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065 ボッリートとアリエス

 ドワーフの里との交流が始まって、三週間ほど。

 店では週に一度ほど、里の地下ダンジョンの魔物討伐に対応する騎士団に食事を提供している。

 食事代はイサナ王国から支払われていて、いわゆるケータリングみたいなものだ。


「店長! ピザとグラタンの仕込み、バッチリっス」

「ありがとう、ヒュー」


 騎士団の食事の日は店を貸し切りにして、ビュッフェ形式で行っている。

 人数がとても多いので、前もって準備できるのが利点だ。

 それに騎士団のみなさんはマナーが良いので、これといってトラブルが起きないのもありがたい。


「サラダも前菜もカレーもパスタソースも出来てるし……今夜の準備は良い感じだな」

「その鍋は何を作ってるんです? 店長」

「ああ、これはボッリートって言うんだけど――」


 大きな寸胴の水面に、プカプカとセロリとローズマリーが浮かぶ。

 そして鍋の底には、半分に切った玉ねぎと大き目カットの牛肉がゴロゴロと沈んでいる。

 味付けは塩コショウのみという、とてもシンプルなスープなんだけど――これが、信じられないぐらい美味しいんだ。


「簡単に言うと、牛すね肉と野菜のスープだな。良い具合に煮えてきたし、少し味見してみるか?」

「ええ……セロリ入ってるじゃないっスか……」

「俺もセロリ苦手だけど、意外と気にならないんだよ。ほら」


 やや乗り気でないヒューに、味見用の小皿を渡す。


「またまたそんなこと言って…………ウマァ!!」

「期待通りの良い反応だな」


 ヒューの反応を見ながら、俺もスープの味見をする。

 小皿で一口すすっただけで、体中に栄養がいきわたるような旨味。

 旨味って栄養なんだなぁっと、改めて実感してしまう味だ。


「こんなに美味しいなんて、ウソでしょう!? 店長、具材と水を鍋に入れて、火をかけただけじゃないですか!?」

「そう。味付けは肉に振りかけた、多めの塩コショウのみ」

「すごい……これなら、オレでも作れそう」

「そうだな。アク取りさえ丁寧にやれば、割と簡単に作れるよ」


 初めてボッリートを作ったときは、俺もそんな風に感動したな。

 日本でも肉吸いという、牛肉の出汁が利いた吸い物があるけど……。

 それとはまた違う、香味野菜とハーブの旨味の合わさった味わいが、なんとも言えないんだ。


「店のメニュー料理ばかりだと、コッテリし過ぎだからな。こういう消化に良さそうなものも、あった方が良いかと思ってさ」

「確かに……滋味というか、スープだけずっと飲んでたい」

「さすがにそれは、おっさんクサくない……?」

「店長ヒドイ!!」


≪カランカラーン≫


 仕込みをしながらヒューと話していると、ドアベルが鳴って人が入ってきた。


「すみません、今日は貸し切り――っと、ラディルじゃないか」

「おつかれさまです! 店長さん」

「おじゃまします」


 店の入り口から入ってきたのは、ラディルとアリエス。

 扉の向こうは洞窟のようで、ドワーフの里のダンジョンから魔法で入ってきたのだろう。


「うーん、いい匂い! あ、何かお手伝いすることあります?」

「はは、大丈夫だよ。それより、騎士団の仕事は大丈夫なのか?」

「今はキャンプ地で、休息時間なんですよ」

「それならそれで、ちゃんと休みなさい。スープの味見をあげるから、手を洗って」

「やったー!」


 子どもっぽく笑いながら、キッチン横の手洗い場で手を洗うラディル。

 アリエスもラディルの手順を真似て、手を洗う。

 なんだか兄妹みたいで可愛いなと思いながら、俺は出来立てのボッリートを小皿に盛る。

 二人にはおまけで、肉の欠片も入れた。


「さあ、召し上がれ」

「いただきます!」

「いただきます。……美味しい」


 美味しそうにスープを飲み干し、肉を頬張るラディルとアリエス。

 肉を咀嚼しながら、ラディルがキッチンの奥を見つめる。


「あれ? キッチンに窓がついてる……」

「新しく増設した通路なんだ。天井が綺麗だから、見てみなよ」

「そうなんだ。行ってみよう、アリエス」

「う、うん!」


 味見のスープと肉を食べ終えたラディルが、アリエスを連れてキッチンの奥へ向かう。

 窓から通路を見上げた二人の顔が、面白いぐらい輝く。


「うわーっ! すごい!!」

「キレイ……」


 うんうん、良い反応。

 おっさんの趣味にしてはオシャレ過ぎるかと思ったけど、星空にして良かった!

 俺も二人の近くへ行き、お気に入りの天井を見上げる。


「ドワーフの里とイサナ王国を移動できる通路なんだ。これからは牛肉も手に入りやすくなるし、色々と新しい料理も作れるぞ」

「肉料理かぁ。楽しみだな!」

「……うん、本当にすごい。店長さんは、古の星巫女さまみたいです」

「へ……?」


 意外な言葉に、気の抜けた返事をしてしまう。

 反射的にアリエスの方を向くと、彼女はこちらをじっと見上げていた。


「私も店長さんみたいに、なれるでしょうか……?」


 あまりに真っすぐな言葉に、返事が詰まってしまう。

 自分の力が星巫女のソレとは思ったことも無かったし、ましてやアリエスにそんな風にを言われるとは。


「えっと……」


 何と答えるのが、正しいのだろうか?

 今のラディルの行動は確実にアリエス編に向かっていて、彼女は星巫女になる……だろう。

 それがイサナ王国の、崩壊に繋がるとは知らずに。

 返事に躊躇する俺に、アリエスは不安そうに言葉を続ける。


「私も店長さんみたいな力を手に入れて、故郷の村のみんなの役に立てるようになりたいんです」

「アリエス……」


 うつむくアリエスに、ラディルが寄り添う。

 二人はただ、身近な大切な人たちのために頑張ろうとしているのだ。


「アリエスさんは……きっと立派な星巫女になれるよ!」


 ゲームの未来を知っていても、俺には二人を否定することはできない。

 大体俺が『イサナ王国物語』の世界に来て店をやってるのも、イレギュラーなのだ。

 必ずしもシナリオ通りの未来になるとは、限らないし。


「そもそも俺は、星巫女じゃないしな。たまたま似たような力を持ってるってだけで」

「店長さん……?」


 俺の言葉選びが下手だからか、やや不安そうにこちらを見るアリエス。

 自分でも、何を言ってるのかわからなくなってきた。

 言って良いことと、隠しておきたいことの管理が難しいよ。

 とにかく、気持ちだけはちゃんと伝えよう――


「だから俺……応援してるよ! アリエスさんと、ラディルのこと」


 突然の声援に、キョトンとする二人。

 そんなにおかしなことを、言っただろうか?

 ちょっと不安になりながら二人を見つめると、ラディルの顔がほころぶ。


「えへへ、急にどうしたんですか? 店長さん。でも……ありがとうございます!」


 ラディルは俺に礼を言うと、アリエスの手をとった。


「アリエスはきっと、すごい星巫女になれるさ!」

「ラディル……ありがとう」


 少し安心したように、アリエスは微笑む。

 そして改めて、俺の方を見上げる。


「ありがとうございます、店長さん」

「ああ。がんばってな、アリエスさん」


 お礼を言うアリエスの笑顔に、俺は応援したいと強く思った。

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