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070 お祭りの朝

「お店の炉を見本に作ってみたのですが、いかがでしょうか?」

「すごいです、ドーネルさん! こんな立派なものを用意してもらって――」


 祭りの当日――

 ドワーフの里の広場の隅に、ドーネルさんが簡易的な炉を用意してくれるという話だったのだが……。

 それはどう見ても、本格的なものであった。


「寸胴鍋を置く用の口を三カ所。あと余熱で温かくなる場所を、保温に使ってもらって……お店のバットが、五つ並ぶぐらいの広さにしておきました」

「これはもう……ホテルのビュッフェ台だな……」


 レンガで組まれた炉は、鍋をはめ込むくぼみと、バットを並べるくぼみがある。

 表面はほとんど熱くないが、くぼみの中はジリジリと熱が伝わってくるほどの高温。

 料理を保温しておくのに、ちょうど良い温度設定だ。


「何かわからないことがありましたら、聞いて下さい。私は長老の屋敷におりますので」

「わかりました。ありがとうございます」


 ドーネルさんは炉の説明を終えると、足早に去っていく。

 器用で頼りになる人だから、きっと色々頼まれて今日も忙しいのだろうな。


「さて、俺は……さっそく料理を運ぼうか。温めも、ここで出来そうだし……バックヤード!」


 俺は料理を運ぶため、炉の近くにバックヤードの扉を設置して店内へ戻る。

 前日仕込んでおいた煮込み料理の寸胴鍋を、冷蔵庫から取り出す。


「むんっ!! ――くぅぅ……結構重いなぁ」


 一つ数十キロある寸胴鍋を、ひとまず調理台へと並べていく。

 遠くへ運び出す前に、一度腰の高さぐらいまで上げた方が、体への負担が少ないから。

 こういう小さな工夫が、仕事を続けるために大事。


≪カランカラーン≫


「おはよう、店長殿」

「マリカ様! それにミスティア様も、おはようございます」

「お久しぶりです、店長さん」


 寸胴鍋を運び出す準備をしていると、マリカ様とミスティア様が店に挨拶にきた。

 ミスティア様の後ろには、護衛のケルベスとお付きのユリンさんが控えている。

 もうすっかり、お出かけの準備が整っている様子だ。


「まだ朝早いのに、もうドワーフの里へ?」

「ああ」


 短く返事をするマリカ様の横で、満面の笑みのミスティア様。

 嬉しそうに、これからの予定を説明してくれた。


「お祭りの前に、ケガや病気の方のお宅を訪問する予定なのです。私の癒しの力が、お役に立てたらと思いまして」

「なるほど。せっかくのお祭りなのに、大変ですね」


 お祭りの日まで、聖女のお勤めか。

 いや、こんな日だからこそ――なのかな。

 そんなことを考えている俺の表情を見てか、ミスティア様が微笑みながら続ける。


「みなさんの安寧のためならば、これぐらい何の苦もありませんわ。それに今日は、お姉様も一緒なんですもの」

「ミア……」

「それに夜はお祭りを見て回って良いと、許可もいただけたので」


 ミスティア様は、一段と明るい笑顔でマリカ様に寄り添う。

 それを優しく受け止める、マリカ様。

 本当に、仲の良い姉妹だなぁ。


「さすがのイサナ聖教会も、新節と祝祭ということで許しを出したのだろう。珍しいことだが、な」


 ボソッと苦労の混じった声で、マリカ様がこぼす。

 イサナ正教会って、外出などの規則がかなり厳しいんだよな。

 それでゲームのイサ国では、回復系の仲間が加わるのが物語終盤になってしまっていた。


「店長さんのお料理も、食べに行きますね」

「お待ちしておりますよ、ミスティア様」


 せっかく外出許可が出たのだし、ぜひ姉妹でお祭りを楽しんでほしい。

 俺も気合入れて、料理の準備をしないとな。


「そろそろ行こうか、ミア」

「はい、お姉様!」

「では店長殿、また後ほど」

「お待ちしております」


≪カランカラーン≫


 挨拶を終えるとマリカ様たち一行は、店を出て転移トンネルへと向かった。


「さてと。俺も料理を運んで温めないと。それにパスタ調理用にテーブルと、カセットコンロも出して――」


 すっかり立ち話をしてしまい、準備が遅れててしまったな。

 どんどん運び出して温めないと、お祭りが始まる時間に間に合わな――


「キャッ――」


 料理を運び出そうとした瞬間、移動トンネルの方から悲鳴が聞こえた。

 キッチンの窓からトンネルの方を見ると、入り口付近でお付きのユリンさんが躓いたのか膝をついている。


「大丈夫? ユリン」

「はい……申し訳ございません。服の裾が――」

「まったく。何をモタモタしているんだ」

「ケルベス、そんな言い方をしてはいけません」

「……はい」


 ユリンさんを気遣う、ミスティア様の声。

 ミスティア様の声色から察するに、大きなケガはしてなさそう。

 一行はほどなくして、ドワーフの里へ向かって歩き出した。。


「何か引っかかるもの、あったかな? 他の人が転ぶと危ないし、後で見ておくか」


 マリカ様たちを見送り、俺も料理の運び出しを再開した。

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