037 オシハカ山脈
オシハカ山脈――イサナ王国最高峰にして、鬼人の住まう地。
実際には鬼人の数は少なく、出会うのは野生の動物ばかり。
それでも大型の魔物も多く、危険な地であるのに変わりはない。
「山に入って二日か……」
「ここの山崩れの調査が終わったら、下山ですね」
「そうだな。このまま、何もなければいいが……」
兵士たちは五人一組の三つのグループに分かれて、調査を進めている。
内容は動物や魔物の生態調査と、地形や地質の変化についてだという。
俺とラディル、それと騎士団は兵士たちを見渡せる場所で、魔物襲撃に対する警戒を行っていた。
「魔物を確認! 警か――」
「うわぁぁぁっ!!」
中央の調査を行っていたグループから、悲鳴が上がる。
悲鳴の方を見ると兵士たちが、折り重なって倒れていた。
そばには、白い巨大な毛玉がそびえ立つ。
いつの間に……あんな大きな魔物が現れたんだ!?
「熊型の魔物を確認!! 戦闘態勢に入れ!!」
マリカ様の号令が響き渡り、騎士たちが臨戦態勢に入る。
突然出現した白いクマ――裏ダンジョンの通常モンスター、【神域の守護獣熊式】じゃないか。
通常モンスターといっても、物語後半の中ボスくらい強いんだけど。
「トルト、凶悪な魔物と遭遇! 兵士にケガ人が出てる」
「なんだって!?」
「そっちにバックヤードで送り込むかもしれない。床に柔らかい物……俺の布団を敷いといてくれ!」
「わ、わかったよ! パテ……ポセさん、手伝ってーっ!」
バックヤードのトルトに連絡を入れると、すぐにバタバタと対応を始めた。
それにしてもゲーム画面では、ザコのクマ型モンスターと色違いなだけだったのに……。
めちゃくちゃデカイ!! 周囲の木より背が高いから――三メートルぐらいありそうだ。
まるで死亡イベントを確定するかのような、強敵――!!
「セシェルとリサは負傷部隊の救助を! パーシェルとジェマは、私と共に魔物の撃破に向かう!」
「「「「 はいっ! 」」」」
「店長殿は待機して退路の確保を頼みます。ラディル、店長殿をしっかり守るように!」
「は、はひぃっ!!」
「わかりました!!」
その場にいる全員に指示を出すと、マリカ様たちは走り出した。
白いクマはと言うと、すぐ近くにいる別の部隊に向かって走り出す――いや、もう到着している!?
なんて素早い動きなんだっ!!
「サンダージャベリンッ!!」
ジェマさんが魔物を足止めするように、無数の雷の矢を放つ。
電流の柱が檻のように、白い巨体に突き刺さる。
だが魔物は怯むどころか、全くスピードを落とすことなく突き進む。
このままじゃ、あそこの兵士さんたちも――
「トルト、兵士を五人避難させる! 扉を開けるから、呼びこんでくれ!」
「わかった!!」
「強敵に襲撃されてるから、気を付けてくれ!!」
「えぇっ!? わ、わかったよぉ!!」
俺は魔物の迫る部隊の背後に、バックヤードの扉を開く。
「バックヤードッ!!」
「兵士さんっ! こっちこっち!! お店に入って!!」
白い魔物が拳を振り上げ、兵士の部隊へ飛び込む。
いくつもの足音と大地が割れるような音が、バックヤードから響き渡ってきた。
「きゃぁっ!? 何よアノ白いの!!」
「危ないって! パテルテ、近づいちゃダメ!!」
一先ず、扉を閉じよう。
そしてトルトに、状況を聞く。
「大丈夫か? トルト」
「うん。こっちはみんな無事だよ! 兵士さんも、ちゃんと五人いる!」
よかった、無事に兵士のみんなを逃がせた。
あんな強敵が相手だと、負傷者が増えるばかりだ……。
そして何より――
「風牙一閃ッ!!」
交戦を開始したマリカ様達の声が、聞こえてくる。
戦況は一進一退――圧されていないのが、せめてもの救いか。
攻撃を受けないように立ち回っているが、魔物にダメージを与えられているようには見えない。
救助に向かったセシェルとリサさんが、早く戦線に戻れたら……。
「あっちの兵士さんたち、無事みたいですね。よかった!」
「ああ。でも、自力で動けないみたいだ……」
リサさんの回復魔法で、意識を取り戻した兵士たち。
しかし誰一人として、立ち上がる様子がない。
「トルト、ケガ人のそばに扉を出す。セシェルも居るから、店に運び込んでくれ」
「わかった! ポセさん、グラトニーさん! 手伝って下さい!!」
視界の範囲なら、任意の場所に扉が出せるのは本当に便利だな。
負傷した兵士たちのすぐ横に、扉を出現させる。
「バックヤード!!」
「セシェルさん! 兵士さんたちをこっちへ!!」
「っ!? ――わかりましたっ!」
扉からは、ポセさんやグラトニーさんも出てきた。
そして手早く負傷した兵士たちを、店へと連れていく。
「よく頑張ったな、お前たち」
「おいワンホリー! こっちきて回復魔法かけてやれっ!」
「あんだぁ? うわっ!? ひでぇケガだなこりゃ!?」
バックヤードから、かなり騒然とした様子の音が聞こえてくる。
それでも、なんとかみんな無事なようだ。
「ケガ人五人回収したよ! セシェルとリサさんは外に戻った!」
「わかった、ありがとう! トルト!」
トルトの報告を受けて、バックヤードの扉を閉じる。
長く出していると、MPを消費してしまうからな。
「店長っ!!」
「うぐぉっ!?」
下腹部に衝撃が走ったと同時に、俺の足が地面から離れる。
そして一気に景色が、遠ざかっていく。
どうやらラディルが俺を担ぎ上げて、走り出したようだ。
次の瞬間――
「グルガアァァァァッ!!」
俺の立っていた場所に、毛玉の鉄槌が落ちる。
轟音と共に地面を弾き飛ばしながら、周囲に砂煙が立ち込めた。
いつの間に……神域の守護獣熊式、なんて速さなんだよ!?
「ヒェッ……」
あんなの食らったら、ひとたまりもない。
恐怖のあまり、悲鳴も途切れてしまう。
「店長殿! ラディル! 無事かっ!?」
「はぃ……なんとか」
「オレたちは大丈夫です」
ラディルの肩から降ろされ、俺はヨロヨロしながら返事をする。
魔物を追ってきたマリカ様たち、五人の騎士と合流できた。
これでようやく、総力をあげて戦え――
「うわぁぁぁっ!?」
「逃げろ! なるべく散れ!!」
砂煙の向こう……かなり遠くから、兵士たちの悲鳴が聞こえてくる。
残っていた最後の――ザックとヒューがいる、グループだ。
あの魔物、確実に仕留められる獲物から狙ってるのか……!?
「うぅっ……砂煙のせいで、兵士のみんながどこにいるのかわからない……」
「我々は救助に向かいます。店長殿はこちらで待機して、機会をうかがって下さい」
「はい……わかりました」
「あのような凶暴な魔物、野放しには出来ない!!」
マリカ様達騎士団は、砂煙の中へと飛び込んでいく。
あの様子だと、神域の守護獣熊式を討伐するまで、引くことはないだろう。
こうなったら、四の五の言ってられない。
「兵士を見つけ次第、バックヤードに落とす! トルト、備えてくれ!」
「わかった! みんな、気を付けて!」
俺は目を凝らして、兵士たちを探す。
やがて砂煙が落ち着いてきて、小さな影が見えてきた。
「いたっ! バックヤード! バックヤード! バックヤードォ!」
散り散りに逃げる兵士たちの足元に、バックヤードの穴を開ける。
なんとか三人見つけたが、あと二人――
「ザック!? ヒュー!?」
砂煙の中から、神域の守護獣熊式が頭を見せる。
その手元には、ザックが握られていた。
そして追いすがるように、ヒューがしがみつく。
「っ! 放せっ!! アイシクルエッジ!!」
ラディルが魔物に向かって、魔法の氷剣を放つ。
氷剣は魔物の腕を弾く。
まるでダメージは通ってなかったが、二人を手放すには十分だった。
「バックヤードッ!!」
二人が落ちる軌道の途中に、俺はバックヤードの扉を開く。
空中に空いた穴の中に、ザックとヒューが落ちる。
「ザックとヒューさんも、回収したよ! 全員無事だ!」
トルトの声に、胸を撫でおろす。
よかった……全滅するかもしれない兵士たちを、無事に店に戻せたんだ……!
「このっ! このっ! 私の大魔法でぶっ飛ばしてやるわ!!」
「パテルテ危ないって! 店の中じゃ、攻撃魔法は使えないから!」
バックヤードから、パテルテが騒ぎ立てる声が聞こえてくる。
「それにあんな素早い魔物が相手じゃ、魔法の詠唱中にパテルテが倒されちゃうよ! 騎士団の方たちに任せよう!」
確かに、パテルテ――に限らず、大魔法は準備に時間がかかって、使いづらかったな。
でも一撃与えるだけで、かなりのダメージのはずだ。
もし安全に、神域の守護獣熊式へ大魔法が放てたら――
「パテルテ――俺に協力してくれ!」




