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041 イサナ王国の繁盛店

 薄手のカーテンから、差し込む朝日。


「ん……朝か……」


 自室のベッドからよろよろと起き上がり、空気の入れ替えのため窓を開ける。

 遠くにそびえる王城、上空には大きなクジラが泳ぐ。

 イサナ王国の、朝の始まりだ。


「ラディ……は、もう居ないんだった……」


 長らく住み込みで働いていたラディルは、騎士団の寄宿舎に引っ越していった。

 イサナ王国(ゲームせかい)に転移してから、ずっと一緒に暮らしていたので少し寂しい。


「今日のランチ、何作ろうかな……」


 身支度を整え、昨日の残り物で軽く朝食を済ませる。

 そして朝の日課である、店前の掃除に向かった。


「おはよう、店長さん。今日も早ぁいのね」

「ニルギさん! おはようございます!」

「今日は、何かお入り用かぁしら? セージがたくさぁん、あるんだぁけど」

「それじゃ、セージとバジルと……ローズマリーも一束ください」

「はぁい。ありがとぉねぇ」


 市場に向かうニルギさんから、朝摘みのハーブを買う。

 いつもと変わらない、朝の光景。

 新鮮な香りのハーブを抱えて、店の中へと戻る。


「おはようございます! 店長!」

「おはよう、ヒュー」


 変わったと言えば、元兵士でお客さんのヒューが、店で働き始めたこと。

 先日の調査遠征の際に、足を怪我してしまったらしい。

 それでこれからの事を考えて、ピコピコで働きたいと言ってくれたのだ。

 ラディルが騎士団に入って人手が減っていたから、とても助かっている。


「おはよう~、店長」

「おはよう、トルト。眠そうだけど、大丈夫か?」

「うん、なんとか。心配しないで~」


 少し遅れて、トルトが出勤してきた。

 魔導学園での仕事も忙しいのか、なんだか少し眠そうである。


「ヒューさん、もう出勤してたんだ」

「ああ。よろしくな、トルトせんぱい!」

「もう~! 変な言い方しないでよ~」


 気さくな性格なヒューは、あっという間に店に馴染んでしまった。

 まだまだ仕事はおぼつかないが、器用な彼の事だ、すぐに慣れるだろう。


「それじゃ、どんどん準備していこう! 今日も忙しくなるぞ!」


 ランチのパスタやピザ、前菜の準備を進めていく。

 前菜に関しては、営業中は出すだけになるように、小皿にどんどん盛ってしまう。

 というのも、最近の客入りは本当にすごいのだ。


「まだ開店前なのに、今日もまた一段と並んでるなぁ」


 開店十分前ともなれば、店の前には行列ができる。

 最近のランチタイムは、僅か十七席の店内が三回転以上する客の入り具合。

 営業中はとにかく、接客とメイン料理の調理で手一杯なのだ。


「そろそろ店を開けるよ。店長さん、ヒューさん、準備は大丈夫?」

「大丈夫だ」

「バッチリだぜ、トルトせんぱい!」


 ヒューの余計な一言に、むぅっとふくれっ面になるトルト。

 でもすぐに営業スマイルに戻って、店の扉を開けに行く。

 さすが営業初日から居るベテラン、慣れたものである。


「お待たせいたしました! いたりあ食堂ピコピコ、開店します!」


≪カランカラーン≫


 店を開店させると、続々とお客さんが席に着く。

 たった十七席の店内は、あっという間に満席になってしまった。


「マルゲリータのランチセットをお願いします」

「俺は、日替わりパスタセット!」

「マルゲリータセットと、日替わりパスタセット……はい、かしこまりました!」


 一通りお客さんを案内すると、次はオーダーを取り始めるトルト。

 とにかく開店直後のホールは、あっちこっちから呼ばれて忙しい。

 俺もカウンターのオーダーと取って、サポートしていく。


「楽しみだねぇ、白銀の鷹騎士団(プラチナ・ファルコ)の安全祈願ピッツァ」

「いやぁ、ここはやっぱり、出世のパスタだろ」


 料理を待つお客さんから、世間話が聞こえてくる。

 先日の調査遠征の成功や、ラディルの騎士団入団などがあって、ピコピコは今、話題の人気店になっているのだ。

 そのため大事な用事の前の、ゲン担ぎに来店するお客さんも多い。

 そうこうしているうちに、オーダーを取ってトルトがキッチンに入ってくる。


「ヒューさん、マルゲリータが二枚、クワトロが一枚ね!」

「あいよ!」

「店長さん! 日替わりが全部五個、ペペロンが三個入ったよ!」

「了解! トルト、ホール一人で大丈夫か?」

「うん、いまのとろこね。お会計入ったら、手伝ってよ」

「わかった、無理すんなよ」

「はーい!」


 オーダーの伝票をこちらに渡すと、トルトはお客さんに水と前菜を出しに行く。

 本当、忙しすぎるんだよな。

 もう一人ぐらい、ホールの出来る人が欲しいんだけど……。

 パスタを作りながら、俺は心の中でぼやいてしまう。


「日替わり五個、出来たよー! ぺペロン三個も、すぐ出るからー!」

「はーい!」


 料理が出来上がり始めても、ホールのトルトは忙しく接客中だ。

 俺は調理の手を一端止めて、完成した皿を運び始める。

 温かいうちに、お客さんに料理を食べて欲しいしね。

 半分ほど運び終わったところで、ようやくトルトがキッチンに戻ってこれた。


「個室とカウンターは出しておいたから、テーブル席を頼む」

「わかった、ありがとう!」


 残りの皿をトルトに託して、持ち場に戻ろうとする。

 すると今度は、ヒューが困ったように声をかけてきた。


「すまない、店長。ピザをパーラーに乗せられなくて……」

「どれどれ……」


 ピザ場の調理台の上には、あとは焼くばかりまでに仕上げられたマルゲリータ。

 準備にもたついてしまったのか、トマトソースの水分で生地が柔らかくなって、ペタペタと調理台に張り付きやすくなっている。

 こうなるとパーラーに乗せるのは、俺でも少し難しい。


「ちょっと水気が染みてきちゃってるね……慣れないうちはパーラーに粉を多めにはたいて……ホッと!」


 いつもより少し多めに打ち粉をはたき、パーラーをピザの端に差し込む。

 そして一気に、滑り込ませた。

 一発目で何とか八割ほどパーラーに乗せ、そのまま手前に引く。

 もう一押し差し込んで、なんとかピザ全体をパーラーの上に乗せる。


「はい、あとは大丈夫?」

「ああ……」

「無理そうだったら、すぐ呼んで。手伝うからさ」

「わかった。ありがとう、店長……」


 いつものヘラヘラとした雰囲気をしてるようで、明らかに落ち込んでいるヒュー。

 ラディルが特別だっただけで、普通はこんなものだよな。

 もっと良い練習の機会を、用意できればいいんだけど……。


≪カランカラーン≫


「カウンター、一名様入りまーす!」


 トルトの掛け声とともに、新しいお客さんがカウンター席につく。

 レジでトルトがお会計をしているので、代わりにオーダーをとることに。


「ご注文は、いかがいたしますか?」

「ラディ坊が食べた料理!」

「えっ?」


 カウンター席についた青年から、意外な名前が飛び出す。

 それって、もしかしなくてもラディルのことだよな?

 キョトンとしてる俺に、青年は一生懸命メニューを伝えようとする。


「えっと、目玉焼きの入った……ポロ……ポノ……」

「ポヴォレッロ?」

「そう! それだ! ポヴォヴォッヴォ!!」

「うぶっ……」


 青年のあまりの舌の回らなさに、思わず吹き出しそうになってしまう。

 これはいけないと息を整え、青年に話しかけた。


「キミ、ラディルの知り合いなの?」

「ああ! 俺は同郷のギル! ラディルの姉ちゃんから、ここの料理を食べると、騎士になれるって聞いて来たんだよ!」

「あ……あははは……」


 すごい話が飛躍してしまっているな……と、思わず苦笑してしまう。

 そんな俺の様子を見て、お会計の終わったトルトが伝票をもって寄ってきた。


「店長さん、大丈夫? 忙しいのに、メニューに無い料理を作るの……」


 どうやら忙しいのに、イレギュラーなオーダーが入ったのを心配してくれたらしい。


「いや、大丈夫だよ。卵が入るだけで、作り方はペペロンチーノとそんなに変わらないから。伝票はぺペロンに卵トッピングで、一〇〇マジカつけといてくれ」

「そっか、わかった」


 トルトは納得すると、サッと伝票を書いて水や前菜の準備に向かう。

 無事にオーダーが通ったと分かった青年は、満面の笑みを浮かべた。


「大盛の!! スッッッゲー料理を頼む!!」

「ははは。わかったよ、特別なのを、作るからな」


 威勢のいい青年のオーダーに、気合を入れてキッチンに戻った。

 フライパンにはオリーブオイルと、たっぷりのニンニクみじん切りを入れて火にかける。

 大盛のパスタを茹でながら、目玉焼きのパスタソースを作っていく。

 うちの店に、出世や安全祈願の効果が本当にあるのかはわからない。

 それでも――


「お待たせしました! ガーリックマシマシ特製ポヴォレッロです!」


 お客さんの夢を、願いを、希望を、支えられるのなら嬉しい。

 今日も俺はこの店で――いたりあ食堂ピコピコで、腕を振るっている。

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― 新着の感想 ―
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[一言] 凄く綺麗な話で読み終えた瞬間に完結マーク付いてないか確かめてしまいました。 今後も楽しみにしてます。
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