064 アーネストとドーネル
イサナ王国とドワーフの里とのトンネルが開通してから、一週間ほど。
キッチンに洞窟の見える窓が増え、なんだか開放感が増した。
窓から見える不思議な星空を眺めるのは、ちょっとした癒しになっている。
「どうやら、問題なく顕現しているようですね」
「はい! わざわざ様子を見に来てくださって、ありがとうございます、ドーネルさん」
ドーネルさんは自分の仕事の合間に、店とトンネルの様子を見に来てくれた。
一通り確認してくれたドーネルさんを、俺は店のカウンター席に案内する。
「それにしても……忙しい時間に来てしまいましたか? 申し訳ありません……」
「いえいえ! もう料理は出し終わっているので、調理場としては丁度落ち着いたところなんですよ」
「そうですか?」
ランチ客で賑わう店内を見回して、恐縮するドーネルさん。
むしろ昼休みに抜けて来たであろう彼に、申し訳ないのはこちらのほうだ。
「そうだ、ドーネルさんも何か食べていかれませんか?」
「ええ!? よろしいのですか?」
「もちろんですよ! パスタでもピッツァでも、お好きな料理をどうぞ!」
メニュー表を用意する俺に、ドーネルさんは照れながら言う。
「いやはや、お恥ずかしながら……私、小食でして。あの大きなパスタの皿やパンは、とてもとても……」
周りのお客さんたちの料理を見て、ドーネルさんは少し気圧されているようだ。
そして何かに気づいたように、こっそり伝えるように俺に言う。
「あの、最初に出している料理の盛り合わせ程度で、十分なのですが」
「えっと……ああ、前菜のことですね!」
大食家の俺には、とても信じられない話だけど。
たまに前菜の盛り合わせ程度で、食事は十分だという人もいるんだよな。
酒飲みの人なんかは、特に。
「それじゃあ、特別な前菜をご用意しますね!」
「やや、お手数おかけします」
俺はスライスしたバケットを三切れ鉄板に乗せ、オーブンで焼き始める。
そして冷蔵庫から、前菜の食材の乗ったトレーを取り出す。
いつもの前菜用より一回り大きい皿を調理台に置き、サラダとカポナータを盛り付けていく。
「ちょうど昨日、良いものを仕込んだんですよ」
そう言って取り出したのは、金属バットにいっぱいの自家製レバーペースト。
玉ねぎや香味野菜と一緒に鶏レバーを炒め、生クリームと一緒にペースト状にし、一晩冷やしたもの。
焼きあがったバケットに、レモン型のディッシャーでキレイに盛り付ける。
仕上げにスライスしたイチジクを乗せて、オシャレなブルスケッタの完成だ。
「他の二つは……シラスと、きのこにしよう」
シラスは枝豆と一緒に、オリーブオイルと醤油のドレッシングと和える。
きのこはニンニクとオリーブオイルで炒めたものを、塩で味を調えて。
それぞれバケットの上に盛り付け、皿に並べていく。
なかなか彩り豊かな、ワンプレートが完成した。
「お待たせしました。前菜盛り合わせプレートです」
「おお! ありがとうございます」
ドーネルさんの座るカウンターに皿を置き、料理の説明をする。
「こちらから、リーフサラダとカポナータ、三種のブルスケッタ――レバーペースト、シラスと枝豆、きのこマリネです」
「ではさっそく、こちらのレバーをいただきましょうか」
前菜を作りながら話題にしたからか、レバーペーストのブルスケッタから手を付けるドーネルさん。
ザクッとバケットの良い音を立て、イチジクの乗ったレバーペーストを口にする。
「これはこれは……滑らかな舌触り、甘じょっぱい旨味と苦味……白ワインが合いそうですね」
「飲んでいかれますか?」
「いやはや、まだこれから仕事がありますので」
少し残念そうに笑いながら、ドーネルさんはゆっくり前菜を食べ進めていく。
≪カランカラーン≫
ドアベルの音がして入り口の方を見ると、白いダボダボ服の男――濡れた髪のアーネストが、店に入ってきた。
どうやらアーネストは、いつも風呂上りに食事に来ているようなのだ。
「いらっしゃいませ」
「アーネストじゃないか! こちらのカウンターの席にどうぞ」
「うん」
すっかり常連客になったアーネストを、ヒューがカウンター席へと案内する。
アーネストの注文は、いつも決まっていた。
「黒カレーのランチセットを。あと――」
「カルツォーネを七個、お持ち帰りかい?」
「ああ。よろしく、ヒュー」
手短に注文を済ませると、アーネストは持参した本を読み始める。
この様子も、いつもの光景だ。
変わっていくのは、ヒューのピザ生地を伸ばす技術。
「ヒューも生地伸ばし上手くなったよな。全然、破かなくなったし」
「へへっ、アーネストのおかげだな」
小さめの生地を、連続で伸ばすのも良い練習になったみたいだ。
すっかりヒューは一人前のピザ職人になり、なんなら俺より手早くなってるかもしれない。
ちょっとジェラシーを感じながら、俺は黒カレーを温める。
「おや? それは……」
静かに食事をしていたドーネルさんが、小さく言葉をこぼす。
カウンター席を見ると、一席開けて隣に座るアーネストが気になっているようだ。
視線を感じたアーネストが、面倒くさそうに口を開く。
「……なに?」
「いえ、あなたの読まれてる本が気になりまして」
「ふぅん」
敵意が無いと分かると、再び本に視線を戻すアーネスト。
ドーネルさんは何か核心を得ようとしているのか、本の表紙を凝視している。
「表紙の絵が、星巫女様の伝承に似ておりますな」
「…………」
ポロっとこぼしたドーネルさんの言葉に、アーネストはゆっくりと視線を上げた。
彼の興味が、本からドーネルさんに移ったのは一目瞭然で――
「僕はアーネスト、魔導学園で研究員をしている。アンタは?」
「これは申し遅れました。私はドーネル、ドワーフの里でダンジョン技師をしております」
「ダンジョン技師……そんな仕事があるのか」
いつになく、早口で話し続けるアーネスト。
話が合うのか、ドーネルさん彼に付き合っている。
「お待たせしました。黒カレーランチで、ござい……ますぅ……」
「ドワーフの里はダンジョンで出来ていて、それは星巫女が残した遺構を技術者が管理していると」
「ええ。技術の拡張は成功していないものの、マジカとダンジョンの影響についての研究は進んでいまして――」
俺が料理を持ってきたのも気遣いないほどに、二人の会話は盛り上がっていた。
仕方なくアーネストの席に皿を置き、二人の様子を見守る。
「珍しいっスね、アーネストが人とあんなに話すの」
「ああ。ドーネルさんも、かな」
二人の会話は思いのほか盛り上がり、ランチタイム終了まで続いていた。




