031 姉妹の会食
「マリカ様、来ませんね」
「そうだな。きっと、忙しいんだろう」
予約の日の夜営業。
兵士や冒険者の賑わいも、すっかり落ち着く時間。
お客さんたちは皆、食事を終えて帰路につき、店には俺たち店員とパテルテだけになってしまった。
「店長さん、それは何を作ってるの?」
マリナーラを食べるために店に居座っているパテルテが、気だるそうに聞く。
昼食を食べてからだいぶ経つので、お腹が空いてきているのだろう。
「これは、チョコレートムースだ」
生クリームとチョコレートに、ラム酒を加えたムース。
陶器のバットに入れて、あとは冷やし固めれば完成である。
「さっきも、スポンジケーキの上にマギメイで作ったクリームを乗せて作ってのは?」
「あれは、ティラミスっていうケーキだな」
「その前も、オーブンで丸い型のお菓子を作ってたよね?」
「それは、プリン」
「さらにその前に、鍋で白いのを温めてたけど、あれも甘い香りしてたよね?」
「ああ、パンナコッタの事だな」
「お菓子作り過ぎじゃない!? ティーパーティーでもやるの!?」
パテルテから、盛大な突っ込みが入る。
そうは言われても、料理の仕込みはすっかり終わってしまったし……。
マリカ様を待っている間に、出来るだけの用意をしたいと思う。
「妹さんとの食事だって言うし、誕生日とかだったらスイーツもあった方が良いかなって思って……」
「いつになく張り切ってますね、店長」
俺とパテルテのやりとりを見ながら、ラディルがニコニコしながら言う。
でも実際、俺はとても張り切っている。
「まぁ、期待には応えたいだろ」
「店長さんのは、ただの料理バカなだけでしょ」
「うぐっ……」
トルト先生、そんな言い方しなくてもよくない?
料理バカなのは、否定しないけど。
「普通に食事でしょ。二人とも、誕生日はまだまだ先だし」
「パテルテは、妹さんとも知り合いなのか?」
マリカ様の妹さんの誕生日まで知ってるなんて、そんなに親しい間柄なのだろうか。
俺の質問に対して、パテルテは自慢げに答える。
「まぁね。大魔法の使い手として、王国や騎士団の方たちとも協力して戦うこともあるから。定期的に会合やパーティーで、お会いするわ」
「へぇ、そうなのか。すごいんだな、パテルテは」
「ふふん」
≪カランカラーン≫
すっかりパテルテの気分が良くなったところでドアベルが鳴り、マリカ様が店に入ってきた。
「こんばんは、遅くなってすまない」
「お待ちしておりました、マリカ様!」
「こんばんは、店長さん!」
「セシェル! いらっしゃいませ」
入り口に向かい、俺はマリカ様とセシェルを迎え入れる。
二人の後ろには大人しそうな女性と、釣り目の眼鏡の女性。
更にその後ろに、黒髪褐色肌の長身の男性が立っていた。おかっぱ頭で、イサナ聖教会のローブを纏っている。
予約の予定より、一名多い。
「人数は、五名様に変更でしょうか?」
「いや、彼は……護衛の方だ。外で待っていてもらう」
マリカ様がそう言うと、大人しそうな女性が男性に話しかける。
「ごめんなさい、ケルベス。食事の間、外で待っていてもらえるかしら?」
「……かしこまりました」
ケルベスと呼ばれた男性はそう言うと、店に入らずに扉を閉めた。
そして店に背を向け、仁王立ちで待機している。
そういう感じなんだ……。
「すまないが、気にしないでもらえると助かる」
「かしこまりました。こちらの席へどうぞ」
もう他のお客さんは来ない時間だし、構わないか。
そう思いながら、テーブル席へとマリカ様たちを案内する。
途中でカウンターに座るパテルテに気づいたマリカ様が、彼女に声をかけた。
「パテルテ、君も来ていたのか」
「ごきげんよう、マリカ様。特別メニューを食べるために、待っていたのよ」
「ふふっ。それは楽しみだな」
女性たちは、テーブル席に座る。
壁側の席に、大人しそうな女性と眼鏡の女性が。通路側の席に、マリカ様とセシェルが座った。
「素敵なお店ね、お姉様」
「ミアに気に入ってもらえて良かった。料理もとても美味しいんだよ」
大人しそうな女性が、甘えたような声でマリカ様に声をかける。
彼女が、マリカ様の妹なのか。なんだか、とてもか細い声の人だ。
それに彼女、どこかで見たことがあるような――思い出せそうで、思い出せない。
少しもやもやしながら、俺は料理を運び始めた。
「前菜をお持ちしました。こちらから、グリル野菜のテリーヌ、パールモッツァレラのカプレーゼ、サーモンとヒオウギ貝のカルパッチョでございます」
「わぁっ! お花畑みたい」
「これは……すごい……」
嬉しそうに声をあげるミア様を、マリカ様が笑顔で見つめる。
そして終始無言だった眼鏡の女性も、驚いたように声を出した。
どうやら、つかみはバッチリのようだな。
「こんな美味しい食事にご一緒できるなんて、役得です~」
「セシェル、お前って奴は……」
軽口を叩きながら、セシェルがパクパクと前菜を食べ進める。
呆れたようにマリカ様は窘めているが、どこか優しい雰囲気も含んでいた。
「ふふ。私もセシェルさんと、同じ気持ちですよ」
「まぁ、ユリンったら」
眼鏡の女性が少し顔を綻ばせて、冗談を口にする。
あの人は、ユリンさんっていうのか。
彼女たちの様子を見ながら、次の料理を作って運ぶ。
「本日のパスタをお持ちしました。朝摘みバジルのジェノベーゼでございます」
ピザを二枚注文されているから、パスタはちょっと少な目。
その分、味のインパクトの強いジェノベーゼにした。
「すごいハーブの香りなのに、とても美味しいわ! お姉様、こんなお料理初めてよ」
「本当! もっと食べたい――」
セシェルが、ねだるようにこちらを見る。
君はたぶん今、仕事中だよね? また今度、プライベートでおいで。
そんな思いを念じながら、いよいよピザを運ぶ。
「おまたせいたしました。ピッツァ・マルゲリータとピッツァ・マリナーラでございます」
「これが、この前漬けていた魚のピッツァか」
指名注文のピザを、テーブルの中央に並べる。
マリカ様が皆に、ピザを取り分けていく。
そして食べ方の見本を見せるように、率先して手づかみで口に運んだ。
「美味しい……とても美味しいよ、店長殿」
「ありがとうございます!」
喜んでもらえてよかった!
心の中でガッツポーズをとりながら、俺はキッチンへと戻る。
「手づかみで食べるのね。あふっ……ふふ、おいひいわ」
「火傷しないように、気を付けるんだよ。ミア」
それにしても、本当に仲のいい姉妹なんだな。
なんだか、ずっと見ていられそう。
「店長さん、もう良いでしょ?」
「え?」
「私にも作ってよ、ピッツァ」
「あ。ああ、わかった。約束だからな」
待ちくたびれたパテルテに、ピザを催促される。
俺はマリカ様たちのメイン料理を作りながら、パテルテのピザを焼き始めた。
そして、ふと扉の外の男性に視線が向く。
「外で待ってるだけとはいえ、大変だな……」
何というワケではないが、俺はお湯を沸かして紙コップにお茶を淹れる。
そしてパテルテにピザを出してから、お茶を持って外に出た。
「あの、お疲れ様です。よかったら、お茶をどうぞ」
男性――ケルベスに声をかけ、お茶を差し出す。
彼は少し目を見開いたが、すぐに元の素っ気ない表情に戻って顔を逸らした。
「お構いなく。私はミスティア様の護衛の任務中なので――」
ミスティア様――ミア様のことか。
それにミスティアって、イサ国最強の回復魔法使いキャラクターの聖女様じゃないか。
聖女の法衣じゃないから、全然気が付かなかった。
彼女が仲間になるのは本当に物語の終盤で、加入条件がとても厳しかったな。
だんだん、思い出してきたぞ。お姉さんの死から立ち直るために、何度も説得しなきゃいけなくて――。
「お姉さんの……」
急に、背筋が凍ったようになる。
彼女のお姉さんは……マリカ様……!?




