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幕間 010 冒険者ギルド酒場のヒュプノ4

「ヒュプノさん、ゼッポリーニとビアを一つ頼む!」

「あ、こっちもカプレーゼお願い~」

「あいよ!」


 各々の仕事を終えた冒険者たちで賑わう、冒険者ギルド酒場。

 テーブルには色鮮やかな料理が並び、彼らの武勇伝に華を添えている。


「――ったく。すっかりメシ屋みたいになっちまったな」


 料理を作るヒュプノは、口ではぼやきながらも満更でもない様子。

 冒険者ギルドの受付をする傍ら、片手間で行っていた酒場。

 酒場で提供している料理の大半は、悪友であるグラトニーのワガママで増えていったもの。

 それでも喜んで食べる人たちが増えれば、嬉しくなるというのが人の(サガ)である。


≪ガランガランッ≫


「おうヒュプノ! 酒だ! 酒をよこせっ!!」

「ああ~、グラトニーさん飲み過ぎですって」


 大きな音を立てて酒場に入ってきたのは悪友のグラトニーと、弟子みたいについて回っている新米のギル。

 グラトニーは他所で大酒を飲んできたのか、足元がおぼついていない。

 それでいて不機嫌そうに酒を求めるグラトニーに、ヒュプノはうんざりとした顔をする。


「すっかり出来上がってるじゃねぇか、グラトニー。何かあったのか?」

「何かあったのか? じゃねぇよ。なぁ? ギル」

「え~っと……」


 ヒュプノの問いに対して、仏頂面のグラトニーはギルに話を振った。

 冒険者の大先輩である二人の視線を受け、苦手ながらも大急ぎで内容を整理するギル。

 普段はお調子者のギルであるが、ここは言葉を選ぶタイミングであると心得ていたからだ。


「実は街道の警備中に、ラディルの噂話を聞いて……」

「噂話?」

「ラディルがイサナ王国を裏切って、亜人の娘と世界を滅ぼそうとしてるだってよ!」

「グラトニーさん! 落ち着いて、ね?」


 ギルが丁寧に話を整理して説明を始めたのもむなしく、グラトニーが大声をあげる。

 だがその一声で、ヒュプノは全てを理解した。


「それで腹を立てて、この体たらくっと」

「はい」

「ったく……」


 当然のことながら、ラディルの噂話についてはヒュプノも耳にしている。

 騎士団はラディルと亜人の少女との失踪について情報を非公開にしているというのに、イサナ王国ではこの噂話でもちきりなのだから。

 ただの噂話に憤る悪友を、ヒュプノは静かになだめ始めた。


「ラディルはそんなことする奴じゃないって、お前が一番よく知ってるだろう? グラトニー」

「…………」

「あいつにはあいつの、何か理由があるんだろうよ」

「…………」

「だから今は――」

「……シ」

「ん?」


 落ち着いたと思われたグラトニーの口からこぼれる、聞きなれない単語。


「〆のメシ、くれ」

「シメ……? メシ……?」


 全く理解の及ばないヒュプノに対して、ギルがハッとして説明する。


「ああ、たぶんアレです。ピコピコの……そう、リゾット!」

「りぞ……なんだって?」


 シメノメシにリゾットと、知らない単語がヒュプノを困惑させる。

 そしてピコピコという単語に、なんだか嫌な予感がした。


「いいから、〆の……メ、シ……を……」

「あ、おい! そんなとこで寝るんじゃねぇ、グラトニー!」


 ヒュプノの叫びもむなしく、グラトニーはカウンターに突っ伏して大きないびきをかき始める。


「これはもう――落ちましたね」

「ったくよぉ。おいギル、ソファに運ぶからそっち持ってくれ!」

「はい!」


 がたいが良い上に酔いつぶれて更に重みの増したグラトニーを、二人がかりでソファーへと運ぶ。

 動かされて眠りが浅くなったのか、更に一言――


「うう……〆の、メシ……」

「うるせぇ!」



■■■



「――ってことがあってよぉ」


 悪友グラトニーのワガママを聞いた翌日、ヒュプノは例のごとく『いたりあ食堂ピコピコ』へと足を運んでいた。

 そして悪友とは正反対の気の良いピコピコの店長に、一部始終を聞いてもらっている。


「そんなことが……なんかご迷惑おかけしたようで、ごめんなさい」

「あ……いやいや! 店長のせいじゃねぇって」


 噂話の主であるラディルは、以前ピコピコで働いていたのだ。

 ヒュプノは店長に気を遣わせてしまったと思い、急いでフォローを入れる。


「それにラディルに何かあったら協力するって約束だからな」

「ヒュプノさん……」

「だから店長は、気にしなくていい」

「はは……ありがとうございます!」


 気にしないようにしているようで、なんだか元気の無い様子の店長。

 なんとか空気を良くしようと、ヒュプノは本題に入る。


「それで、その……リゾットって言うのはどういう料理なんだ?」

「ああ。簡単に言うと、お米に味付けして炊いたもの――ですね」

「へぇ、米料理か」

「チーズやトマトの味付けが主流ですが、季節の食材を使って色々アレンジできますよ。ちょっと作ってみましょうか」


 そう言うと店長はキッチンに入り、調理台に食材を並べていく。

 食べやすくカットされたきのこ――しめじ、しいたけ、エリンギに、みじん切りの玉ねぎ。

 定番のニンニクのみじん切りがたっぷり浸かったガーリックオイルに、鶏肉のブロード。

 そして、一合のお米。


「一番定番なのは、きのこのリゾットですね。シメに合うよう、クリーム無しのあっさり味にしましょう」


 店長はフライパンにオリーブオイルをひき、きのこを広げ入れ、火にかける。 


「きのこは香りと旨味を引き出すために、まずはじっくり焼きます」


 無闇にいじることなく、中火でじっくりときのこを焼いていく。

 ほどなくして、微かな煙とともに芳ばしい香りが漂ってくる。


「良い香りがしてきたな」

「きのこが良い感じになってきたら、フライパンの端でオリーブオイルでニンニクや香味野菜を炒めていきます」


 説明をしながら店長はきのこを全体的にサッと炒め、フライパンの端によせた。

 フライパンの空いたところに、ニンニクたっぷりのガーリックオイルと玉ねぎのみじん切り、塩を少々を入れて炒めていく。


「にんにくや香味野菜に火が通ったら、全体を炒め合わせて……ほどよく馴染んだら端に寄せて、空いたところに米を入れて炒めます」

「米はそのまま入れるんだな」

「はい。油で炒めていくので、水で洗ったりしないで下さい」


 カシャシャシャーっと、フライパンの空いたところに米が流し込まれた。

 そしてキノコの香りと旨味を纏わせるように、店長は米を炒めていく。


「しばらく炒めると、こんな風にお米が透き通ってきます」

「本当だ。結構、変わるものなんだな」

「はい。そしてここに鶏肉のブロード――鶏肉と玉ねぎやセロリと言った野菜を煮て作ったスープを加えます」


 店長は保存容器に入ったブロードを、計量カップへ計り入れる。

 その計量カップのブロードを、フライパンの食材全体がかぶるくらいまで流し入れた。


「全部は入れないのか?」

「そうですね……最初は全体にかぶる程度入れて、煮ながら何回かに分けて足していきます」

「そのスープは、大体どのぐらい使うんだ?」

「最終的には、米の三倍から四倍の量のブロードを加えることになりますね」


 米がフツフツとしている状態を保ちながら、店長は弱火で煮ていく。

 キノコの旨みと米の優しい香りが、店内に立ち込める。


「煮てる間はお米が焦げないように、ヘラで鍋底を混ぜてください」

「わかった」

「煮る時間は、大体二十分くらいといったところでしょうか」

「けっこう時間がかかるんだな」

「そうですね」


 フツフツとリゾットを弱火にかけながら、ゆったりとした時間が流れる。

 フッと店長が、料理の説明を付け加えた。


「本場ではお米がアルデンテ――少し芯が残る程度に仕上げるのですが、ピコピコではしっかり柔らかくなるように仕上げてますね」

「本場? いたりあってのは、店長の故郷じゃないのか?」

「あ~……」


 苦笑いをしながら、店長はブロードを少し加え入れる。


「イタリアは俺の故郷から、少し遠い場所です。行けなくはないですが、俺にとっては一生に一度、行けるかどうか……という場所でした」

「そうなのか……」


 時間やお金が無くて――と言いながら、再び店長はブロードを足していく。

 少し後悔の滲む店長の横顔を見て、ヒュプノは腕を組んで感心を示した。


「それなのにこれだけの料理を作れるってのは、すごい修行を積んだんだな」

「――あはは!」

「ん!? どうしたんだ、店長?」

「いえ、なんだか照れくさくなっちゃって」


 今度は照れ笑いをしながら、店長は最後のブロードをフライパンに流し入れる。

 焦げないように混ぜるヘラが、とろみを帯びたブロードに柔らかい波を描く。


「こんなものですかね。仕上げにチーズと塩を入れ、味を調えます」


 コンロの火を止めると店長は、フライパンに塩とパルミジャーノを削り入れた。

 全体を混ぜ合わせると、キノコの旨みにパルミジャーノのコクの合わさった香りが広がっていく。


「これでリゾットの完成です。お好みで、仕上げにチーズを削りかけると、オシャレになりますよ」


 店長は出来上がったリゾットを二つの皿に盛り、その中央にパルミジャーノを削りかける。

 雪のように削りかけられながら、小さなチーズの山になっていく。

 その横にイタリアンパセリが添えられ、きのこのリゾットが完成。


「贅沢な仕上がりだな。旨そうだ」

「さっそく、いただきましょうか」

「おう!」


 二人はカウンター席に、リゾットと水だけの簡単なテーブルセットをして席についた。


「「いただきます!」」


 ヒュプノはパルミジャーノチーズの山を崩しながら、リゾットをスプーンですくう。

 まだ湯気の漂うリゾットを、口に含む。


「これは……しみじみと旨いな。体に染みるっていうか」

「寒い日とか、疲れた日にも、良いんですよ~」


 熱々のリゾットに、ほどよく溶けたチーズ。

 濃厚な旨味と塩味が、チーズとキノコ、そしてニンニクの香りと共に口いっぱいに広がる。


「ん……酒の後に欲しいってのも、ん……うなづける、ん……」


 味の感想を述べながらも、食べ進めるヒュプノ。

 いつもよりヒュプノの食いつきの良さに、店長が笑みをこぼす。


「グラトニーさんのリクエストなのに、ヒュプノさんの方が気に入っちゃったみたいですね」

「そうだな、これはかなり好みだ……ん」


 手を止めずに食べ続け、あっという間にヒュプノはリゾットを食べきってしまった。

 そんなヒュプノに、店長はいつものようにレシピを手渡す。


「それじゃ、今回の分のレシピを……材料やスープを変えれば、色んな味が作れるので、いくつか似たレシピも一緒に入れておきますね」

「おう。いつもすまないな」


 レシピを受け取ると、ヒュプノは改めて姿勢を正した。


「――それで、その、店長」

「はい?」

「話を蒸し返すようでアレだが……」


 ヒュプノは真摯な視線を、店長に向ける。

 思わず店長が、たじろぐほどに。


「ラディルは、悪い事なんざするヤツじゃねぇ」

「…………」

「俺は――俺たちは、そう信じてる。だから、その、なんだ……気ぃ、落とすなよ?」

「――はい」


 心強い本心に、店長の顔が綻ぶ。

 柄でも無い事を言ったヒュプノは、急にこそばゆくなり視線を逸らす。


「何かあったら、俺たちに言えよ。使えるヤツ、回してやるから」

「へへ、すごく心強いです!ありがとう、ございます」


 店長はお礼を言うと、食器を片付け始めた。

 若者が選んだ未来で、自分に出来ることを考えながら――


ご愛読いただき、ありがとうございます。


お知らせが遅くなってしまいましたが、この度【いたりあ食堂ピコピコ】がSQEXノベル大賞にて金賞を受賞しました。

たくさんの応援、ありがとうございした!

これからも本作を、どうぞよろしくお願いいたします。

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