042 店の拡張
ランチタイムの最後のお客さんが、お会計を済ませてお帰りになる。
もう十五時になろうとしているのに、カウンターやテーブルには食べ終わった皿がちらほら。洗い場には汚れた食器が、山積みになっていた。
「二人ともおつかれさま! とりあえず客席だけ片付けて、ひとまず休憩しよう」
「はーい」
「りょうか~い」
俺は客席に残った食器を下げ、冷たいお茶を用意する。
トルトとヒューも、自分の作業に区切りをつけ、お茶の置かれた席に倒れ込むように座った。
「疲れたぁぁ……途中で何回もピザ生地広げるの失敗するし、店長に迷惑掛けまくって、すまねぇ……」
「慣れるまで仕方ないよ。気にすんなって」
申し訳なさそうに、ヒューは落ち込む。
確かにラディルに比べたら、ヒューの仕事はまだまだである。
それでも店に入って日が浅いのに、一人でピザ場に立って回しているのだ。ヒューもなかなか、仕事の出来る男だと思う。
「でも、これだけ忙しいとピザのオーダーが集中するのは、キツイよなぁ。グラタンやドリアを、新メニューで組み込んだ方がいいかも……」
グラタン皿に盛り付けて焼くだけなら、盛り置きもできるし失敗も少ない。
店内ポスターも作って、明日から色々試してみるか……。
休憩しながらぼんやり考えていると、隣りでぐったりしていたトルトが急にハッとする。
「そういえば……店長さん! 月末だから、マジカの支払いをしないと!」
「えっ……もうそんな時期? 一ヶ月、早っ……」
俺とトルトはよろよろとセルフレジの前に立ち、マジカの支払いを始めた。
≪来月活動分のマジカを受領します≫
音声アナウンスが流れ、自動でレジのドロアーが開く。その上空にはいつもの、異空間のような穴が開いた。
そして二十万マジカが、穴の中に吸い込まれていく。
≪マジカの受領完了≫
≪いたりあ食堂ピコピコ 活動を継続します≫
無事に支払いが終わると、レジのモニターにリザルト画面が表示される。
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ダンジョンマスター:天地 洋
マスターレベル:26
ダンジョンレベル:10
店名/ダンジョン名:いたりあ食堂ピコピコ
この店/ダンジョンは、ダンジョンマスターの魔力により顕現・活動する。
店内において、一切の暴力は無効化する。
店内において、ダンジョンマスター及び来客に対して悪意・敵意を持つ存在は入店が拒否される。
店内で悪意・敵意を持った場合は、強制退場となる
店内において危険行為を行った場合は、速やかに無力化される。
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「お、結構レベル上がってるじゃん。ここのところ、ずっと忙しかったしなぁ」
カウンター席を入れても十七席の店で、一日百人超えそうな日もあるぐらいだ。
正直、店が回ってるのが不思議なぐらいである。
「新しい能力も増えたみたいだよ、店長さん!」
「へぇ~、どれどれ……」
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マスターレベルは、レシピに登録されたメニュー数及び来客数に応じて上昇する。
ダンジョンレベルは、継続年数に応じて上昇する。
→【NEW】ダンジョンレベル上昇により、『店舗拡張』を獲得しました。
→【SLv.UP】スキル『バックヤードへの扉』(消費MP1/10分)を獲得しました。
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「バックヤードへの扉……消費MPが10分で1Pだと……!?」
一時間6Pで扉を出しておけるから――二十四時間出しておいても、144P!?
今の俺のMPが800強だから、三・四カ所くらい扉を設置しておけるじゃないか!
カーナヤ海岸のおばあちゃんたちの小屋に設置しておけば、移動も仕入れも快適になるぞ。
消費MPを計算しながら考えている俺に対して、トルトはもう一つの能力の方が気になるようだ。
「お店の拡張も出来るみたいだよ! バックヤードの時みたいに、部屋が広がるのかな?」
「ふんふん……広げる場所が選べるみたいだな。あと、お金もかかるのか……」
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→一階フロア拡張:500万マジカ
→二階フロア拡張:500万マジカ
フロア拡張に伴う活動必要マジカ:+20万マジカ/月
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「増築と家賃の上昇か……これは結構難しい選択だな……」
フロアを増築するのに500万マジカ……かなりガチな改装費だ。
現在の店の維持費、約二年分の家賃に相当する。
「でも、まとまったお金はある……よね?」
「まぁ……先日の遠征でもらった報奨金が、な」
神域の守護獣熊式と戦った、調査遠征。
マリカ様を始め貴族や兵士を守った功績が認められ、多額の報奨金が店に支払われたのだ。
その額、合計約1500万マジカ。
店に余剰のマジカがあるのをわかったうえで、トルトは話を続ける。
「正直、今のお店は手狭だと思う。お店を広げるのも、手じゃないかな?」
「うーん……」
トルトの提案を受け、改めてレジのモニターを確認。
フロア拡張の文字の横には、それぞれの階の間取りが表示されている。
広げるなら一階かな……二階だと、移動や接客が大変になるし。
間取りの中に描かれている四角い表示がテーブル、丸が椅子のようだ。
「もし一階を広げると、四人席が六卓、六人席が二卓……三十六席増えるのか。今の三倍の席数……結構大変だぞ?」
元の世界でも同等の席数を、人手が足りなくて三人で回すこともあったけど……本来は、四人でやる仕事量だ。
追加の人員が決まってるわけでもないのに、増やすのは負担が大きい。
「僕は仕事が大変になってでも、ダンジョンの新しい能力は見たいところ……かな?」
「トルト……」
本来のトルトの目的は、ダンジョンの研究だしな。
それでも、この忙しい店に付き合ってくれるのは、本当に助かる。
「俺は給料分働かなくちゃなんねーしな。店長が決めたことなら、ついていくぜ!」
「ヒュー……」
客席で休みながら話を聞いていたヒューも、声をあげた。
これまでと違って、今は俺の生活だけじゃない。
通いで働いているヒューの生活費や、これからの生活のためのマジカも稼がなくては。
そうなると今の店の規模では、赤字と黒字が拮抗している状態なのである。
「わかった」
二人に発破をかけられ、俺は腹を括った。
「店を広げる! これから更に忙しくなるが、よろしく頼む!」
「「 おおーっ!! 」」
俺はレジのモニターに表示された、一階フロア拡張の選択肢をタップする。
すると店の奥の壁が光って、どんどん奥へと広がって行った。




