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076 切ない夜を

 人通りも無い真夜中の店先に、マリカ様は一人でやってきた。

 俺はすぐに、店の扉を開ける。


「こんな夜更けに、どうしたのですか? マリカ様」

「厨房の灯りが見えてな、まだ店長が起きているのだと思って」

「ああ、そういえば……お祭りで食材がはけたので、大掃除をしてたんです」

「そうでしたか。その後、特に問題はないだろうか?」

「え、ええ……」


 ドキリとして、言葉を濁してしまう。

 先ほどまでラディル達と会って、話していたからだ。

 まぁでも、ユリンさんが戻って来て襲撃とかは無いし――問題はない! ……よな?


「よ、良かったら店の中で、お茶でもお出しします?」

「このままで構わない。長居をするつもりはないのだ」

「そう、ですか。そうですよね、あはは……」


 焦って店内に通そうとするも、断られてしまった。

 こんな夜中に店に入るというのも、確かに変か。

 変に隠し事をしてるせいか、視線が泳いでしまう。

 そうこうしているうちに、マリカ様が頭を下げる。


「今日は危険な目に遭わせてしまい、申し訳なかった」

「えっ……あ、それを伝えに、わざわざ?」

「ああ」


 顔を上げたマリカ様が、真っすぐ俺の目を見た。

 これは話が長くなりそうだと思い、俺も店の外へと出る。

 冬の夜は鼻が痛くなるほど冷え込んでいたが、澄んだ夜空はとても美しい――少し、切なくなるほどに。


「ユリンさんは、その後見つかったのですか?」

「残念ながら、まだ」

「そう、ですか……無事だと、いいですね」

「……そうだな」


 ユリンさんが暗殺行為に及ぶなんて、今でも信じられない。

 でも原作ゲームのイサナ王国編のことを考えれば、アリエスを敵視する勢力がいるのは当然か。

 目の前のアリエスにばかり気を取られて、見落としてしまっていた。

 それにしてもユリンさん、悲しい目をしていたな……。


「どうかしましたか? 店長殿」

「あ、いえ! えっと……ラディル達はどうなったかなって」


 あまりユリンさんの心配ばかりしているのも、怪しまれるかもしれない。

 俺の場合、ラディルを気に掛けてる方が自然なはずだ。

 ラディル達が無事なのは今さっき会ってるから知ってるけど、一応聞いておかないと。


「騎士団には、まだ戻ってきていません」

「あの~、もしこのままラディルが王国に戻らなかったら、どうなるんでしょうか?」

「店長殿は、おかしなことを気にするのだな」

「えっ!? いや、もし、もしもの場合ですよ!」


 フェイクで質問したつもりが、変に勘繰られてしまった。

 うう……嘘は苦手だよ。


「あまり長期間戻らないようならば、理由を問わねばならないだろう。処遇については、その内容次第だな」

「そ、そうですよね。あははは……」

「…………」

「…………」


 なんか、変な空気になっちゃったな。

 会話に詰まってしまい、なんとも言えない沈黙が広がる。

 静まり返った空気の中に、ぽつりとマリカ様の言葉が零れた。


「何が、正しかったのだろうな」

「マリカ様?」


 それはマリカ様から聞いたことのない、迷いを含んだ声で。

 思わずその横顔を、見入ってしまう。


「彼らの――ラディル達の逃げる背を、見送って良かったのか。それともアリエスを、王国で厳重に保護するべきだったのか」


 自身の決断に、後悔が見え隠れするマリカ様。

 マリカ様は――イサナ王国の人々は、アリエスが覚醒すると世界がどうなるかを知らない。

 それでも重大な異変が起きていることは、薄々勘づいているのかも。


「俺は――」


 この世界が滅びることを、知っている。

 今からでもマリカ様やイサナ王国の人達と協力して、ラディルとアリエスを止めるべきか。

 それとも――


「――俺に出来ることしか、できません」

「店長殿?」


 出来ないんだ。

 ラディルの思いを、裏切ることも。

 アリエスの夢を、止めることも。

 イサナ王国の人々を、見捨てることも。


「俺に出来るのは、この店で料理を作ることなんです」

「…………」

「飛び抜けた技術があるわけでもない、高級な食材を使うわけでもない、小さな食堂で料理を作るだけ――」


 語る声が泣きそうに震え始め、喉の奥を塩辛い刺激が差す。

 本当に泣いてしまう前に、ちゃんと伝えたいと思った。


「そんな俺にも、ささやかな矜持があるんです」

「……その矜持とは、なんでしょうか?」


 静かに問いかける、マリカ様。

 一呼吸置き、俺は答える。


「店に来る人を、応援することです」

「応援……」


 人生には難しい問題がたくさんあって。

 すぐには解決できない辛い状況で、ずっと走り続けなきゃいけないこともある。

 無責任に頑張れとか、大丈夫とか言えなくて。

 そんなときにただ唯一、力になれるのは――食べること。


「人間どんなにつらくても、料理を食べて美味しいって思えたら、頑張れるものだと思うんです」


 自分に世界を変えるような、特別な力はないけれど。

 これから何かを成し遂げる人の力になれたなら、誇らしいと思う。

 他力本願とか丸投げとか言われても、それが俺に出来る役目なんだ。


「だから、そういう店であり続けたいと思うんです」

「……ふふふ。結局『美味しい料理を作る』ということではないですか」

「えっと……確かに、そうですね。あはは、何言ってるんだろう、俺」


 なんか良い事言った風で、内容が無くて恥ずかしい!!

 自覚したら、一気に顔が熱くなってきた。

 変な汗をかいて黙り込む俺に、マリカ様が優しく微笑む。


「ですが、腑に落ちた気がします」

「マ、マリカ様?」


 腑に落ちちゃったの?

 ここで変にフォローされると、恥の上塗りなんですけど!?


「だからここは、夢や希望が生まれる場所なのだろう」


 こちらの羞恥心とは裏腹に、マリカ様はなぜか清々しい顔をしている。

 夢や希望が生まれるって、なんか壮大な空気になってきた。


「ただ美味しい料理を出すだけで、人が集うのではない。あなたがこの国を――王国民を大切にしているから、集まるのだ」

「あ……」


 改めて言葉にされて、自分の思いに重みが増す。

 この店も世界も、俺にとってかけがえのない場所になっているんだと。


「私は店長殿がこの地にいることを、誇りに思う。夢の続きを、見ることが出来る。そして願わくば――」


 ゆっくりと、夜空を見上げるマリカ様。

 つられて見上げた先は、満天の星空。


「ずっとこの場所が――いたりあ食堂ピコピコが、あり続けて欲しい」

「――もちろんです。俺もこの場所が、大好きだから」


 今は切ない夜でも、いつかきっと――

ご愛読いただき、ありがとうございます。


私事となりますが、この度『いたりあ食堂ピコピコ』が第2回SQEXノベル大賞の中間選考を通過いたしました。

高ポイントキラキラ異世界恋愛作品ばかりの中に、料理おっさんが乗り込んでしまいとても緊張します。

結果発表は8月末頃とのことで、引き続き応援いただけると嬉しいです。


いたりあ食堂ピコピコを気に入ってもらえましたら

下の★★★★★から『評価』やリアクションをいただけると嬉しいです!


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