表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/87

幕間 006 魔導学園スイーツ部 ババロア

「と、言うことで! 第一回魔導学園スイーツ研究部を開催します!」

「「「 よろしくお願いします! 」」」


 いたりあ食堂ピコピコ、定休日の昼下がり。

 店内にはパテルテとトルト、そして三人の研究部生が来店していた。


「ほ……本当に、普通に、お菓子作りを教えればいいのか?」

「大丈夫大丈夫! ちゃんとおじい様にも許可を取ってあるから!」


 半信半疑の店長は、パテルテに問いかける。

 事前に授業料は受け取っているし、講義内容も一任されていた。

 それでも魔導学園の生徒に講義をするとは、店長にとってあまりにも予想外で……。

 店長とパテルテが話していると、生徒の一人が大量の書類を持って二人に近づく。


「さ、パテルテ。講義の様子を、こちらのレポートにまとめて下さい!」

「うっ……わかってるわよぉ!」

「トルト先生は、パテルテのサポートをお願いします」

「はいはい」


 彼女はテキパキと指示を出し、あっという間に場を仕切った。

 パテルテとトルトは調理場が見えるカウンター席に座り、レポートを書く準備を始める。


「それでは改めまして。私はサータ。魔導学園スイーツ研究部の、部長を務めさせていただきます」

「ど、どうも。店長の天地洋です」


 堂々としながらも、とても丁寧な挨拶をするサータ。

 パテルテとは同年代であるが、とてもしっかりした印象である。

 そんな彼女に、店長はタジタジしてしまう。


「いつも美味しいお料理、いただいてるんですよ」

「あ、お客さんで来てくれてるんですね!」

「はい! この度は講義の機会をいただき、ありがとうございます。さ、二人もご挨拶しましょう」


 サータは店長の緊張もしっかり解いて、話を進める。

 彼女に続いて、二人の小柄な男の子が自己紹介を始めた。

 

「オリはダギー。マギメイの研究をしてて、ここの店に興味があった。よろしくな」

「ぽ、ぽ、ぽくはアンっ。ダギーが研究部に入るって聞いて、一緒に来ましたっ。よろしく、ですっ」


 少しぶっきらぼうな口調の、ダギー。

 そんなダギーの腕につかまり、緊張しながら挨拶をするアン。


「ああ、よろしく」

「では店長先生、着替えや手洗いなど、準備を教えていただけますか?」

「ははっ、店長先生か。わかった、まずは使ってない制服を――」


 研究部生たちに用意されたのは、黒いシャツとサロン。

 普段店長たちが着ている白いコックシャツとは違った趣である。

 着替えや手洗いを終え、研究部生たちはキッチンに入っていく。


「それじゃ、今日はババロアというお菓子を作ります」


 調理台の上にはあらかじめ、食材や道具が並べられていた。

 店長は冷蔵庫から生クリームを取り出し、ババロア作りの要点を説明する。


「生クリームに砂糖とバニラ、ゼラチンを煮溶かして、冷やし固めるスイーツです。まず、板ゼラチンを水でふやかしておく」


 まずはふやかすのに時間のかかる板ゼラチンを、店長は水に漬ける。

 それから研究部生たちに、ババロア液の準備を始めてもらった。


「生クリームと砂糖を量って、手鍋に入れます。バニラも、房からナイフで取り出して入れるんだ」


 手鍋をデジタルスケールの上に置き、店長はスイッチを入れる。


「このマギメイで計るのか?」

「そうだよ。はかりの上に物を乗せると、この0の数字のところに重さが表示されるんだ。ダギー、やってみる?」

「やる! オリがやる!」


 デジタルスケールの使い方を教わり、生クリームと砂糖を計るダギー。

 ボタン一つで表示をリセット出来るだけで、感嘆の声を上げている。

 その隣ではアンが、静かにバニラをナイフで取り出していた。

 

「あの……店長先生。このツブツブも、入れていいの?」

「ああ、良い香りだろ? 手鍋に一緒に入れてくれ」

「はい……」


 ダギーが持つ手鍋に、アンがバニラビーンズを加える。

 甘い香りのババロアの素が出来ると、店長は火にかける準備を始めた。

 背の低いダギーとアンのために踏台を置き、コンロの前に招く。

 

「まずはクリームを温めながら、砂糖を溶かすよ。煮溶かすときは、沸騰させないようにね。乳脂肪分が、分離しちゃうから」

「りょーかい」


 踏台の上に乗ったダギーが、店長からホイッパーを受け取る。

 そして火にかけられた鍋の中身を、優しく混ぜ始めた。


「砂糖が溶けたら、ゼラチンを入れて煮る。これも沸騰させると、固まりにくくなったり、獣臭がしたりするから気をつけてね」

「獣臭?」


 一歩引いたところで見ていたサータが、疑問の声をあげる。

 彼女は作業をダギーとアンにまかせ、調理の記録に専念していた。

 透明な布のようなゼラチンを手鍋に入れつつ、店長は彼女の疑問に答える。

 

「ゼラチンは動物のコラーゲン……たんぱく質から作られててね。それが熱で変質すると、臭いが強くなっちゃうんだ」

「なるほど……コラーゲン……たんぱく質……」


 質問した内容を、しっかり記録に残すサータ。

 その手のノートには、ギッシリと文字やスケッチが書き込まれていた。


「しっかり煮溶かしたら、粗熱を取って、器に盛っていくよ。今日はココットやグラスを、用意してみた」


 店長は手鍋を受け取り、氷水の入ったボウルにかませる。

 そして粗熱を取るために、ゴムベラで優しく混ぜた。

 徐々に熱が下がり、ババロア液にとろみがついていく。


「グラスを斜めにしてババロアを入れて、固まってから別のゼリーを入れると、二層になってキレイなんだ」

「なるほど」


 程良く熱が下がったところで、店長は見本で一つ、グラスにババロア液を流し入れる。

 そしてキッチンペーパーを敷いたマフィン型に、グラスを斜めに置いた。

 研究部生たちも店長にならい、ババロア液をグラスに入れていく。

 残った液は、味見用に小皿やボウルに分け入れて冷やす。


「あとは、冷蔵庫に入れて冷やす。この間に、おまけのゼリーを作ろう」


 店長はババロアを冷やすために冷蔵庫に入れると、かわりに中から真っ赤なリンゴのコンポートを取り出した。


「事前に、リンゴを赤ワインでコンポートにしておいた。これをゼリーにして、グラスのババロアに加えよう」


 ゼリー用にゼラチンを水でふやかし、コンポートはザルでリンゴとシロップに分ける。

 分けたシロップを手鍋に入れ、温めていく。

 今度はアンが、鍋の中身をかき混ぜる担当になった。

 

「ゼラチンを溶かして、粗熱も取って……これを、さっきのババロアの上に流し込もう」


 先程の店長の手順を真似ながら、アンはシロップのゼリー液を作っていく。

 そして出来上がったゼリー液を、表面の固まったババロアに流し込む。

 真っ白なババロアに、赤い光の差すゼリー。二層のコントラストが、なんとも美しい。


「すごい……とってもキレイです。お料理なのに、絵みたい……」

「気に入ったかい? アン君」

「はいっ!」

「それは良かった」


 来店した直後は、見るからに緊張していたアン。

 お菓子を作り終えるころには、すっかり目を輝かせていた。

 そんなアンの様子を見て、店長の気持ちも少し軽くなる。


「あとは完全に冷やし固めたら、完成だよ。出来上がったら、みんなで食べよう」


 料理が一段落して、みんなに安堵の空気が広がる。

 店長はサータに、講義について感想を尋ねた。


「……講義って、こんな感じで良かったのかな?」

「そうですね。質疑応と――」

「じゅーぶん! 十分バッチリよ!!」


 答えたのはサータではなく、パテルテであった。

 ずっとレポートまとめに追われていたパテルテは、疲れきった顔をしている。


「本当は、研究部生からの質疑応答などすると良いと思いますが……」

「今日はこのくらいにした方が、良さそうだな」

「ふふ。私、パテルテの手伝いをしてきますね。少し、失礼します」

「ああ、わかった」


 サータは店長に一礼すると、パテルテの元へ歩いていった。

 キッチンに残っているダギーとアンにも、店長は質問する。


「二人は、どうだったかな?」

「た……楽しかった。食べるのも、楽しみ……」


 はにかみながら、アンは答えた。

 対してダギーは、燃焼不良気味である。


「オリはもっと、色んなマギメイを使うところが見たかったな」

「マギメイ……調理家電か……わかった、次の講義の参考にするよ」

「ん! たのむな、店長先生!」


 マギメイ――調理家電を使う約束を取り付け、ダギーは満足げだ。


「それじゃあババロアが冷えるまで、少し休憩しよう」


 粗熱を取ってあるとはいえ、ババロアやゼリーが完全に冷え固まるまで、かなり時間がかかる。

 それまでサータは、パテルテたちの手伝いを。ダギーとアンはキッチンの中を見学して、店長に色々聞いて回って過ごした。


「そろそろ良さそうだな」


 冷蔵庫の中のグラスを揺らし、店長はババロアが冷え固まったのを確認する。

 そして分けておいたリンゴのコンポートを、極薄くスライス。少しずつズラしながら巻くようにババロアの上に乗せ、花のように盛り付けた。


「うわぁ……スゴイ……」

「これは見事ですね」


 グラスの上に咲いた花に、アンとサータは見入ってしまう。

 簡単な飾り付けが褒められ、やや照れ気味な店長。

  

「ありがとう。それじゃあ、食べようか」

「おう! いただきます!」


 一同は、一斉にグラススイーツを食べ始める。

 真っ先に声をあげたのは、パテルテだった。


「甘ぁーい! 疲れた脳に沁みるわぁ〜」

「もう! もっとちゃんとした感想言いなよ」


 味の感想もレポートに必要なはずだが、パテルテは気分の赴くままに味わっている。

 トルトは横で指摘しながら、パーツごとにスイーツを食べ進めていく。


「ワインなのに……全然キツく無い。ほんのりリンゴの香りもして……ぽく、これ好き」

「クリームのばばろあ? の部分も、旨いなぁ」


 アンとダギーもそれぞれのパーツを味わいながら、色んな食べ方を試した。

 ババロアの後にゼリーを食べ、ゼリーの後にババロアを食べる。二色を同時に口に入れたり、コンポートの甘みを噛み締めたり。

 様々な味の変化を楽しみながら、それぞれのメモに感想を書き留めた。


「見た目も味も、素晴らしいです。それにしても、なんて濃厚なんでしょう……」


 白いババロアが気に入ったのか、サータは最後まで残してゆっくりと味わっている。

 そんな彼女を微笑ましく思いながら、店長は説明をつけ加えた。

 

「あぁ、古いレシピで作ったからね」

「古いレシピ?」

「最近は軽めの口当たりが人気だから、クリームと牛乳を配合して作るんだ。でも元祖のババロアは、生クリームだけで作られたそうだよ。諸説あり、だけどね」

「そうなのですね」


 店長の話を聞きながら、サータは最後の一口を口に入れる。

 滑らかで濃厚なクリームが、ゆっくりと溶けて広がっていく。

 なんとも優しい、幸せのように。


「それにしても、このお菓子作り……素晴らしい可能性を感じます」

「え……そ、そうかな?」

「ええ、だって――」


 お菓子作りが、魔法とどんな関係が? と、未だに半信半疑で、店長は講義をしていた。

 疑念の残る店長を見つめながら、サータは言葉を綴る。

 

「人に喜ばれる技術とは、発展していくものですから」


 決意とも、希望ともとれる、サータの真っ直ぐな言葉。

 思いがけず、店長もハッとする。


「それは……そう、だね。そうかもしれない」


 さすが研究部長に選ばれた人だと、店長は感服した。

 スイーツ研究部の今後に、多大な期待をするほどに。 


「これからが、とても楽しみです。よろしくお願いします、店長先生」

「サータさん……こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


 店長とサータ、二人はかたい握手を交わしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他の作品もよろしくお願いします


【 魔王イザベルの東京さんぽ 】
何も無いと思っていた町が、楽しくなる――
女魔王とオタ女が、東京のまち歩きをするお話です。
― 新着の感想 ―
このレシピは、この世界で再現可能なものなのかが気になりますね・・。 学園の研究として行ったり、後々レシピを売るのであれば、再現性があるものを公開しないと意味がないと思うのですが、通常は板ゼラチンなんて…
この世界、ゼラチンなんて店長の100均以外で売ってるんだろうか?
サーターアンダギー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ