幕間 002 上司の恋は難しい
「休みってヒマねぇ……」
大きな球体の氷が浮かぶ、アイスコーヒー。
ストローで氷をクルクルと回しながら、白銀の鷹騎士団の魔導士――ジェマは愚痴をこぼす。
「あら。散々休みたいって言ってたじゃない」
ジェマの対面で、ふわふわミルクのカフェラテを飲む癒し手――リサが皮肉を言う。
中央広場を見下ろす建物の二階、窓際の見晴らしの良い席。老齢のマスターが一人で営む、落ち着いた雰囲気のカフェ。
ここで二人は、暇を持て余――お茶を嗜んでいる。
「急に二週間も休暇出されても、行く場所もやることも無いって言うかさ~」
「二週間って言っても、まだ二日目よ」
神域の守護獣熊式との激闘から、二週間後。
報告や事後処理を終えた彼女たちには、長期の休暇が与えられた。
共に過ごす家族や恋人も居なければ、打ち込む趣味や娯楽も無い。
そして休みを持て余した同僚二人で、カフェで佇んでいる訳である。
「あっ……マリカ様だ……」
窓から眺めていた中央広場に、彼女たちの上司――マリカがやってきた。
マリカも休暇中で私服で過ごしているが、立ち居振る舞いは任務中と変わらない。
「イサナ聖教会で礼拝、後にミスティア様と面会、教会周辺を巡回警備しながら中央広場へ――ってところかしら」
「せっかくの休暇なのに……ワーホリだなぁ、マリカ様」
「でも、そろそろ城に戻って、読書に勤しむでしょう」
「それだって技術書とか指南書とか、仕事の本じゃないの~?」
好き勝手言いながら、上司を眺める二人。
しかしマリカは城には向かわず、西の通りに入って行く。
「あれ? あっちは緋色の狐騎士団の管轄じゃん。なんでそんな所に――」
何も無い、殺風景な西通り。
だがジェマの脳裏に、一昨日の祝勝会の記憶が甦る。
美味しい料理、勝利を喜ぶ仲間たち、カウンターの奥には店主とマリカ様が共に並び立つ姿――
「はっ……ピコピコ!!」
他の騎士団の管轄エリアに、わざわざ休日に出向く上司。
そこには最近懇意にしており、遠征にまで同行した店主の店――
「追う」
「えっ?」
残っていたアイスコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がるジェマ。
「マスター、お代ここに置いてくわ! おつりは取っといて!」
「ちょっとジェマ! 置いていかないでよっ!!」
急に立ち上がったジェマを追うため、リサは残りのカフェラテを飲み干す。
二人はカフェを飛び出し、西通りへと向かった。
「急に……どうした……のよ、ジェマァ……」
「しっ! やっぱり居たわ……」
「え……? あぁ、マリカ様が?」
物陰に隠れて、ジェマは先方の様子を伺う。
視線の先には上司のマリカが、【いたりあ食堂ピコピコ】の入口の前に立っている。
「これは……」
CLOSEDと書かれた札がぶら下がった扉を前に、マリカはピコピコの店内の様子を伺う。
そして扉をノックしようかどうか悩み、手を上げたり下げたりを繰り返していた。
「恋ねっ!!」
「は?」
ジェマのガバガバな判定に、リサが目を細める。
「難攻不落の姫騎士の恋っ!! 推せるっ! 推せるわっ!!」
「上司の色恋沙汰が気になるってだけでしょ。あんまり首突っ込むと、不敬になる――」
「あぁっ!? 挨拶しないで、マリカ様が行っちゃうっ!!」
ピコピコの店内に入るのを諦め、マリカは立ち去ろうと歩き出した。
遠ざかっていくマリカの後ろ姿に慌てたジェマは、店の扉に魔法を放つ。
「サンダージャベリン!!」
「はぁっ!?」
雷の矢が、轟音と共に扉の前に落ちる。
突然のことに、唖然するリサ。
「何やってんのよジェマッ!?」
「店の扉を、ちょっとノックしただけ」
「ちょっとノックじゃないわよ! もうっ!!」
リサはジェマの手を引き、物陰の更に奥へと移動する。
野次馬根性を見せるジェマを抑え込み、リサは息を潜めた。
「何事だっ!?」
異変に気付いたマリカの声が、周囲を警戒。
そして二人の元へと、足音が近づいていく。
「ひっ!? 気付かれ――」
「うっわー、すごい雷だったな~。……あれ? めっちゃ天気良い……」
何も知らない能天気な男、ピコピコの店長が店の扉を開く。
雷の音に驚いて、外の様子の確認にきたのである。
「店長殿! ご無事か!?」
「マリカ様!」
店長が店から顔を出したことにより、マリカは彼の安全確認を優先した。
二人が会話を始めたことに、リサはホッと胸を撫でおろす。
「なんかスッゴイ雷落ちましたけど、大丈夫ですか? 雨とか……」
「まったく、あなたと言う人は……」
天気とマリカの心配をする店長。
そのあまりの無防備さに、マリカは呆れて説教をはじめてしまう。
ジェマとリサはこっそりと、その様子を覗き込む。
「今の雷は、おそらく魔法……人為的なものだと思う」
「えぇっ!? なんでうちの店が……」
「わからない。だが――」
「うわっ」
マリカは店長の腕を掴み、自身に引き寄せた。
「きゃーっ! マリカ様ダイターン!!」
「いえ、あれは――」
次の瞬間、マリカの関節技が店長を襲う。成す術もなく、地面に組み敷かれた店長。
手加減はされているが、体の固い店長は悲痛な声をあげる。
「いだっいだだだだだっ!!」
「警戒心が無さ過ぎるぞ、店長殿。こうして店から引きずり出してしまえば、あなたは無防備なのだ」
「はひっ! はひーっ!!」
まるで騎士団の修練場のような光景に、言葉を失うジェマとリサ。
しばらくするとマリカは技を解き、店長に手を差し伸べた。
「ここの管轄の緋色の狐騎士団には連絡しておくが、店長殿も気を付けられよ」
「わ、わかりました……」
差し出された手を取り、店長はヨロヨロと立ち上がる。
彼の安全を確認すると、マリカは満足げに店を後にした。
「いや~、マリカ様すごいなぁ。さすが騎士団長様だ! 本当……カッコイイ!!」
酷い目に合わされたと言うのに、好意的な目でマリカを見送る店長。
だがその好意は、ヒーローに憧れる少年のそれのようで――
「あれが……恋なの?」
「恋だもん! ジェマ、間違えてないもん!!」
騎士団長として勇往邁進してきた上司の、奇妙奇天烈な好意。
二人の部下は、ただただ頭を抱えるのであった。




