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045 フェルミスとアイスティー

 店の拡張をしてから、初めてのランチ営業が始まった。


「あれ……なんか雰囲気が違う……?」

「えっ? えっ!? 奥に部屋があるよ!? すごい! ひろーい!!」


 常連のお客さんたちの、戸惑いながらも嬉しそうな声が聞こえてくる。

 客席数が三倍近くになったことで、続々とお客さんたちが席についていく。


「ねぇねぇ! 新商品があるみたいだよ。ミートグラタン、美味しそうじゃない? 私コレにする!」

「ホントだぁ。今日の日替わりは……ジェノベーゼかぁ。ワタシも新商品にしようかな」

「じゃあ、決まりね。すみませーん! オーダーお願いしまーす!」

「はーい」


 最初に席に着いたお客さんの、オーダーが決まる。

 店が広くなった分、トルトはまだ入店するお客さんの対応が続いていた。

 席数が増えると、こういう事が起きるのか。

 そのため俺はキッチンから出て、オーダーを取りに客席へ向かう。


「ミートグラタンセット、二つお願いします」

「かしこまりました」


 さっそく新商品のミートグラタンのオーダーが入り、内心こっそり笑顔になる。

 一組目のオーダーを取り終わると、別の席の客がすかさず声をかけてきた。


「こっちもオーダーお願いします!」

「はい、すぐにうかがいま――」


 トルトの案内が終わるまで、オーダーを取らなくては。

 そう思って振り向くと、客席の前にはフェルミス君が伝票を持って立っていた。


「お待たせいたしました。おうかがいいたします」

「ミートグラタンセット、一つ」

「私は日替わりパスタセットお願いします!」

「ミートグラタンセットをお一つ、日替わりパスタセットをお一つでございますね。かしこまりました」


 フェルミス君はオーダーを取り終わると、丁寧にお辞儀をする。

 そして顔を上げると、ニッコリとスマートな笑顔を見せた。


「あの人、初めて見るね」

「うん! なんか……カッコいい!」


 颯爽とオーダーを取って回るフェルミス君に、お客さんたちの視線が集まる。

 元々キレイな顔立ちをしているが、堂々と振る舞うフェルミス君は、俺から見てもカッコ良い。

 素早くも優雅な動きでオーダーを取り終わり、フェルミス君がキッチンに戻ってきた。


「オーダー取りありがとう、フェルミス君。助かったよ」

「いえ、これがお仕事ですから。店長はどうぞ、お料理に専念して下さい」

「フェ……フェルミス君……!!」


 はにかみながら謙遜しつつ、フェルミス君は素早く水や前菜を用意していく。

 あっという間に準備を終えるを、再び客席へ向かう。

 仕事も気づかいも出来るなんて、優秀過ぎるぞフェルミス君……!


「すごいな、フェルミス君。なんて堂々としてるんだ……」

「それに仕事も早い……ヒュー、俺たちも負けてられないぞ!」

「お、おうとも!!」


 俺とヒューも気合いを入れ直し、料理の準備を進めていく。

 トルトもようやく接客が落ち着き、注文伝票を持ってキッチンに戻ってきた。


「やっと戻ってこれた~……グラタンが六個、日替わりが四個、ペスカが一個入ったよ!」

「はいよー!」


 新商品ということもあって、ミートグラタンがたくさん注文されて嬉しい。

 しかし注文が集中しすぎで、ピザ窯で全部を焼くのは大変そうだ。


「ヒュー! グラタン時間がかかると思うから、最初の三個以外、こっちのオーブンで焼くよ。この鉄板に乗せといてくれ」

「了解!」


 オーブンはピザ窯より焼き上がり時間はかかるが、一気に七皿ぐらい焼ける。

 俺はグラタンが並べられた鉄板を受け取ると、オーブンへと入れた。

 パスタを作り終わる頃には、良い感じに焼きあがっているだろう。


「トルトさん、ここからここまでの席のお水と前菜は運び終わってます。このセットは、この席の分です」

「わかったよ、ありがとう! フェル君!」


 ホールの方を見ると、トルトとフェルミス君が協力して仕事を進めている。

 まだ初日だと言うのに、フェルミス君はベテランスタッフの様な動きだ。

 

「さすが……ウエスフィルド商会の御曹司……!」


 思わず称賛の言葉が、こぼれてしまう。

 席数が増え、多少のトラブルが起きるかと思われたランチタイム。

 しかしフェルミス君やみんなの働きで、とてもスムーズに仕事が運ぶ。


「ありがとうございました。またのお越しを!」

「ごちそうさまでした!」

「ごちそうさま! グラタン、美味しかったね~」


 ランチタイム、最後のお客さんを見送る。

 すごいたくさんの料理を作った気がするが、特に問題も無くランチ営業を終えることが出来た。

 それどころか片付けもほとんど終わっており、すぐにでも休憩に入れそう。


「今日の客数は……すごい! 百人超えてる!」


 レジで来客数を確認したトルトが、大きな声で報告してくれた。

 以前の十七席の店内では、どうしても七十人ぐらいが限界だったからな。

 それにしても百人越え……どうりで、体がクタクタなわけだ。


「みんな、本当にお疲れさま! お昼のまかない、何にしようか?」

「どうしよっかな~? すっごい疲れたし、辛いのが食べたいかも……」


 ゆらゆらと体を揺らしながら、トルトは何を食べようか考えはじめる。

 トルトは調理台の上を物色して回り、アラビアータソースに目を止めた。


「決めた! アラビアータ! アラビアータを、ベーコンとニンニクたっぷりでお願い!!」

「お、いいね! 俺も同じので!」

「はいはい。トルトとヒューはアラビアータね」


 ニンニクたっぷりの、アラビアータか。

 確かに、疲れてる体に染みそうだ。

 一緒に俺も、同じの食べようかな。


「フェルミス君はどうする?」

「えっ……ぼ、僕は……」


 俺の質問に、戸惑った様子のフェルミス君。

 もしかして話の流れ的に、同調圧力っぽくなっちゃったか?

 内心反省しながら、俺は言葉を付け加える。


「二人と違う料理でもいいんだよ」

「で……では……」


 意を決したように、フェルミス君は言った。


「お茶……を、お願いします……」


 ものすごく真面目な顔で、お茶と言うフェルミス君。

 意表を突かれてフリーズする俺に代わり、トルトがまかないについて説明する。


「遠慮しないで好きな物を頼んでいいんだよ、フェル君! 店長さんはね、料理を作ることだけが生き甲斐なんだから!!」

「さすがに俺も、まだそこまで振り切れてないかな……」

「あの……えっと……」


 話の流れについてこれないのか、フェルミス君は戸惑った様子。

 少したどたどしい口調で、理由を話してくれた。


「実は……思ったより疲れてしまって……食欲が無いんです。ごめんなさい」


 フェルミス君は、申し訳なさそうに頭を下げる。

 すごく仕事ができるから頼ってしまったけど、フェルミス君は今日が初仕事。

 疲れているのは、当然か。

 逆にサポートできてなかった自分の方が、不甲斐ない。


「無茶させちゃったんだな……ごめんな、フェルミス君」

「あっ、いえ! 僕が未熟なだけなのでっ!!」


 両手を振って、フェルミス君は謙遜している。

 お互いに謝ている俺たち二人のもとへ、ヒューがグラスを持って近づいてきた。


「それじゃ、まずはゆっくり休んで。はい、ヒューの特製アイスティーだよ」

「あ……ありがとうございます、ヒューさん」


 ヒューからグラスを受け取り、フェルミス君は安堵の表情を見せる。

 営業中はすごく堂々としてたけど、本当はとても緊張していたんだな。

 気遣ってあげられなくて、申し訳なかった。


「お腹が空いたら、遠慮せずにいつでも言ってくれ。何でも好きな料理で良いからな」

「はい! ありがとうございます、店長」


 午後からは、もっと気を付けて仕事をしよう。

 そう心に誓いながら、俺はまかないを作り始めた。


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