043 バーカウンターとウル
「本当に、店が広がっちまった……!」
一瞬の出来事に、唖然としながらつぶやくヒュー。
店の奥がちょっと光ったかと思うと、新しい部屋が出来上がっていたのだから。
俺たち三人は、ぞろぞろと新しい部屋へと入って行く。
「うわぁ!! 店長さん、すごく広いよ!」
「おおっ! 本当だ!」
目を輝かせながら、トルトは新しい部屋を見回す。
レジのモニターで間取り図は見たけど、実際の部屋になると本当に広いな。
テーブルや椅子も、ちゃんと設置されている。
それに壁を挟んでキッチンの反対側は――
「えっ……バーカウンター!?」
拡張された部屋には、立派なバーカウンターが設置されていた。
カウンターの中に入ってみると、設備の充実具合に驚いてしまう。
「ワインセラーに冷蔵庫……シンクと蛇口もついて……水も使える!?」
カウンターの中に設置されている設備を、一つ一つ動かしてみる。
ドリンク用の冷蔵庫はひんやりとした空気が満たされ、蛇口からはキレイな水が流れ出す。
そしてカウンターの一番、奥の台には――
「おいおいおい……こっちにはコーヒーマシンっ!? カップも豆もあるなんて!!」
これはすごく嬉しい……食後のホットコーヒーを用意するの、一つずつドリップするの大変だったんだよ。
コーヒーマシンがあれば、カップをセットするだけで済む。
それにミルクフォーマーも付いてて、ラテメニューも作れるじゃないか。
一人で感動していると、不思議そうな顔でトルトが近づいてきた。
「店長さん、このマギメイは何ができるの?」
「ああ、これはコーヒーを自動で作ってくれるマシン……マギメイなんだ」
「自動……?」
説明を聞いて、更に不思議そうな顔をするトルト。
ここは実演……と行きたいが、一応洗ってから使った方が良いかな。
「とりあえず一回洗浄してから、後でコーヒーを入れて飲んでみよう。ちゃんと使えたら、食後のドリンクの準備がラクになるぞ」
「へぇ~、そんな便利な道具なんだ」
俺の様子があまりにも浮かれているからか、トルトもコーヒーマシンに期待してくれたみたいだ。
あとは何かあるかな――
≪カランカラーン≫
新しい部屋を探索していると、店のドアベルの音が響いてきた。
「おや……? こんにちはー、ウエスフィルド商会ですー!」
店員が見当たらないからだろう、少し困惑した声でウルさんが挨拶をする。
そんなウルさんを出迎えるため、俺はバーカウンターを出て店の入り口へ向かう。
「いらっしゃい、ウルさん」
「ああ! 奥にいらしたのですね。実はチョコレートのサンプルがあって、立ち寄らせてもらったんです」
「わわっ! いつもありがとうございます!」
箱に山盛りのチョコレートを貰い、思わず顔がにやける。
サンプルとは名ばかりで、実際には営業で顔を出しているのだろう。
今、ウルさんは興味津々で店の奥――新しい部屋を見つめていた。
「……お店、増築されたのですか?」
「ええ、まぁ」
実際には、ダンジョンの拡張なんだけど……説明も難しいし、増築ってことにしておこう。
そんなことを考えてる俺を、ジッと見つめてくるウルさん。
口調は温和なんだけど、ウルさんの視線はちょっと圧が強い。
「奥……見せていただいても、よろしいでしょうか?」
「えっ……あ、もちろんですよ! どうぞどうぞ!」
ウルさんを案内しながら、再び新しい部屋に入る。
真っ先にウルさんが食いついたのは、バーカウンターだった。
「これは……立派なバーカウンターですね! いよいよ、お酒の取り扱いを始めるのですか?」
「あ……いやぁ、実はまだ……あはは」
「ふむ……」
確かにこんな大層なバーカウンターがあるのに、お酒を取り扱わないのも変な話だよな。
でも今の店の状況でお酒を出すなんて、手が回らなくなるのが明白。
煮え切らない俺の反応に、ウルさんが話題を変える。
「それにしても、ずいぶんと広くなりましたね。ラディル君もいなくなって、お店の営業は大丈夫なのですか?」
「うっ……いやぁ、トルトとヒューに頑張ってもらって、なんとか……」
「そう、ですか……」
弱い所を突かれて、だんだん情けなくなってきた……。
たぶん今、しょうもない顔してるだろうなぁ。
そんな俺に、ウルさんは意外な提案を持ちかける。
「実は働き手にアテがあるのですが、こちらで雇ってはもらえないでしょうか?」
「えっ!? そのお話、聞かせて下さい!」
新しい人を雇いたいとは思ってたけど、どうやって募集すればいいかわからず困っていたのだ。
思わず食い気味に、話に乗ってしまう。
そんな俺に、ウルさんは話を続ける。
「仕事のできる良い子なのですが、少しワケ有りでして……できれば住み込みで面倒を見て欲しいのです」
「住み込み……えっと、その方って男性ですか?」
「あ――はい、男性です」
部屋は開いているが、俺の部屋の隣だからな。
一応性別を、確認しておかないと。
まぁ同性なら、住み込みで使ってもらって問題ないだろう。
「それなら、ラディルのいた部屋を使ってもらえば大丈夫か。うちも人を増やさないとと思ってたので、助かります」
渡りに船過ぎて、一気に話を進めてしまったが。
ちゃんと一緒に働く二人にも、確認しておかないと……。
「トルト、ヒュー、新しい人に来てもらって良いか?」
「もちろんだよ!」
「ああ、助かるぜ!」
二人なら、そう言ってくれると思ってた。
俺は姿勢を正して、改めてウルさんにお願いする。
「それでは――ウルさん、ご紹介のほどよろしくお願いします」
「かしこまりました。では早速、明日の朝は何時に伺ったらよろしいでしょうか?」
「あ、明日!?」
すぐにでも新しい人に来て欲しいとは思ってるけど、明日?
そんな急に、働きに来れるものなのだろうか。
しかも、住み込みなんだよね……?
呆気にとられている俺に、ウルさんが声をかける。
「ご都合がよろしくなかったでしょうか?」
「あ、いえ。その紹介してもらう人も、色々準備があるかと思って……」
「それなら大丈夫ですので、ご安心下さい!」
あれこれ思案に暮れる俺に、堂々と言い切るウルさん。
その勢いに、呆気にとられて話を進めてしまう。
「えっと、じゃぁ朝の十時……十時半頃からで……」
「承知しました。ではまた明日、よろしくお願いいたします」
話がまとまると、ウルさんはササッと帰っていった。
あまりの行動の速さに呆然としていると、トルトが声をかけてくる。
「どんな人が、来るんだろうね?」
「本当に、な……」
ウルさんの紹介だから、変な人は来ないと思うけど……。
俺たちは顔を見合わせ、新人について思いを馳せるのであった。




