057 星巫女アリエス
「アリエス、ここが前に話した『いたりあ食堂ピコピコ』だよ。そしてこの人が、いろんな美味しい料理を作ってくれる、店長さん!」
嬉しそうに俺の紹介をしながら、ラディルは少女――アリエスを店へと招き入れる。
おずおずと扉をくぐり、アリエスは店へと足を踏み入れた。
ふわふわの長い髪に、星空のような紺碧の瞳。
彼女は『イサナ王国物語』の――メインヒロインだ。
「えっと……はじめまして」
小さくお辞儀をして、挨拶をするアリエス。
すっかり失念していた――『イサナ王国物語』には、二つのエンディングがあることを。
一つは王国の人々と共に、世界変革の災禍と戦いイサナ王国を守り抜く『王国編』
俺がやり込んだのは、このルートだ。
そしてもう一つは星巫女であるアリエスと共に戦い、新たな世界を迎える『新世界編』
ネット評価が荒れに荒れた――鬱エンディングである。
「あの、私……何かおかしいですか?」
「えっ?」
「そうだよ店長さん! ボーっとしちゃってさ」
鬱展開のエンディングがフラッシュバックして、固まってしまっていた。
不審がる二人に、俺は慌てて弁解。
「ああ、ごめんごめん! 魔物騒ぎで混乱しちゃって、思考が追い付かなくてさ」
「ふーん……」
若者二人の、訝しむ視線が突き刺さる。
でも、言えるわけがない。
その少女と――アリエスと共に戦うと、鬱エンディング――イサナ王国が滅ぶ、なんて……。
「こらこら、ラディル君。店長さんは民間人なんですよ」
「イヴァン隊長!」
背後から、イヴァンさんが会話に入ってきた。
先程までの緊迫感はなく、初めて会ったときのように穏やかな雰囲気に戻っている。
「イヴァンさん、もうケガは大丈夫なのですか?」
「はい、このとおり。私もフリオも、無事に回復いたしました」
少しおどけながら、イヴァンさんは脚を振って見せた。
背後では一緒に飛び込んできた若手の騎士――フリオさんが血や煤でよごれた床の、モップがけをしている。
さすが王国騎士、国民に対する敬意が厚い。
「突然騒ぎに巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」
「ああ、それは大丈夫です。皆さんが無事で、良かったですよ!」
軽く言葉を交わすと、イヴァンさんはアリエスの隣に立った。
そして、これまでの経緯の説明を始める。
「彼女はアリエスさん。遠征中に出会ったのですが、我々と同じくキーリウを目指しているそうで。現在、共に行動しております」
「そうだったんですね」
確かアリエスは星巫女の力を高めるため、修行の旅をしているんだっけ。
詳しい原理は忘れちゃったけど、四つの亜人の里を巡る必要があって……。
その旅の途中で、アリエスの星巫女の力が王国――というか現在の世界に、厄災をもたらすことが明かされるんだ。
『新世界編』へのストーリー分岐条件は【アリエスの好感度をMAXにして、お祭りイベントに誘う】なんだけど――
「店長さん、アリエスすごいんだよ! 見たこともない、不思議な魔法をたくさん使えるんだ」
「そうか……」
キラッキラした瞳で、アリエスの事を語るラディル。
かつてないほどの、 好 感 触 !!
セシェルとかパテルテとか、他の女の子にそういう雰囲気出したこと一切なかったじゃないか!
アリエスと共に行く『新世界編』が、イサナ王国物語の公式ルートと言われているけど……。
このままラディルは、アリエスとの旅を選んでしまうのだろうか?
「お話中、失礼いたします!」
ラディル達と話していると、扉の外からイリーナさんが戻ってきた。
どうやら俺に用があるようで、イリーナさんはこちらに向いてピシッと立つ。
「騎士団長より遠征部隊の再編のため、全員一時帰還させるとの命令です。つきましては店長殿の、扉の魔法をお願いしたいのです」
「あ、はい! もちろん協力します」
俺の了承を得ると、イリーナさんは扉の外を指さす。
指し示された先では、騎士団長さんが手を振っている。
「あそこにいる団長の、横の茂みのあたりに出していただけると助かります」
「ああ、あそこですね! バックヤード!!」
バックヤードの扉を、騎士団長さんの隣に設置。
騎士団長さんは出現した扉を、周りの木や枝で覆い隠す。
カムフラージュが終わると、バックヤードの扉から店へと戻ってきた。
「おおっ! 本当に店に戻れるんだな!!」
キッチンの奥、バックヤードから騎士団長の驚く声が聞こえてくる。
任務が落ち着いたからか、騎士団長は店の中を楽しそうに観察しながら俺たちの方へやって来た。
「ご協力感謝いたします、店長殿」
「いえ。騎士団のみなさんも、お疲れさまです」
装備していた兜を外し、騎士団長は深々と頭を下げる。
顔を見てようやく、ゲームで仲間にした記憶が蘇ってきた。
物語後半にバタバタ仲間が増える時期に加入するから、いまいち記憶が薄いんだよな。
忘れててごめんなさい、緋色の狐騎士団の騎士団長さん。
「店長さん! そろそろ料理作れるー?」
「はっ!? そういえば……ごめん!! すぐに作る!!」
トルトに声をかけられ、キッチンの方を見る。
伝票差しに注文の札が益々増えているのが、遠目から見てもわかるほどだ。
「では我々は、失礼いたします。若いのを何人か置いていきますので、皿洗いでもなんでも使ってください」
「ええっ!? そんな、騎士の方なのに悪いですよ……」
「はっはっは! 店の損失の調査などもさせますので、どうぞお気遣いなく」
そういうと騎士団長、それにラディルやアリエスたちも店を後にした。
俺はキッチンに戻って、大急ぎで溜まりに溜まった注文を調理していく。
スマホでラディルの好感度ページを確認したい気持ちを、こらえながら――




