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030 パテルテと新作のピッツァ

 今日は二十八日――マリカ様の予約の日。

 ランチ営業も落ち着いたところで、俺は夜の準備にとりかかろうとしていた。


「んー! アンチョビ旨い!!」


 一か月じっくり寝かせていたアンチョビを、味見する。

 とても良い仕上がりで、市販の物より旨味が強く塩気も控えめ。

 トッピングでも、そのまま食べても美味しい。


「わぁー! 私もそれ食べてみたい!」


 遅めのランチを食べに来たパテルテが、カウンター越しにアンチョビをねだる。

 一応味見こそしたけど、このアンチョビの解禁は今夜と決めているのだ。


「ごめんな。これはマリカ様に、最初に食べて欲しいんだ」

「え~っ! 店長さん、マリカ様だけ特別扱いするのズルい~」


 大げさな仏頂面で抗議する、パテルテ。

 でもこのアンチョビを使う料理を直々に指名してくれたマリカ様に、どうしても最初に食べて欲しい。

 それに妹さんとの大切な食事に、うちの店を選んでくれたのが嬉しかった。


「あんまりわがまま言って、店長さんを困らせたらダメだよ」

「なによう。ちょっと食べたいって言っただけじゃない」


 トルトがパテルテの言動を、たしなめる。

 バツの悪い顔をするパテルテに、俺は代わりの料理を提案した。


「実はパテルテにも、特別な新メニューを用意してあるんだ」

「えっ!? なになに!?」


 特別と聞いて、パテルテの表情が一気に明るくなる。

 新メニューは二種類だ。


「一つは、クワトロフォルマッジ・ピッツァ」

「クワトロ……フォル……?」

「四種類のチーズをたっぷり乗せたピッツァで、お好みではちみつをかけて食べるんだ」

「へえぇ……美味しそうだけど、はちみつをかけるのは意外ね。もう一つは?」


 クワトロフォルマッジは気になるようだが、彼女はもう一つのピッツァも聞いてきた。

 これはイタリアンとしてどうなのだろうか? という俺の葛藤をよそに、現実でも大人気だったピッツァ――


「当店人気の黒カレーとチーズの黒カレーピッツァ」

「ああっ! それは美味しい! 絶対に美味しいやつ!!」


 やはり、みんなそう思っていたのだろうか。

 チーズたっぷりの黒カレーピッツァ、イサナ王国でも人気が出そうだな。


「さぁ、どうする?」

「うぅっ……どっちも捨てがたい……はちみつチーズか、黒カレーか……」


 必死に悩む、パテルテ。

 ここは、あのオプションの解禁だ。


「半々で作ってあげようか?」

「へっ? そんなこと、できるの!?」

「ああ。ハーフ&ハーフって、現じ……俺のいた国では、割と定番だったんだ」


 俺の提案を聞いたパテルテの目が、一際輝く。

 注文は、決まりのようだ。


「それじゃぁ、クワトロとカレーのハーフ&ハーフピッツァをお願いするわ!」

「かしこまりました!」


 オーダーを受け付けた俺にトルトが近づいてきて、そっと耳打ちする。


「大丈夫? パテルテのわがままに、付き合ってない?」

「いや、大丈夫だ。それに食べてもらいたかったのは、本当だから」


 セットの前菜とスープをトルトに手渡し、俺はピザ作りにとりかかった。

 中央で味が混ざらないように、少し間を開けてチーズやソースを乗せていく。

 ピザ窯の中で焼かれるピザから、カレーとチーズの香りが一気に広がる。

 やはりこの組み合わせは、悪魔的に強い……!


「おまたせしました。クワトロフォルマッジと黒カレーのハーフ&ハーフピッツァでございます」

「わあぁぁぁっ! 美味しそう!!」

「お好みで、こちらのはちみつをおかけください」


 カウンター越しに、ピザとはちみつを提供する。

 パテルテはまず、はちみつをかけずにクワトロフォルマッジを口にした。


「んんっ……チーズが……ふふ、ん……のひぅ!」


 想像以上にチーズが延びてくるのか、パテルテはこぼさないように必死に食いつく。

 途中で笑ってしまっているが、美味しそうに食べている。

 あっという間に、一切れ食べてしまった。


「すっごいチーズ! って感じ。とても美味しいわ」

「ありがとうございます」

「これにはちみつをかけるのが、本来の食べ方なのよね」


 今度ははちみつをかけて、クワトロを食べるパテルテ。

 口にした瞬間、彼女の目が見開く。


「なにコレ……はちみつの甘さと、チーズのしょっぱさが……クセになる!」


 熱々でチーズのとろけるピザを、パテルテはすごい速さで食べ進めていく。

 そして瞬く間に、クワトロフォルマッジを食べ切ってしまった。

 少し名残惜しそうな顔をしながら、カレーピッツァに手を付ける。


「カレーも美味しぃ!!」

「それは良かった」


 パテルテが黒カレーピッツァも気に入ったのを見届けて、俺は改めて夜の仕込みに入る。

 女性四人の予約だし、華やかな見た目の料理が良いかな。

 前菜は、グリル野菜のテリーヌを作ろう。あとはカプレーゼとカルパッチョ――


「でもやっぱり、さっきの魚――アンチョビ? のピッツァ食べたい……」

「こら、パテルテ! わがまま言わないの!」


 すっかりピザを完食したパテルテだったが、自家製アンチョビは諦めきれていないらしい。

 呆れたようにトルトが叱るが、彼女の決意は固かった。


「マリカ様が食べた後なら、食べられるのよね?」

「……パテルテさん?」


 何か、良からぬことを思いついた顔のパテルテ。

 店で待つのは、俺は構わないけど……。

 トルトの方を見ると、何かを諦めたような顔をしている。


「私、夜までここにいる! そしてアンチョビのピッツァを食べる!!」


 この宣言をもって、パテルテがアンチョビのピッツァ――マリナーラを食べるまで、トルトの残業が確定した。

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