066 ドワーフと溶岩パスタ
ドワーフの里とのトンネルが開通して、一ヶ月ほど――
イサナ王国とドワーフたちの交流イベントは、最後にピコピコに寄って食事をするというのが定番コースとなっていた。
里に帰る前に、ゆっくり食事ができるというのが良いのだろう。
「店長! 海の溶岩パスタを頼む!」
「あと酒も!」
「かしこまりました」
店に立ち寄るドワーフたちの一番人気は、海の溶岩パスタ。
魚介類のトマトスープパスタを土鍋に盛り、チーズをたっぷり乗せてオーブンで溶かして仕上げる一品。
すっかり噂になっているのか、メニューも確認しないでオーダーする人が多い。
「お酒はビールとワインをご用意しております。いかがいたしますか?」
俺が注文の伝票を書いていると、フェルミス君がサッとお酒の案内に入る。
「人間の酒はわからんが……強いのを、頼む」
「では、こちらのオシハカワインはいかがでしょう? 海の溶岩パスタにも、ピッタリですよ」
「ふむふむ、そうなのか。じゃあそれをおくれ、お兄さん」
「かしこまりました。ご用意いたします」
お酒の注文を取り終わると、フェルミス君は丁寧にお辞儀をしてカウンターバーに向かう。
カウンターバーに向かいながら、こちらにも目くばせをする。
前菜とワインの用意は任せて、という意味だ。
フェルミス君、ますます頼りがい出てきたなぁ。
「さて、と……溶岩パスタ、作っていきますか」
こちらも負けていられないと、パスタの準備にとりかかる。
今朝仕入れたばかりの、プリプリのエビにアサリ、イカゲソ。
たっぷりニンニクのオリーブオイルを熱したフライパンで、これらの魚介類を炒めていく。
そこへトマトソースとパスタのボイラーのお湯とを加え、昆布茶とパプリカパウダーで味付けをして煮込む。
溶岩のように熱くなるよう、チリペッパー少々。
「お待たせいたしました。前菜とオシハカワインです」
「おお、果実酒か……ふむふむ、悪くない」
客席には前菜とワインが用意され、食事がスタートする。
ドワーフのお客さんは、グラスのワインの香りを嗜み――一気に飲み干した。
ワインを飲む勢いは止まることなく、前菜だけで瓶一本飲み干しそうな勢いで減っていく。
「さてと、スープは……うんまい」
一口の味見で、体に栄養が行きわたる。
魚介と小麦の旨味の出たとろみのあるトマトスープは、寒い季節の体に染みるな。
この濃厚パスタスープに、硬めに茹でたパスタを入れて絡める。
そして大き目の土鍋に盛り付け、ホワイトソースとチーズをたっぷり振りかけた。
「ちょいとピザ窯、借りますよ~」
「あいよ~」
ヒューと軽く掛け合いをしながら、パスタの入った土鍋をピザ窯に入れた。
高温のピザ窯で、瞬く間に表面のチーズが溶けていく。
フツフツと油分が沸き、香ばしい匂いと共に焦げ目が浮き上がる。
「おお! チーズの香りで、酒がすすむゾ! お兄ちゃん、同じ酒をもう一本おくれ」
「かしこまりました」
お客さんのオーダーに、手早くワインを用意するフェルミス君。
チーズの焼ける魅惑の香りには、抗えないよなぁ。
パスタのトマトスープがマグマのようにグツグツと煮立ち、溶岩パスタの完成だ。
「お待たせいたしました、海の溶岩パスタでございます。大変お熱いお料理ですので、気を付けてお召し上がりください」
長めのトングを添えて、客席に溶岩のパスタを運ぶ。
テーブルに置かれたパスタの土鍋を、ドワーフのお客さんたちは期待を込めて覗き込む。
「これが、噂の……」
「溶岩パスタ……」
緊張した面持ちで、お客さんはトングを溶岩のパスタに差し込む。
そしてトングで中のパスタを掴み、ゆっくりと持ち上げる。
トングと一緒に、長く伸びるチーズ。
チーズの裂け目からは、ソースを纏った真っ赤なパスタ。
「すごいチーズが伸び、伸び、伸びる~!!」
「おお! 本当に溶岩みたいだ!!」
持ち上げられたチーズとトマトソースが、混ざり合って溶岩のようにドロドロと滴る。
この迫力がたまらなくて、ついついチーズを入れすぎたりしちゃうんだよなぁ。
やっぱりお客さんには、喜んで欲しいし。
「カーッ!! ニンニクが良い仕事してるねぇ」
「このプリプリしてるのが、エビ……!! 海の火山ってのは、不思議なものだ」
山の中、洞窟のダンジョンに暮らすドワーフにとって、海産物を初めて食べる人も多い。
海そのものが、夢物語の世界のみたいなものなんだとか。
溶岩のパスタを食べながら、お客さんたちがしみじみと語る。
「こんなものが食べられるなんて、世の中変わるもんだなぁ」
「里に人間が大勢来たと思ったら、次代の星巫女まで現れるんだから」
「次代の星巫女ですか」
ドワーフの人達にとってはアリエスの来訪も、イサナ王国との交流と同様にビックニュースなのだな。
まだ星巫女の力は覚醒してないし、俺から見たら普通の女の子って感じだけど……。
「あの、ドワーフの方々はアリエスさんをどう思ってるんですか?」
「どうって……なぁ?」
「可愛い孫、みたいな?」
良い感じに酔いが回ってきたお客さんが、陽気に答える。
「星巫女って言ったら、種族の救世主みたいなもんだからなぁ。異種族とは言え、応援したくなるってもんよ?」
「んだんだ!」
「そういうものなんですね」
まるで親戚のおじちゃんのようなノリの、ドワーフのお客さんたち。
アリエスが星巫女になったら、ドワーフの里にも少なからず影響があるはずなんだけど……。
「人間は、違うんか?」
「え!? えっと……」
予想してなかった問いかけに、返答に詰まる。
あまりうかつなことは言えないし、どうしよう……。
「……実は俺、イサナ王国とは違う、遠い国から突然飛ばされて来たもので。実は王国のこともよく知らなくて……あ! でも王国の人達には、良くしてもらってるんですよ!」
「そっかぁ……店長、苦労してんだなぁ」
咄嗟に話してしまった自分の身の上話だったが、どうやらドワーフのお客さんに刺さったらしい。
グイグイと、俺の話が酒の肴になっていく。
「でもこんな旨いメシが作れるんだから、大丈夫だぁ!」
「んだんだ! オラ、いっぱい飲みに来っから!」
「おめぇは飲みてえだけだろぉ?」
「あははは……ありがとうございます!」
その後、ドワーフのお客さんは溶岩のパスタと俺の話で、ワインを五本空けていったのだった。




