053 ポセさんの大漁サンマペペロンチーノ
朝の身支度を終えて店に下り、俺は照明と換気扇のスイッチを入れた。
古い換気扇はキュルンキュルンと助走をつけ、回り始める。
≪カランカラーン≫
「おはようございます! 店長殿!」
「おはようございます! 本日もよろしくお願いいたします!」
店に明かりがつくと、二人の騎士が入ってきた。
今日はイレーナさん――緋色の狐騎士団の第二部隊長さんとザックか。
「おはようございます。イレーナさん、ザックさん。お勤めご苦労様です」
ラディル達がキーリウ遠征に出発し、一週間ほどが経つ。
遠征中は緊急時に備え、王国に残った騎士が交代で店内に待機している。
当初は店の外に待機所を作るという提案だったのだが――大変そうだなと思って、キッチン横の個室を待機所として提供した。
「すごい量の荷物ですね」
イレーナさんの少し後ろに立つザックは、両脇に重そうなカバンを抱えている。
カバンには書類や地図のような紙が、ギッシリと詰まっていた。
「ええ、待機中ザックに色々と教えようと思いまして。滅多にない機会ですから」
「なるほど」
≪カランカラーン≫
「おはようございま、すぅ……」
軽く世間話をしていると、ヒューが出勤してきた。
こちらを見て、少しニヤッとするヒュー。
そして騎士たちに向かって、うやうやしく挨拶をする。
「お勤めご苦労様です」
「こちらこそ、お世話になります」
ヒューの挨拶に、敬礼で返すザック。
ザックの顔も、心なしか少しニヤついていた。
「それでは、お部屋をお借りします」
「はい」
イレーナさんとザックは個室に入り、引き戸を閉める。
席に着くと早速書類を広げ、仕事の話を始めた。
俺たちも、ランチ営業の準備を進めていく。
ピザ場の準備を進めるヒューは、チラチラと個室の方に視線を向ける。
「気になる?」
「……ま、ダチなんで。意外にサマになってるのが、こそばゆいっスね!」
「ははっ、本当にな」
店に食事に来ては、仕事の愚痴をこぼしていた兵士のザックとヒュー。
そんな二人が今は騎士と料理人、それぞれの道を進んでいる。
なんとも、不思議なものだな。
≪カランカラーン≫
「おはよう! 店長さん、ヒュー!」
「おはようございます。本日もよろしくお願いします」
トルトとフェルミス君も出勤し、ホールの準備にとりかかる。
調理台には所狭しと並べられていく、彩り豊かな前菜の皿。
キッチンの炊飯器からは湯気が立ち上り、ボイラーのお湯も沸き、食堂が温まっていく。
≪カランカラーン≫
「おはよう、店主」
「ポセさん! おはようございます」
開店準備中に入ってきたのは、漁師のポセさん。
いつもより重そうな、革袋を背負っている。
「秋の魚が獲れてな、持ってきた。店主、こういうの好きだろう?」
そう言ってポセさんはカウンターに革袋を置き、中身を開けて見せてくれた。
袋を覗き込むと、中には細かい氷に包まれ銀色に輝く細長い青魚。
「サ、サンマだぁ!!」
まさかイサ国の世界で、サンマに出会えるなんて……!
サンキュー、JRPG!!
「すごい量……これ、全部買い取って良いんですか?」
「ああ、もちろんだ。ほれ、バット取って。あのデカイのがいいか?」
言われるがままに、俺は店で一番大きい深バットを取り出す。
深バットを調理台に置くと、そこにポセさんは袋のサンマを移した。
並べられたサンマはふっくらとしていて、とても美味しそう。
「しかも大ぶりじゃないですか! うわー、嬉しいなぁ……」
「はっはっはっ! そうかそうか!」
ザっと見た感じ、三十匹前後あるだろうか。
こんなにたくさんあれば、パスタにアヒージョに作り放題だぞ。
今日はサンマパーリィだ!
「そうだ! ポセさん、朝食これからですか? 良かったら食べてって下さいよ!」
「おっ、良いのか? 営業の準備があるだろう?」
「良いんですって! いつもお世話になってるんですから。サンマを使ったペペロンチーノとかどうです?」
「ああ、任せる。ありがとう」
サンマをゲットしてウキウキの俺は、ササッと二尾ほど三枚におろす。
手早く仕上げるため血合い骨に沿って軽く切り込みを入れ、軽く塩を振る。
「さすが店主、手慣れているな」
「いえいえ、カーナヤの皆さんほどじゃないですよ~」
褒められて気を良くしながら、フライパンで多めのオリーブオイルを火にかけた。
待っている間に、三枚におろした中骨を五センチほどに切り分ける。
そして温度の上がった油で、カリカリに揚げていく。
「おお、骨せんべいか」
「はい!」
きつね色になった中骨をバットにあげ、今度は二枚の身をフライパンに並べる。
なるべく魚の形を残して盛り付けたいので、身崩れしないよう丁寧に。
油をかけながらふっくらと焼きあげ、これもバットにあげる。
「あとはソースを作ってっと……」
すっかりサンマの旨味と香りの出たオリーブオイルに、刻みニンニクと鷹の爪を入れて加熱。
お湯と昆布茶を加えてスープを作り、下茹でしてあるパスタを入れて茹で揚げていく。
ポセさん用なので、パスタは大盛二玉分だ。
「ワタは……肝醤油にするか」
パスタを茹で揚げながら、小さなソースパンにサンマのワタを入れる。
ゴムベラでペースト状になるように潰し、醤油とみりんを加えて軽く加熱。
新鮮なサンマなので、これだけで美味しい。
「よし、パスタも良い感じだな」
肝醤油を作っている間に、ペペロンチーノもソースにほどよくトロミがついてきた。
特大の皿にパスタを盛り付け、サンマと骨せんべいを乗せていく。
仕上げに千切りの大葉を添えて、完成だ。
「おまたせしました! サンマのペペロンチーノです。お好みで肝醤油もどうぞ」
ドーンっとサンマ二尾分が乗った特盛パスタを、カウンター席に座るポセさんの前に置く。
我ながら、なかなかのインパクト料理だと思う。
「これはまた、うまそうだな! いただこう!」
嬉しそうにポセさんはパスタに肝醤油をかけ、サンマを大きめに崩しながら和えていく。
そしてフォークにたっぷりパスタを巻き付けて、大きな一口を頬張る。
「……旨い! サンマの旨味が詰まった汁がまたなんとも――」
「ライスも炊けてますよ」
「さすが店主! 大盛で頼む」
相変わらずの健啖家ぶりに、こちらまで気持ちよくなるな。
ライスを盛りつけてポセさんに出すと、フェルミス君が声をかけてきた。
手にはメニュー表の、ミニ黒板を持っている。
「店長さん、サンマのパスタはランチで出しますか?」
「あ……ああ、メニュー表か……」
すっかり気合入れて作っちゃったけど、ランチで同じものを出すのは難しいかな。
後でちゃんと仕込んで、今夜のディナーから出そう。
「ごめん、ランチにはちょっと時間かかって難しいから。日替わりは……パンチェッタのアラビアータにするね」
「わかりました」
フェルミス君はメニュー表を書き換えて、黒板を壁にかけなおす。
よーし!
昼休みに骨まで食べられるサンマ、仕込んじゃうぞ!




