055 ディナーと炎の扉
≪カランカラーン≫
「いらっしゃいませ!」
ディナータイムのオープンと同時に、二人の女性が入店してきた。
白銀の鷹騎士団の魔法使いと、癒し手。
「あれ? ジェマさんとリサさんじゃないですか!」
「こんばんは、店長さん! カウンター、いい?」
「どうぞどうぞ!」
俺は二人を、カウンター席へ案内する。
ジェマさんはおしゃべりが好きなのか、カウンター席を希望することが多い。
席に着くやいなや、ジェマさんはお酒のメニューに目を止めた。
「お腹空いたぁ~。何にしようか……えっ!? お酒あるじゃん!」
「そうなんですよ。とうとう置いちゃいました」
置いたというか、置かれたというか。
昼の商談の後、フェルミス君が瞬く間にメニューを作成。
ウルさんもディナーに間に合うように、お酒を納品。
そしてつつがなく、お酒の販売が始まった。
「今日はパスタのつもりだったけど、これは隊列組み直さなきゃ……」
「ちょっとジェマ、飲み過ぎないでよ?」
お酒があると知って、料理メニューと睨めっこを始めるジェマさん。
リサさんは呆れたように、ジェマさんに釘を刺す。
そんな二人にイチオシメニューを見せるため、俺はオーブンからサンマの入ったバットを取り出した。
「本日のおすすめは、ポセさん直送のサンマだよ。パスタはペペロンチーノとアラビアータ、おつまみならアヒージョを用意してるよ」
バットのフタを開けると、サンマとニンニクの香りが湯気と共に立ち昇る。
旨味たっぷりのスープに浮かぶ、艶やかなサンマ。
なんとも食欲を誘う光景に、二人のオーダーはすぐに決まった。
「じゃあ私、オシハカワインの白とサンマのアヒージョ!」
「私はサンマのペペロンチーノを、辛み増しでお願いします」
「かしこまりました!」
保温のためにサンマのバットをコンロの上に置き、料理の準備を始める。
大き目のフライパンにたっぷりの刻みニンニクを入れ、オリーブオイルでひたひたにして炒めていく。
ここに旨味たっぷりのサンマの煮汁を注ぎ、半分はグラタン皿へ。
サンマとミニトマトやキノコなどの野菜を加え、アヒージョをオーブンで焼いていく。
「前菜と、オシハカワインの白をお持ちしました」
ホールではフェルミス君が、料理とワインをジェマさんの席へ運ぶ。
目の前で丁寧に注がれるワインを、嬉しそうに眺めるジェマさん。
下戸の俺にはわからないけど、仕事上がりのお酒とはそれほど嬉しいものなのか。
「あ~、美味しぃ~」
「あんた、よくお酒飲めるわねぇ……」
前菜よりも先にグラスに口を付け、ジェマさんは一気にワインを飲み干す。
隣のリサさんは、ちらりと店の個室に視線を送った。
個室ではイレーナさんとザックが、何か事務仕事のようなことをしている。
「この世で誰が働いていようとも、今の私はお休みっ! 緊急時じゃないんだから問題ナーシ!」
「ふぅん……」
「店長さ~ん! アヒージョ出るとき、ワインのお代わりお願いしま~す!」
「かしこまりました」
フライパンのペペロンチーノソースで、パスタを茹であげていく。
サンマの出汁を加えているペペロンチーノは、いつもとはまた違った美味しそうな香りだ。
茹で上がったパスタを皿に盛り、フライパンにサンマを一尾入れる。
残ったソースをサンマにしっかり絡ませて、パスタに乗せたらサンマのペペロンチーノの完成だ。
オーブンから取り出したアヒージョも、グツグツと煮立って美味しそうに仕上がっている。
「お待たせしました。サンマのアヒージョと、サンマのペペロンチーノ・辛み増しでございます」
「はい、オシハカワインの白です!」
「ありがとう~」
俺が料理を出すと同時に、トルトがワインを運ぶ。
お酒と料理が揃って、ジェマさんはニコニコしながら食事を再開する。
リサさんはサンマのペペロンチーノを前に、呆然としていた。
「魚が一本、丸ごと乗ってる……」
「じっくり煮込んだサンマなので、骨まで食べられますよ。お好みの大きさにほぐして、お召し上がりください」
「骨も?」
不思議そうにしながら、リサさんはフォークを手にする。
そしてサンマの尾の方を少し切り取り、口に運ぶ。
「……本当、ホロホロだわ。美味しい」
「魚の旨味、ヤッバ……これはお酒がすすんじゃうわ~」
慎重に食べ進めるリサさんに対して、ジェマさんはもうサンマを半分ぐらい食べ終えていた。
なんだか対照的な二人の様子、面白いな。
「店長、テーブルのお客様もサンマのオーダー、たくさん入ってますよ」
「了解! おお、すごい伝票の数……どれどれ……」
ジェマさんたちの料理を出し終えるころ、他のお客さんのオーダーも続々と入ってくる。
今日はおすすめ料理の注文が多くて、嬉しいな。
俺はソースを作りながら調理台にグラタン皿を大量に並べ、アヒージョからどんどん作っていく。
「先にアヒージョを全部出すよ」
「はい!」
「はーい!」
オーブンで一気に仕上げたサンマのアヒージョを、どんどん運んでいくトルトとフェルミス君。
客席からは、続々と驚きの声が上がった。
「骨、柔らかい……これ、好きかも!」
「魚なのに? その……ちょっともらっていい?」
ペペロンチーノとアラビアータを作りながら、客席の声に聞き耳を立てる。
やはりお客さんの嬉しそうな驚きの声は、聞いてて気分が良い。
仕上がったパスタの盛り付けに、気合が入る。
具体的には、ちょっとカッコつけてパセリを振りかけたり……とか。
「パスタも出るよー!」
「あ、俺も運びます」
自分の仕事が落ち着いていたヒューが、料理運びに加わった。
調理台に皿が並びきらないほどオーダーが入っていたので、どんどん持って行ってくれるの助かる。
「なにこれーっ!? 魚が一本乗ってるー!?」
「はい、骨まで全部たべられるんですよ~」
「あははは! すごーい!」
ヒューがお客さんと気さくに話す声が、聞こえてきた。
やはりこういう反応は、何度聞いても良い。
お客さんの声を聞きながら調理器具を洗っていると、料理を運び終えたフェルミス君が戻ってくる。
「すごい人気ですね、サンマのお料理」
「ああ、今日はお客さんの入りも良いしね。旬のものだから、出来たてを楽しんでもらえて良かったよ」
バットの中を確認すると、サンマの数は半分ぐらいになっていた。
数日は残るかと思っていたけど、たくさん食べてもらえて嬉しい。
≪カランカラーン≫
「いらっしゃいま……火? ……火ぃ!?」
ドアベルの音に振り向くと、開いた扉は一面火の海。
火や煙が店内に入ってくる様子は無いけど、この火――入口に吹きかけられている!?
「ジェマ。緊急時、みたいよ?」
「……へぇい」
よろよろと立ち上がるジェマさんに、リサさんは解毒の魔法をかけるのだった。




