034 出発式
白銀の鷹騎士団の調査遠征出発式の日。
「まさか、店長と一緒に調査遠征に行くことになるとはなぁ」
兵士のザックが、しみじみとぼやく。
俺とラディルは兵士たちと一緒に、大通り広場の端で待機している。
騎士団に同行する兵士は十五名。店の常連であるザックとヒューも、部隊に編成されていた。
「遠征中もピコピコの料理が食べられるって、すごいよな。 カレーもあるのかい? 店長さん」
「ああ、ちゃんと赤も黒も仕込んであるよ」
「そいつは楽しみだ!」
いつもの軽い調子のヒューが、俺に話しかけてくる。
遠征中はバックヤードの扉を出す兼ね合いで、短時間で料理を作って出さなければならない。
温めてすぐ出せるように、カレーやシチューといった煮込み料理が多くなってしまったが――喜んでもらえるなら、良かった。
「それにしても店長、荷物はそれだけか? とても食料を持ってるように見えないんだが……」
「ああ。俺には、店にすぐ移動できるスキルがあるんだ」
「へぇ。そんな魔法があるのか。便利でいいなぁ」
ザックもヒューも、面白そうに俺の話を聞く。
現実でこんな話をしても、にわかに信じてもらえ無さそうだけど……。
魔法が普通にある世界だからか、レアなスキルでもとりあえず受け入れられるようだ。
「それにしても騎士団の方々、来ないなぁ……」
やや待ちくたびれたのか、ザックがぼやき始める。
まだ時間があるようだし、俺は店との音声連絡のテストを始めた。
「トルト、こっちの声は聞こえるか?」
「大丈夫、聞こえるよ」
広場で待っている間、バックヤードに声を送ってトルトと連絡をとる。
どうやら扉を出していなくても、音声のやり取りが可能なみたいで――俺たちの遠征中、トルトには店のバックヤード近くに待機してもらうことにした。
食事のちょっとした準備をしてもらったり――緊急事態の場合、連絡係になってもらうために。
「私もいるから、どーんと任せてよね!」
「ぱ、パテルテ!?」
バックヤードから、パテルテの声も返ってきた。
店にはトルト一人だと思っていたのに、少し驚いたな。
「だって店長さんのダンジョン研究のために、お店にお泊りして良いんでしょ? 私、ずっと楽しみにしていたの」
「それはトルトの話であって……はぁ。でもパテルテが良いなら、泊ってくれて構わないよ」
俺たちが遠征に出ている間、トルトは店――ピコピコの俺たちの部屋で、宿泊することになっている。
でもパテルテはガルガンダ先生の許可を、得ているのだろうか?
大魔法を使える彼女が店で待機してくれるのは、俺としてはありがたいけど。
「ごめんね、店長さん。あとで僕から、ガルガンダ学園長に連絡しておくよ」
「そ、そうか。ありがとう、トルト」
やっぱり、勝手に来てたんだ……。
まぁ、一緒にいるのがトルトだから大丈夫だろう。
とりあえず店の事は一切合切、トルトに任せる!
「そろそろ来ると思うんだけどなぁ……」
ザックだけでなく、ヒューまでそわそわしてきた。
さっきからずっと待っているので、確かに落ち着かない。
なんとなく手持無沙汰で、スマホをチラチラ見てしまう。
「あれ? スキルが増えてる……このアイコンは……」
ラディルのステータス画面に、ミスティア様とユリンさんのアイコンのスキルが増えている。
ミスティア様のは【聖者の祈り】――回復範囲の拡大と、回復魔法に一定確率で戦闘不能回復を付与。
本来の【聖女の祈り】よりやや弱体化してるけど、今のラディルにはありがたい効果だ。
ユリンさんは【魔法による回復量増加30%】 これも地味に効果高いな。
まさかのラディル、回復役としてかなり優秀になってる……!?
「あっ! 店長、そろそろ騎士団の方がお見えになりそうです!」
周囲がざわめくなか、ラディルに声をかけられ俺は視線を上げた。
騎士団長を一目見ようとする、人々の波。
その向こうから、掲げられた白銀の鷹の旗がこちらに近づいてくる。
「貴重な出発式だからな。しっかり見とけよ、店長」
「本当に素敵だから、騎士団長様」
ザックとヒューが、俺の両肩に手を置いて囁く。
掲げられた旗は人の波を越え、旗を持つ騎士の姿が現れた。
その中央には、白銀の鎧に身を包んだマリカ様。
透き通るような白いマントとスカートが、まるで天使……いや――
「――カッコイイ……!!」
その神々しさは、かつて憧れた戦乙女の姿そのものだ――。
思わず見入ってしまっている間に、兵士たちの前に騎士団が到着する。
「これより、オシハカ山脈へと出発する! イサナ王国、王国民のため、皆に尽力してほしい!」
マリカ様の号令に、騎士団の出発式を見に来ていた民衆から歓声が上がる。
絶大な人気なんだな、白銀の鷹騎士団――それに、マリカ様も。
「いざ! オシハカ山脈へ!!」
民衆の歓声に包まれながら、俺は騎士団一行と共に、オシハカ山脈へと向かった。




