044 新入りとミートグラタン
「新しい人、本当に今日から来るのかな……?」
「ウルさんが連れて来るって言ったんだから、来るだろうな……」
店を拡張した翌日、俺たちはソワソワしながら朝の準備を進めていた。
どんな人が来るんだろう……性別だけじゃなくて、年齢も聞いておけばよかったな。
≪カランカラーン≫
「おはようございます! ウエスフィルド商会です」
「おはようございます……」
ドアベルが鳴り、ウルさんが店に入ってきた。
その後ろから、顔立ちの良い青年が一緒に店に入ってくる。
「ウルさん、おはようございます! トルトとヒューも、お出迎えを」
「はーい」
「あいよ!」
俺たちは作業の手を止め、みんなで出迎えに向かう。
最初の受け入れは、一番大事なところだからな。
「こちらが、昨日お話した方です。――坊ちゃん、ご挨拶を」
ウルさんは一歩引いて、青年に挨拶をするように促す。
青年は少し緊張した面持ちで、俺たちの方に一歩踏み出した。
「初めまして、フェルミス・ウエスフィルドと申します。これから、よろしくお願いいたします」
視線を合わせるのが苦手なのか、やや目線を外し気味に挨拶をする青年。
それはまぁ、良いとして――
「……ウエス……フィルド……?」
「それでは店長さん、よろしくお願いいたします。坊ちゃん、頑張って下さいね!」
「ちょっと待って、ウルさん!?」
≪カランカラーン≫
その質問には答えないぜと言わんばかりに、ウルさんは店を立ち去ってしまった。
残された青年――フェルミス君は、申し訳なさそうに縮こまっている。
「あの……すみません……」
「あ、いや……」
坊ちゃんと呼ばれる、ウエスフィルド氏――
もしかしなくても、フェルミス君は御曹司ってやつだよな。
そんな子を他所の店で働かせるなんて、ウルさんは何を考えているんだろう?
「戸惑ってしまってすまない。俺が店長の天地洋。それにトルトとヒュー。よろしくな」
「はい」
店のスタッフを紹介すると、フェルミス君は丁寧にお辞儀をする。
ウルさんが何を考えているかはわからないけど、うちの店の事はわかってるはずだ。
きっとフェルミス君には、普通に接してあげればいいのだろう。
「――とりあえず、今日はホールの仕事を見てもらって、雰囲気を知ってもらおうかな。トルト、案内お願いできる?」
「うん、まかせて!」
事前にお願いしておいたこともあって、トルトは手際よく案内を始めた。
「まずは制服に着替えようか。あと、荷物の置き場所とかも説明するね」
「はい」
「あ、店長さん。ラディルの使ってた部屋に、案内しちゃっていいんだよね?」
「大丈夫だ、よろしく頼む」
トルトはフェルミス君を連れて、二階の部屋へと上がっていく。
二人を見送って、俺はヒューと作業を進めることに。
「俺たちも、ランチの準備を進めようか」
「わかった。今日から新メニューがあるんだよな?」
「ああ、ペンネのミートソースグラタンを作る」
前日から仕込んでいたソースや食材を、調理台にどんどん並べていく。
ペンネにベシャメルソース、モッツァレラチーズに大量のグラタン皿。
「もうペンネとミートソースを和えてあるから、これをグラタン皿に盛り付けて欲しいんだ」
俺はグラタン皿を一つ取り、ヒューに見本を見せるために盛り付けていく。
「ペンネを敷き詰めたら、モッツァレラチーズを散らす」
後で上からもチーズをかけるんだけど、中にも入れておいた方がチーズ感が残るから。
最後までチーズが伸びると、贅沢な気分になれて良いよな。
「この上にベシャメルソースをかけて、さらにモッツァレラチーズをたっぷりかける――っと」
皿に敷き詰めたペンネが見えなくなるぐらい、たっぷりとベシャメルソースとチーズを盛り付ける。
これで良い感じに、チーズが伸びるはず。
「こんな感じに、グラタン皿に盛り付けて欲しいんだ。とりあえず……十皿ぐらい作っておいてもらえるか?」
「りょーかいっ!」
残りのグラタン作りをヒューにお願いして、俺はパスタの準備を進めていく。
しばらくすると、二階からパタパタと降りて来る足音が聞こえてきた。
「店長さん見て見て~! 着替えてきたよー!」
「おつかれさま。似合ってるじゃないか」
「あ、ありがとうございます……」
着替え終わったフェルミス君は、かなり緊張している様子だ。
まぁ昨日の今日で新しい職場で働くのだから、当たり前か。
「初日で大変だと思うけど、無理しないようにね。もし具合悪くなったら、一声かけて下がっていいから」
「は、はい。わかりましたっ」
声かけに少し安心したのか、気合を入れるような仕草をするフェルミス君。
大人しそうな子だけど、やる気はあるみたいだ。
「それじゃ、次は卓番やメニューの説明するね。こっちにメモが作ってあって――」
気合も入ったところで、フェルミス君はトルトに連れられてホールに向かう。
二人との話が終わると、今度はヒューが話しかけてきた。
「店長、グラタン盛り終わったぜ」
「おつかれさま、速かったね、ヒュー」
「へへっ。まぁな!」
調理台の上には、見本と全く同じように盛り付けられたグラタン皿が、整然と並べられている。
ヒューは普段飄々としてるのに、仕事はすごいキッチリしてるんだよな。
「それじゃ、一個見本に焼いてみようか」
俺は自分で盛った見本を、ピザ窯の入り口あたりに置いた。
「ピザ窯の奥の方に入れると、中まで温まる前に焦げちゃうと思うから、手前でじっくり焼いて――この辺がいいかな」
「ふんふん……」
しばらくするとベシャメルソースがグツグツと沸き、焼き色がついてくる。
ピザ窯は入り口あたりでも、結構な高温になるのだ。
「焼き加減にムラがあるようなら、前後を入れ替えたりして……こんなもんかな」
「おう、旨そうな焦げ具合だ!」
まだグツグツしているグラタンは、なんとも食欲を誘う。
熱々のグラタン皿を受け皿に乗せて、急いでキッチン横の個室のテーブルに運ぶ。
この個室、適度に自然光が入って良い写真が撮れるんだよ。
「熱々のうちに、失礼して……メニュー用に写真撮っちゃおう」
折角の新メニュー、たくさんオーダーしてもらえる写真が撮りたい。
俺はスマホのカメラを構え、皿のチーズが多そうなところにスプーンを差し込む。
そして手がブレないように集中しながら、ゆっくりとグラタンをすくい上げた。
「おおっ! すっごいチーズ伸びてる!!」
「ふっふっふ……これはインパクト大、だろ~?」
良い感じにチーズが伸びたところを、写真に収める。
なかなかに、美味しそうな写真が撮れたと思う。
「あとはこれをプリントしてっと。グラタンは、みんなで味見しよう」
「よっしゃあー! トルトせんぱーい! フェルミスくーん! おやつだぜー!」
ヒューは写真の撮り終わったグラタンを盛り分けながら、トルトとフェルミス君を呼ぶ。
隣の新しい部屋にいたトルトは、すごい速さで戻ってくる。
「わーっ、なになにー? 美味しそう!」
トルトから少し遅れて、フェルミス君もキッチンに戻ってきた。
さすがと言うか、とても落ち着いていて、お行儀がいい。
「はい、これフェル君の分ね!」
「あっ……ありがとう、ございます……」
グラタンの盛られた取り皿とスプーンを、トルトがフェルミス君に手渡す。
皿を受け取ったフェルミス君は、キョロキョロと俺たちの様子を伺っている。
「いただきます! ――はふっ、ふっ……美味しい!」
「ウマッ! 結構ニンニクきかせてるんだな」
全員に皿がいきわたるやいなや、すぐに食べ始めるトルトとヒュー。
なんかこう……ここ最近の日常って感じだな……。
フェルミス君はというと、皿を持ったまま固まっている。
「何か苦手な食べ物でも、入ってたかな? フェルミス君」
「あっ……いえ、その……」
言葉を詰まらせ、フェルミス君は少し斜め上に視線を逸らす。
そして消え入りそうな声で、理由を話し始めた。
「実は、その……朝食を、食べ過ぎてしまって……今は、食べられないかな……って……」
「そういうことか。無理して食べなくても、大丈夫だからな」
「はい……その、すみません……」
最後には、声が掠れ気味になっているフェルミス君。
もしかして、余計な事を聞いちゃったかな?
内心モヤモヤしていると、グラタンを食べ終わったトルトがフェルミス君に声をかける。
「じゃあそれ、僕が食べてもいい?」
「ええ、どうぞ。トルトさん」
やけに図々しいことを言うトルト。
だけど皿を手渡すフェルミス君は、少しホッとしたような顔をしている。
「フェルくんは、お腹が空いたら店長さんに好きな物作ってもらいなよ! 何でも作ってくれるから!」
「ふふ……はい、わかりました」
ええ!? それが正解なの?
なんだか、よくわからない子だな……これが、ジェネレーションギャップ?
まぁ、フェルミス君の緊張が解けたなら、いいか。
「一息ついたら店を開けるからなー」
「「はーい!」」
「あ……はい!」
こうして新しい仲間を迎えて、初の営業が開始した。




