072 利き酒大会
広場の中央では、後夜祭の準備が進められていく。
煌びやかなランプがいくつも飾り付けられ、ドワーフの音楽隊が軽くリハーサルを行う。
祭りのフィナーレは、音楽に合わせて思い思いにダンスを踊るらしい。
「俺たちも、締めの準備をしようか。残っている料理はテイクアウト用に、ランチパックに詰めちゃおう」
「了解っス!」
帰りの片づけをラクにするため、俺たちは残りの料理を紙製のランチパックに詰めていく。
料理の無くなった鉄板や寸胴鍋は、店に戻してどんどん食洗器にかける。
テイクアウト用に盛り付けたランチパックは、片付けの最中にもちょこちょこと売れていった。
「おう、店長さん! もう屋台は終わりかい?」
声をかけてきたのは、酒壺をぶらたドワーフの男性。
屋台の後ろに敷物を広げ、祭りの始めから飲んでいた方だな。
やや千鳥足で、ご機嫌な様子で話しかけてくる。
「ぼちぼち片づけを、ね」
「ここに盛ってある料理は、買えるのかい?」
「ええ、もちろん!」
「それじゃぁ、このパスタの入ってるやつを。そろそろシメも欲しくてな」
「かしこまりました」
男性が選んだランチパックに蓋をして、手渡す。
彼は満足そうに受け取ると、何かを思いついたように目を見開いた。
「そうだ、店長さん。もう店じまいなら、こっちで一緒に飲もうや!」
「え!? あ……」
突然のお誘いに、言葉が詰まる。
あの酒豪のドワーフたちの中に入って、お酒を飲むなんて……!
とても俺の体が持つワケがない。
「すみません、俺……下戸なんですよ」
「ええ!? もったいない! こんなに美味しい料理が作れんのによぉ」
「あははは……」
「本当に? 本当のちょびっとも飲めないのかい?」
「いや~、すぐ真っ赤になっちゃって」
「そうか……それなら仕方ねぇか……」
残念そうではあるものの、男性は諦めてくれた。
お客さんを無下にはできないので、早めに引いてくれて助かったよ。
「あの――」
安堵して胸を撫でおろす俺に、フェルミス君が声をかける。
そして、意外な提案を口にした。
「もしよろしければ、僕に行かせてもらえませんか?」
「ええ!? フェルミス君が!?」
思わず出てしまった、大きな声。
そんな提案をフェルミス君から出されたのが、あまりにも意外だったので。
確かにお酒は飲み物だし、今のフェルミス君なら問題ないだろう。
それにしたって――
「あんな酒豪の群れに、男の子を一人で行かせるなんて……とてもとても……」
「それは、大丈夫です。これでも僕、お酒には強いんですよ」
「でも……」
フェルミス君が、無理をしている様子は無い。
本当に飲みに行かせて、大丈夫なのだろうか?
「これはウエスフィルド商会の販路を広げることにもなります。勤務中の飲酒さえ、お許しいただければ」
「……よし、わかった。気を付けて行っておいで」
「ありがとうございます!」
俺に一礼をすると、フェルミス君はドワーフたちの宴会の席に歩き出す。
そして輪の中心につくと、丁寧に挨拶を始めた。
「失礼します。ご一緒させていただいて、よろしいでしょうか?」
「なんだ、お兄ちゃんは飲めるのかい?」
「おう、こっちこっち、空いてるよ!」
若い客人を、ドワーフたちは嬉しそうに迎え入れる。
酒を飲んでいた大勢のドワーフたちの視線が、フェルミス君に集中した。
「お兄ちゃんは何を飲むんだい?」
「なんでも。でも今日は、みなさんのおすすめを飲んでみたいです」
「じゃあコレ、どうだ?」
「いただきます」
大勢の好奇の目に動じることなく、会話を進めるフェルミス君。
ドワーフたちもリラックスした様子で、若人にお気に入りの酒を薦める。
「これは……サツマイモのお酒でしょうか? キリっとしていながら、優しい甘みがありますね。美味しいです」
「すごいじゃないか、お兄ちゃん! じゃぁ、コレは?」
酒のわかる仲間が来たと、ドワーフたちは沸き立つ。
我も我もと競うように、自分の好きな酒を薦めていく。
「……これは、年代物の蒸留酒でしょうか? 深みがあって、美味しいです」
「正解だよぉ! 俺のとっておきの蔵出しなんだ!」
「このお兄ちゃん、スゴイぞ! もっと良い酒持ってこい!」
あっという間に、フェルミス君が無数の酒瓶に囲まれてしまった。
なんだか、すごいことになっちゃってるぞ。
とはいえ当のフェルミス君は、涼しい顔で酒を飲み進めている。
本当に、お酒には強いんだな……。
「おつかれさま、店長さん!」
「あ、ラディルにアリエスさん。いらっしゃい!」
屋台の後ろで繰り広げられる宴席に圧倒されていたら、ラディルがやってきた。
もちろん、アリエスも一緒である。
「わあぁっ、お弁当美味しそう! 店長さん、これ二つください」
「まいど! すぐ食べるか?」
「はい!」
俺はランチパックにフォークを添えて、ラディルとアリエスに手渡す。
料理を受け取ったラディルが、屋台の後ろの宴会に気が付く。
「――あれ? あそこにいるのは……フェルさん?」
「ああ。ドワーフのみなさんに誘われて、すっかり利き酒大会になってるんだ」
すいすい酒を飲んでいくフェルミス君に、ドワーフたちのテンションは最高潮だ。
踊るような動きで酒を薦めるドワーフたちの中に、料理を手にした人も。
「お兄ちゃん、良い酒には良いツマミだ! これ食いな!」
「はっ!? まずい……!!」
フェルミス君はまだ、人前で食事ができないことを克服していない。
また、あの日のように泣き出してしまったら――
気が付くと俺は、宴会の輪の中に飛び込んでいた。
「あの~、すみません……うちのスタッフ、ちょ~っとだけ返してもらっても――」
「――ありがとうございます。いただきます」
「……へ?」
自分の行動にも理解が追い付かないうちに、更なる衝撃が走る。
フェルミス君が……いただきます……!?
きょとんとする俺の目前で、フェルミス君はおつまみを口にした。
「美味しい、です!」
そして浮かぶ、満面の笑顔。
「フェルミス君……食べ――」
「そうだろうそうだろう! こっちの酒も俺のお気に入りなんだが、飲むかい?」
「はい、いただきます!」
ドワーフたちとの会話を続けながら、フェルミス君がこちらに視線を向ける。
そして、もう大丈夫だという意味の笑顔を見せてくれた。
「俺たちも混ぜてもらって良いですか?」
「おう! ラディルに星巫女様じゃないか! こっちこっち!」
「ありがとうございます」
宴会の輪の中に、料理を手にしたラディルとアリエスも加わる。
最高潮と思われた盛り上がりも、更に勢いを増す。
圧倒されるほどの歓喜に、なんだか肩の荷が下りたようにで――
「よかった……良いお祭りになって……」
最後のフィナーレに向け、俺は静かに片づけを進めた。




