになり、最近ではすっかりちらりと中身だけ見て、包装そのまま下に置くようになってしまった。
「私が普段着るようなのは下に持っていっちゃってるんですけど、逆に王様に似合いそうなのはここにあるかもなって」
ひょい、と一番手近にあった紙袋を持ち上げる。パッと目に入ったのは……これはちょっと色味が派手で諦めたやつだ。王様ならこの派手さにも負けないだろうけど、デザインがカジュアルすぎる気もするな。
とはいえ選択肢はたくさんある。流石に王族と呼ばれるような方々が着るような最高級の物は無いけれど、私には荷が重いくらいのブランド物はいくつかあって、勿体ないながらもこの中に埋もれさせていた。それだって王様にならなんの問題もなく着こなせるはず。
「どれがいいとかありますか? 色々見てもらって大丈夫なので」
振り返ると、王様は既に衣装棚の中を覗き込んでいた。
興味津々といった様子で、じっ、とハンガーにかかる上着たちを見ると、
「触ってもいい?」
「はい、どうぞ」
そっ、と手前のジャケットの袖を摘まみ上げた。擦ったり、厚みを確かめるように両手で挟んだり、とした後、ゆっくりとハンガーを押して隣のデニムジャケットに興味を移す。
これも完全に偏見でイメージで思い込みだけど、こういうジャケットみたいなものは確かに異世界には無いように思える。ポンチョとか長いマントとか、そういうもので暖を取るようなそんな印象だ。そりゃこれだけ気にもなるだろうな。
いいな、なんか。私が王様の立場でもこうして異世界の服を着る機会があれば絶対こうなるから、なんだか少し羨ましさすら覚える。これが魔術師のローブかぁ、とか、鎧って本当にこんな重いんだ、とか、これで本当に防御力上がるのか、とか……これイメージが完全にRPG風異世界だな。とにかく、見慣れぬ服を実際に目にするっていうのは気分が上がるって話だ。
「あ、これいいな」
なんとはなしに開けた箱から黒いトップスを取り出した。柄の無いシンプルな物だけど、きっとこういうのの方が王様のブロンドが映える気がする。箱にプリントされたブランドロゴも王様が着るに不足ないはずだ。
同じロゴの箱は、っと、あったあれだ。少し奥から見つけた箱を引きずり出す。中をざっと見て、ふむ、これとかどうだろう?
黒い布を手に取って広げる。これまたシンプルなロングスカート。ふわふわすぎず、タイトすぎない、丁度良いボリュームだと思うけど。
「王様なにか気に入ったものありました?」
その2着を腕にかけて立ち上がる。そうして王様を見れば、彼女は大分部屋の奥まで進んでいた。
「王様、その辺りはちょっと暑いかも」
歩み寄りながら声をかける。王様は分厚いポケットの中に手を突っ込みながら、ゆっくりとした動きでこちらを見た。
「暑い?」
「それ冬物のコートなので」
「コート……」
「王様の世界って冬とかありますか? あの、季節とか」
四季とか暦なんかが現代世界と違う設定の異世界っていうのもよく見るやつだ。季節的に冬はないけど雪に閉ざされた地域はある、みたいな、そういう舞台設定はそれこそRPGの定番だろう。
そんな私の問いに、王様は戸惑ったように眉を顰めた。これは多分……王様の世界に季節はない、のかな?
「その、それはチアキにとっては当たり前のものなのよね?」
「そうですね。当たり前に春、夏、秋、冬って季節があって、今は春です」
「うぅん……全く聞き覚えが無い単語。なるほど、これも異世界の証拠ね。世界の規範が違うんだわ」
「……です、ね」
く、苦しい。王様、この世界の規範とかいうフレーズ忘れてくれないかな。もしかして結構お気に入りなんだろうか。
「あの、王様、その辺り以外でこの服がいいとかないですか?」
話を逸らすと、王様はするり、と指を頬に滑らせた。
「そうねぇ……どれも興味深い物だったわ。私の国の衣装とはまるで違うようで、どことなく似てるものもあって」
そのまま視線が棚を滑る。ある一点でその動きを止め、「これとか」と指差した。
「すごく軽くて不思議な触り心地。シャカシャカしてるの」
「あぁ、ナイロンかな。着てみます?」
「いいの?」
「もちろん」
頷いて棚からハンガーを取る。クリーム色のジャケットをハンガーから外し、王様に渡そうとして、
「どうぞ……あ」
王様の着替えって、お手伝いがいるんじゃないか?
「どうかした?」
「あの、えっと。あ、後ろ向いて下さい」
「え?」
「手伝いますよ」
きょとん、と目を丸くする王様。どうして。
「あの、見様見真似というかこういう感じかなってイメージなので、王様の周りの人みたいに上手くはないですけど」
こんなの気まずさで早口言い訳を並べてしまう。目を逸らして舌を回していると、
「チアキ、チアキ」
「はい」
ピタッと動きを止める。
王様は目を細め、少し身を屈めた。それから――私の顔を下から覗き込む。
覗き込む!?
「えっ!?」
「あのね、王は民の手を煩わせないものよ」
「え、あ、え?」
「つまり」
綺麗な顔と近い距離に動揺して碌に話すことができない。そんなものだから、ジャケットを含む服一式が腕から抜き取られたことにも全く気が付かず、ハッとした時には既に彼女は興味深げにロングスカートの生地を撫でていた。
「私はいつも自分1人で着替えているわ」
にこり、と可愛らしく笑った王様に、私は「はい」と何の面白みもない返事をすることしかできなかった。