069 お祭りの仕込み
いたりあ食堂ピコピコの初の年末は、イサナ王国とドワーフの里の交流祭りに出店という日程になった。
祭りの前日には店を閉めて、スタッフ総出で仕込み作業に取り掛かる。
「店長~、コレ本当に食べられるんスか~?」
洗い場からヒューの、音を上げるような問いかけ。
ヒューにはハチノス――牛の二番目の胃袋の、下処理を任せていた。
名前の通り蜂の巣穴のような形をしているハチノスは、全体が黒い薄皮で覆われている。
この薄皮は臭みの原因になるので、スプーンなどでこすり落としていくのだが――これが結構な重労働なのだ。
「食べられるも何も、最高の酒のアテさ。大変だけど頑張ってくれ、ヒュー」
「くっ……やってやらぁっ!!」
「店長さん、センマイの皮とりはこんな感じで良い?」
気合を入れなおすヒューの隣では、センマイの下処理をしているトルト。
センマイは牛の第三の胃袋で、ハチノス同様に黒い皮に覆われている。
トルトが見せてくれたセンマイには、まだまだポツポツとした黒い皮が残っていた。
「ん……この辺とか、こういうトコの黒いのも、しっかり取ってくれ」
「ええっ!? この鳥肌みたいな突起の隙間まで!?」
「あの……もしかして、このハチノスも?」
「そうだよ」
俺の言葉を聞いて、顔を見合わせてげんなりするトルトとヒュー。
たしかに慣れてないと、ハチノス一枚終わらせるのに一時間くらいかかるもんな。
二人を労うように、俺は麦茶を入れたジョッキを調理台の端に二つ置く。
汚れた手を使わずにすむよう、ストローをさして。
「ほら、お茶で水分補給して。無理せず休憩も入れながら、頑張ってくれ」
「はーい」
「わかったよぉ」
麦茶で一息入れると、二人はガシガシと仕込みを再開した。
軽い口を叩きながらも、しっかりと要領を掴んで作業が早くなっていく。
なんだかんだでトルトもヒューも、頼りになるんだよな。
もう一つ麦茶のジョッキを作ると、今度は大型冷凍庫を台にして作業するフェルミス君の様子を見に行く。
冷凍庫の端にジョッキを置きながら、フェルミス君に声をかける。
「フェルミス君はエビの背ワタ取り、問題無さそう?」
「はい! あともう少しで終わります」
砂抜きをしているアサリのバットに囲まれ、器用に手早くエビの背ワタを抜いていくフェルミス君。
大きなボウルに山ほどあったエビは、底の方に十数尾ほど残るばかり。
下処理されたエビが、バットに綺麗に並べられている。
「さすがだね。エビが終わったら、他の仕込みもお願いしていい?」
「ええ。これが完了したら、声をかけますね」
笑顔で元気に返事をするフェルミス君。
そして特にためらう様子もなく、俺の置いた麦茶に口を付ける。
「? 店長さん、どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ」
店に来たばかりのフェルミス君は、お茶を飲むだけでもビクビクしていたのにな。
今なら何かの拍子に、食べ物もスッと食べられるんじゃないかと思える。
≪ピピピ ピピピ ピピピ≫
「あ~、はいはい~」
みんなの仕込みを見回っていると、キッチンタイマーが鳴った。
今日はオーブンもフル稼働で肉を焼いているので、引っ切り無しにタイマーに呼ばれる。
「ポルケッタちゃん、焼けたかな~」
オーブンの中から、ポルケッタがギチギチに三本並ぶ鉄板を取り出す。
ずっしりと重い鉄板には、豚肉から出た肉汁がバチバチと沸き立ち、良い香りが漂ってくる。
焼き具合を確認するために竹串を差すと、文句なしに透き通った肉汁があふれ出す。
「ちゃんと火は通ってるな。次はパンパネッラちゃんだ」
「うお!? 真っ赤っか!!」
次に焼くパンパネッラの肉を冷蔵庫から取り出すと、ヒューがこちらを見て驚く。
唐辛子やパプリカを主とするスパイスに付け込んだ豚肉は、インパクトのある赤色だからだ。
「そんなに唐辛子まみれの肉、食べられるんですか?」
「旨いよ。見た目は真っ赤で辛そうだけど、半分ぐらいはパプリカパウダーなんだ」
「へぇ」
パンパネッラはイタリアの郷土料理。
同じ名前のチーズの方が日本では有名だが、それとは別物。
スパイスに二~三日漬け込んだ豚肉――主に骨付きのバラ肉を、オーブンで蒸し焼きにする辛い肉料理だ。
かつては豚肉の臭い消しのため、もっと唐辛子を入れて辛かったらしいが、ピコピコでは現代人向けの辛さに調整している。
「それに、肉が焼けたときに出る肉汁で作るペペロンチーノが、最高に旨いんだよ!」
「ペペロンチーノ!? それ、お祭りでも作るの?」
急に話に食いついてくるトルト。
トルトのノリの良さに、思わず俺もタメを加えて語ってしまう。
「もちろんさ! むしろそれが、パンパネッラの本領とも言える……!」
「えー、ちょっと楽しみかも!」
センマイを洗いながらも、笑顔で体をユラユラさせるトルト。
明日はちゃんと、トルトの分のパンパネッラの肉汁ペペロンチーノ、確保しとかないと。
「さて、と。俺もこの山を終わらせないとな」
肉を焼きながら、俺は大量の野菜をみじん切りにしている。
玉ねぎ、にんじん、セロリ、にんにく――大きなボウルに山盛りになった野菜を、次から次へと切っていく。
「その野菜を全部、みじん切りにするんスか?」
「そうだよ。煮込み料理にもソースにも何にでも使うから、このぐらいすぐ無くなるさ」
「うへぇ……おつかれさまっス!!」
疲れた顔で、麦茶を飲むヒュー。
でもこういう仕込みの時間が、俺は好きだったりする。




