表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/87

幕間 001 冒険者ギルド酒場のヒュプノ

「今日は祝杯だ! ヒュプノ、一番良い酒持ってこい!」

「あいよ、グラトニー」


 イサナ王国、冒険者ギルド。

 荒くれ者の集まるこの場所には、依頼の受付の隣に酒場も併設されていた。

 そして受付兼酒場のマスターを任されているのが、ヒュプノという男である。


「ずいぶん羽振りが良いじゃないか」


 カツカツと義足を鳴らしながら、酒の準備をするヒュプノ。

 彼もかつては冒険者であったが、魔物に足を食いちぎられ引退。

 今は酒場のマスターをしつつ、ギルドの一切の雑務をこなしている。


「まぁ、な。お偉いさんの助太刀に入ったからよ」

「へぇ~」


 酒場のカウンターの横には、氷水で満たされた大きな樽。

 氷の下には、キンキンに冷やされた瓶ビールが沈んでいる。

 ヒュプノはグラトニー用に冷やしてある、高級ビールの瓶を樽から取り上げた。

 そして瓶の栓を開け、カウンターに座るグラトニーに差し出す。


「はい、おつかれさん」

「――くあぁぁっ! うめぇっ!!」


 グラトニーは、一気に瓶の半分ほどのビールを飲み干す。

 次に瓶ビールと一緒に出された、つまみのナッツを口にする。


「ふう……これはこれで悪くないんだが……」


 カリカリとナッツを嚙みながら、グラトニーがぼやく。


「もっとこう……ちゃんとした物が食いてぇな」

「なんだぁ? そんなに腹が減ってるのか? じゃあ、パンとソーセージも焼くぞ」

「いや、そうじゃなくってよ。うーん……」


 ビールを飲みながら、何と言おうか悩むグラトニー。

 酒場で用意しているパンやソーセージも、それなりに旨い。

 だが最近足しげく通う店に比べ、多彩さや家庭味に欠けていて――つまるところ、飽きてしまったのである。

 ほどなくして、グラトニーは言葉で説明することを諦めた。


「ヒュプノ、お前……ピコピコって店、知ってるか?」

「ああ。西通りに出来た店だろ? ちょっと前に、魔導学園の学生が行列作ってた」

「そうそう」


 話が通じて良かったと、グラトニーはナッツをつまみ続ける。

 そして軽いノリで、ヒュプノに言い放つ。


「お前、ピコピコに行って料理を教えてもらって来いよ」

「はあ?」


 突飛な提案に、ヒュプノは脱力する。

 今までだってグラトニーは、無茶な要求をヒュプノにけしかけてきた。

 それにしても、今回は他人を――ピコピコの店主も巻き込むことになる。

 いくらなんでも冗談が過ぎると、ヒュプノはグラトニーを諭す。


「料理を教えてもらうって……レシピは料理人にとって、財産――命みてぇなもんだろ?」

「なぁに。あそこの店主なら、事情を話せばホイホイ教えてくれるだろうよ」

「そいつ、お人よし過ぎじゃないか?」

「いいから。お前、明日ピコピコに行ってこい。俺の紹介だって言えば、大丈夫だ!」

「えぇ……」


 半信半疑のまま、ヒュプノは逆に言い包められてしまう。

 かつて冒険者であったヒュプノにとって、元相棒のグラトニーの提案を無下にはできない。

 彼は面倒だと思いながら、同じく巻き込まれたピコピコの店長に思いを馳せるのであった。



■■■



「いたりあ食堂ピコピコ……この店か」


 翌日、ヒュプノは早速ピコピコへと向かった。

 透き通るようなガラス窓に、テント生地のようだが品のある日よけ。

 若者や学生が好きそうな店だと、ヒュプノは内心しり込みする。

 入り口のガラス窓から店内を覗き、他の客がいないのを確認した。


「確か、二時頃から休憩って話だったな」


 とりあえず挨拶をして、事情だけ話そうと、扉をノックするヒュプノ。

 すぐに扉が開き、店内からピコピコの店長が顔を出す。


「すみません、お昼の営業は終了してしまって――」


 店長はヒュプノの顔を見て、思わず驚いてしまう。

 ギルドの受付も担当するヒュプノは、店長にとって思い出深いキャラクターであったからだ。

 そんな事情は、知るはずもないヒュプノ。

 キョトンとした店長の顔を見て、場違いな場所に来てしまったと後悔する。


「俺は冒険者ギルドのヒュプノ。実はグラトニーの紹介で……」

「グラトニーさんの?」

「その……ここの店――ピコピコで、料理を教わって来いって……」

「えぇっ!?」


 今度は別の意味で、大きく驚く店長。

 こんな流行りの店に来たのは間違いだったと、ヒュプノは弁解を始める。


「すまない! やっぱり迷惑だよな。料理人がよその店に料理を教えるなんて――」

「あ。大丈夫です! ちょっと驚いただけで……あははっ! グラトニーさんらしいや」


 事情を理解した店長は、快くヒュプノを迎え入れた。


「俺は店長の天地洋です。これから昼食なんですけど、よかったら一緒にまかないを食べませんか?」

「いいのか?」

「はい。実は店員の子が急に出かけちゃって、俺一人じゃ食べきれなくて困ってたところなんです」

「なるほど。ではありがたく、いただこう」


 店長に案内され、ヒュプノは店内に入る。

 中に入ると、ニンニクとハーブの食欲をそそる香りが漂ってきた。


「今日はバジルづくしなんですよ。あ、こちらの席に座ってください」


 案内されたテーブルには、彩り豊かな数種類の料理が並べられている。

 サラダやマリネ、チキンのグリルにパスタ、厚切りのトースト。

 まかないだというのにあまりに豪華で、ヒュプノはとても驚いた。

 そしてこんな料理が自分に作れるようになるのだろうかと、不安になっていく。


「さあ、いただきましょう!」

「ああ。ごちそうになる」


 テーブルの脇には、緑色のソースが入った瓶詰がスプーンがささった状態で置かれていた。


「バジル……この緑色のソースか?」

「はい、そうです!」


 ヒュプノはバジルソースを取り皿に少し垂らし、味見をする。

 部屋に漂っていたものとは比べ物にならない鮮烈な香りに、旨味とコク。


「ハーブのバジルに、にんにく……油はオリーブオイルか? それでこんなコクが出るものなのか……」


 思わず頭をフル回転させ、材料を分析するヒュプノ。

 その様子を面白そうに見ながら、店長が答え合わせをする。


「油分に、ナッツとチーズも加えてますね。今回は松の実とパルメザンチーズを加えてますが、くるみやアーモンドで作っても風味が変わって面白いですよ」

「へぇ……」


 妙に親しげな店長の様子に、次第にヒュプノの緊張もほぐれていく。

 二人は料理を食べながら、レシピの話題で盛り上がる。


「定番はこれ、カプレーゼですね」


 それはスライスしたトマトとモッツァレラチーズに、バジルソースをかけただけのシンプルな料理。

 材料さえ揃えれば自分でも作れそうだと思いながら、ヒュプノはカプレーゼを口に運ぶ。


「酸味とコクが心地良いな。確かに、酒に合いそうだ」

「あはは。やっぱりグラトニーさん、お酒と料理を一緒に楽しみたかったんですね。うち、お酒を取り扱ってないから」

「そうなのか、勿体ない」


 こんな旨い料理が次々出てくるなら、酒を飲みたくなる客も多いだろう。

 グラトニーもその一人で、元相棒に無茶ぶりをしたのだとヒュプノは合点した。


「こっちはタコとブロッコリーのバジルマリネ。バジルソースに、レモン果汁を加えて和えてます」


 次の料理は、一口サイズにカットされたタコとブロッコリーが可愛らしい。

 オニオンスライスとパプリカも入っていて、彩りも鮮やか。

 ヒュプノはタコと野菜をフォークで刺し、口に入れた。


「むん……これはこれで、アッサリして旨いな」

「魚介類や野菜を変えれば、季節ごとに色んな料理が作れますよ」

「なるほど」


 前菜に程よい量と味で、バリエーションも増やしやすい。

 貝や魚と合わせたらと、ヒュプノの頭の中で色んなアレンジが広がって行く。


「バジルソース、イモ類にも合うんです。ポテトサラダにバジルソースを混ぜるのも、美味しいですよ」


 店長の前には、山盛りのポテトサラダが置かれている。

 そんなに食べるのかと圧倒されながら、ヒュプノはバジルポテサラを食べた。


「ウマッ……芋ってこんなに旨かったのか」


 最初の前菜二つとは違う、圧倒的な食べ応え。

 口の中で溶けていく旨味に、ヒュプノも大量のポテトサラダを食べ進める。


「他にもパスタやトースト、グリルした肉や野菜にも合いますね。ただ熱で香りが落ちるので、仕上げに加えるぐらいがいいですよ」

「わかった」


 二人は他の料理を食べながら、細かい料理の作り方や注意点などを話す。

 はじめはピコピコの料理を、まるで貴族の食事だと思っていたヒュプノ。

 しかし店長の気さくな説明で、かなりヤル気になっていた。


「まずはバジルソースの材料を買ってこないとな……」

「そうだ! 良かったら、少しお譲りしますよ」

「え……そこまでしてもらって、いいのか?」

「実は結構余ってて、勿体ないから……あ、それから――」


 店長はスマホを取り出し、ダンジョンアプリ【いたピコ】でレシピを検索。

 そしてプリンターにデータを送信して、レシピをプリントアウトした。

 バジルソースの瓶とレシピを揃え、ヒュプノに渡す。


「これ、さっき食べてた料理のレシピです」

「は!? こんなものまで、貰っていいのか!?」

「え? だって酒場で作るなら、レシピがあった方が便利ですよね」

「それはそうなんだが……ああ、もう!」


 あまりに無防備なお人よしに、ヒュプノはどうしていいかわからなくなった。

 迷った挙句、彼は冒険者としての義理を通すことに。


「借りばかり作るのは性に合わない。店長は何か欲しい物や困ってることとか無いのか?」

「俺ですか? うーん……」


 料理のこと以外、これと言って望みの無い店長。

 悩んだ末に思い浮かんだのは、ラディルのことであった。


「あっ! うちの店で働いてる、ラディルって男の子がいるんですけど」

「お、おう……」

「今度、騎士になる事が決まってて」

「そいつぁ、めでたいな。それで?」


 いまいち話の意図がつかめないヒュプノ。

 なぜなら店長の要望が、彼には予想外のものであったから。


「今後彼が困ることがあったら、協力してあげて欲しいんです」

「冒険者ギルドが、騎士様を助けるだぁ?」


 イサナ王国において、騎士団は最高峰の軍事力。

 グラトニーのような一部を除き、ほとんどの冒険者はその足元にも及ばない。

 そんな自分たちが、そのラディルという少年を助ける日などくるのだろうか?

 困惑するヒュプノに、店長は事情を説明する。


「なんせ田舎出身の平民の子で、世間知らずなもんだから……」

「あぁ……なるほどな」


 確かに、平民の騎士となれば何かと苦労も多いだろう。

 それでも関わる事があるかといえば、あまり無さそうな気もするが。

 ヒュプノはそう思いながらも、店長のお人よしの気質を受け、これを了承した。


「わかった。そんな日が来るかはわからんが、必ず協力すると約束しよう」

「ありがとうございます! ヒュプノさん!」


 食事を終えると、ヒュプノは店長に礼を言って店を出る。

 そして振り向きざまに、目に飛び込んできたテント看板の店名。


「いたりあ食堂ピコピコか……俺も負けてられないな」


 料理を教えてもらい、年甲斐もなくワクワクしながら、冒険者ギルドの――ヒュプノの酒場へ帰って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他の作品もよろしくお願いします


【 魔王イザベルの東京さんぽ 】
何も無いと思っていた町が、楽しくなる――
女魔王とオタ女が、東京のまち歩きをするお話です。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ