052 カウンターの長居客
≪カランカラーン≫
「店長さん、こんにちはー!」
「もう……姉さん、まだお客さんがいるかもしれないだろ?」
ランチ営業の終了間際の、昼下がり。
白銀の鷹騎士団のセシェルとパーシェルが、店にやってきた。
二人とも騎士の鎧を身に着けているので、勤務中なのだろう。
店内を見回したパーシェルが、食事中のお客さんを見つけて頭を下げる。
「ほら、やっぱりお客さんがいるじゃないか。すみません、店長さん」
「大丈夫だよ。いらっしゃい、セシェル、パーシェル」
店内にいるお客さんは、カウンター席に一人だけ。
風呂上りのような湿った髪のお客さんは、のんびり本を読みながらカレーを食べている。
もう料理は出ているし、俺が少し抜けても大丈夫だろう。
「今日はどうしたの?」
「えへへ。マリカ様に頼まれて、コレを届けに来ました!」
「コレ……書類?」
セシェルに大き目な封筒を手渡され、俺は中身を確認する。
封筒に入っていたのは、地図や時間割のようなメモ書きが数枚。
どうやらラディル達の遠征についての、書類のようだ。
「緋色の狐騎士団のキーリウ遠征に関する日程表です。正式な話し合いの前に、要件を確認できた方が良いだろう、とのことでして」
「なるほど……わざわざ届けてくれて、ありがとう」
「いえ。今回の遠征は、俺たちや漆黒の山羊騎士団も協力することになっているので。こちらこそよろしくおねがいします」
「へぇ、そうなのか」
書類を見る俺に、パーシェルが説明を加える。
なんだか思っていたより、かなり大掛かりな遠征なのかな。
「待機中にピコピコの料理、食べられるかな?」
「姉さん、遊びじゃないんだよ……」
しっかり者の弟が一緒だからか、なんだかポヤポヤしているセシェル。
そんな彼女を見て、ラディルの信頼度ページが頭をよぎる。
「そういえばラディルは、騎士団でちゃんとやれているのかな? その……人間関係とか……」
「人間関係?」
思わず余計なことを、聞いてしまった。
俺の質問に真剣に考えこむセシェルを、緊張しながら見守る。
「隊長のイヴァンさんとは、親子みたいに仲良いですよ! 他の人とも、上手くやってると思うし」
「そ、そうなんだ! あ、あははは……」
他意のない笑顔で答えるセシェル。
昨日のことは忘れようと思ってたのに、俺はなんてことを聞いてるんだよ……。
でもラディルとセシェルが、付き合ってるとかはなさそうだな。
「それに騎士団の共同訓練では、こちらもすごい勉強になります。ラディルは一人で、多種多様な技や魔法を使ってくるので」
「へぇ……そうなのか」
パーシェルも朗らかな笑顔で、ラディルの様子を教えてくれた。
思っていた以上に、ラディルは騎士として受け入れられているんだな。
「それでは、我々はこのへんで……営業中に、お邪魔しました」
「いや、こちらこそ。色々聞かせてくれて、ありがとう」
要件を済ませたセシェルとパーシェルが、店を後にする。
扉の外で二人を見送っていると、背後からフェルミス君が小声で話しかけてきた。
「あの、店長さん、ちょっといいですか?」
「うん、どうしたの? フェルミス君」
振り向いてフェルミス君の顔を見ると、店の中へチラッと視線を送る。
店内に戻ってみると、カウンター席のお客さんがまだ本を読んでいた。
「そろそろ昼営業が終わるのですが。カウンターのお客様が残られていて。いかがしましょうか?」
「あぁ、もうそんな時間か」
すっかり騎士の二人と、話し込んでしまった。
みんなの休憩時間、待たせちゃって申し訳ない。
「ラストオーダーだけ聞いたら、ゆっくりしてもらってていいよ。俺が仕込みをしながら見とくから」
「わかりました」
「じゃあ、僕がラストオーダー聞いてくるよ!」
少し離れた場所で俺たちの会話を聞いていたトルトが、接客を引き受けてくれた。
そしてトルトは、カウンター席のお客さんのもとへと向かう。
俺とフェルミス君も店内に戻り、少しずつランチ営業の片づけを始める。
「お客様、そろそろラストオーダーの……げっ!? アーネスト!?」
「……チッ」
お客さんとトルトの顔が合った瞬間、二人は揃って顔をしかめた。
どうやら、知り合いのようだが――
「アーネスト……? ……ぁっ」
いたいた! 鬼才の魔法使い、アーネスト!
確かクリア前に加入する仲間の中で、パテルテと同じくらい強い魔法使いだ。
風呂上りみたいな普段着をしてるから、全然気が付かなかったよ。
「そろそろお店閉めるんだけど、ラストオーダーどうする?」
相手が知り合いとわかって、急に態度がフランクになるトルト。
あんまり褒められたことではないけど……もしかして、仲悪い?
「もうそんな時間か……ラストオーダーねぇ……そこのお兄さんがよく作ってるパンって、注文できるの?」
「え?」
アーネストから返ってきた、意外なオーダー。
突如指名されたヒューが、困惑した顔でこちらを見る。
「俺、パンなんて作ってないけど……」
「パン……もしかして、カルツォーネのことじゃない?」
「あっ、ああ!」
ヒューはピザ生地を伸ばすのに失敗して生地に穴が開くと、まかない用のカルツォーネにしていた。
おそらくアーネストは、カウンター席でそれを見ていたのだろう。
「カル……うん、たぶんそれ。七個ぐらい欲しい、持ち帰りで」
「焼き上がるのに少々お時間いただきますが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫。本、読んでるから」
「かしこまりました」
カルツォーネのオーダーを取った俺は、ヒューの手伝いに入る。
ピザ場ではヒューが、予想外の注文の準備に手間取っていた。
「えっと……店長、最初からカルツォーネにするのって……」
「大丈夫、こうやって玉のピザ生地を半分にしてから、いつものピザと同じ要領で伸ばしていくんだよ」
「なるほど!」
要領を得たヒューは、どんどん小さなピザ生地を作っていく。
隣で俺は生地を受け取り、具材を包んで鉄板に並べる。
「よし、七個完成っと。あとはオーブンで焼いて……」
鉄板をオーブンに入れ、八分ほどじっくり焼いていく。
キッチンタイマーをセットして一息つき、ふとアーネストを見る。
彼はこちらを気にする様子はなく、本を読むのに集中していた。
アーネストは魔導学園に所属する研究者で、王国の地下にある壁画の研究をしていたっけ。
ゲームではパーティに加える度に地下に迎えにいかなくてはならず、面倒くさかったな。
強いから、迎えに行ってたけど。
≪ピピピッ ピピピッ ピピピッ≫
そうこうしているうちに、カルツォーネが焼きあがる。
仕上げにオリーブオイルを回しかけ、紙に包んで完成だ。
「お待たせいたしました。カルツォーネ、七個ですね」
「……うん。ありがとう」
「お持ち帰りに、袋は必要でしょうか?」
「いや、ここに入れていくから大丈夫」
熱々のカルツォーネを受け取ると、アーネストはショルダーバッグに詰め込む。
それほど大きなバッグではないのに、七個分のカルツォーネがすっぽり収まってしまった。
何か特殊な、マジックバッグのようなものなのだろうか?
荷物をまとめたアーネストは、席を立つ。
「それじゃ、ごちそうさま。お会計よろしく」
「はい、かしこまりました」
フェルミス君がお会計の対応して、アーネストを見送る。
カウンター席の片づけをするトルトが、ため息交じりにつぶやいた。
「店に通ってたんだ、アーネストのやつ……」
そういえばアーネストと顔を合わせた途端、トルトはずいぶん嫌そうな顔をしていたな。
「彼と仲悪いの?」
「ううう……仲悪いってわけじゃないけど、苦手……」
「どうして?」
「だってアーネスト……学園の研究予算、ごっそり持っていくんだもん!!」
「ああ……そうなんだ……」
ダンジョン研究をしてるトルトにとって、研究費争奪のライバルなのか……。
でもアーネストの研究してる地下壁画、実は隠しダンジョンのヒントになっている。
ゲームを知ってる身としては、アーネストの研究も頑張って欲しいところ。
「アーネストか……」
いつの間にか、面白いお客さんが増えてたな。




