029 兵士とカレーライス
《カランカラーン》
夕方十七時過ぎ――
仕事を終えた人々が、夕食を求めて来店する。
「いらっしゃいませ」
「店長、赤お願い」
「俺は黒ね!」
「かしこまりました」
兵士の二人組が、店員の案内もなくカウンター席に座った。彼らは常連客のザックとヒュー。
赤と注文したのが、ガッチリ体型のザック。
黒を注文したのが、細身で長身のヒューだ。
「ここはやっぱり、赤だろ。あの旨味に、半熟卵の優しい甘さ……一日の疲れが、癒されるってもんだ」
「いやいや、ピコピコと言ったら黒だって。他では味わえない、あの辛さとコク……想像しただけで、全身が熱くなるぜ」
仕事帰りの人々――特に兵士の方々に人気になっているのが、カレーライスだ。
イタリアンでカレーを出すのは、どうかなぁ……と、思っていた時期もあったのだが。
すごく人気が出ちゃったから、良いや! うちはイタリアンじゃなくて、食堂だし! と、なった次第である。
「お待たせしました。赤のバターチキンカレーでございます」
赤はトマトたっぷりの、バターチキンカレー。
トッピングに、カレー液で漬けた半熟の味玉と、はちみつ多めで作った人参とレーズンのラペサラダ。
すりおろしの野菜を煮込んでとろみをつけた旨辛なルーの上には、砕いて煎ったミックスナッツを散らしてある。
「こちらは黒の牛すじ煮込みカレーでございます」
黒は煎ったスパイスと八丁味噌で煮込んだ、牛すじ煮込みカレー。
茄子やかぼちゃ、パプリカなど数種類の野菜を素揚げにして、トッピング。
鮮やかな見た目と、味の変化を楽しんでもらう一品だ。
「おー! これこれ! いただきます!」
「いただきます! くぅ~、辛ウマ~」
ザックとヒューは、それぞれカレーを食べ始める。
カレーの料理名を赤と黒にしたのは、意外と正解だったかもしれない。
「やはり赤は良い……緋色の狐騎士団のような、滑らかでしなやかな味が堪らん……!」
「黒の深淵……漆黒の山羊のような、重厚な味わいに、鮮やかな野菜が踊るようだ」
全く意識はしてなかったけど、騎士団の名前の色を意識して注文するお客さんもいる。
いわゆる、推し活ってやつか?
ザックの推しは緋色の狐騎士団、ヒューの推しは漆黒の山羊騎士団みたいだ。いつも、それぞれの色のカレーを注文している。
「兵士の皆さんは、騎士の方々が好きなのですか?」
「好きっていうか、憧れだよなぁ」
「まぁ、たまに嫌味なヤツもいるけど」
騎士団に所属してる騎士は貴族か、試験に受かった優秀な平民らしい。
階級は貴族の方が上位になりやすいものの、能力に応じていて公平。
緋色の狐騎士団は特に平民出身者が多く、一般の人気も高いようだ。
そのおかげか、当店では黒カレーよりも赤カレーの方が売れている。
「やっぱり、カッコイイもんなぁ。王国のために、災害級の魔物を討伐に行ったりさ」
「俺たちもその辺の魔物くらいは倒すけど、基本的に巡回や警備――あと、土木かぁ」
現実の世界と比較すると、騎士団は強力な魔物や敵軍と戦う軍人。
兵士の方たちは消防士や救急隊のような、国内での緊急事態のリカバリーを主に担当しているように思う。
魔物討伐のために騎士団に同行することもあるが、それも野営の設営や輸送隊などサポート業務が主らしい。
「それも立派なお仕事じゃないですか。毎日のお勤め、ありがとうございます」
「やだ、店長……お人が良い……!」
「店長だって、美味しいお料理ありがとう!!」
おしゃべりをしながら、二人はすっかりカレーを完食していた。
他のお客さんもオーダーがカレーばかりなので、少し余裕がある俺は二人の接客を続ける。
「しかし、騎士団に合わせた色か……白いカレーとか作ったら、人気が出るでしょうか?」
「かーっ! 白銀の鷹騎士団かっ!?」
「そりゃぁ別格だよ、店長さん!」
さっきまでの、自分の推し騎士団はどこへやら。
あっという間に話題は、白銀の鷹騎士団へと移った。
「騎士団長の神々しい御姿といったら……やばい、目元が……」
「そんなに?」
その尊さを思い出してか、目頭を押さえて震えるザック。
白銀の鷹騎士団の鎧って、セシェルのやつだよな? 普通のフルアーマーって感じだったけど……。
それとも、騎士団長だけ特別なのか?
「聖王の神剣って呼ばれてるくらいだからな。兵士だけじゃなくて、民からも大人気さ。店長も一目見たらわかるはずだよ! そうだ、近々――」
「おいっ!」
「ん? ああ……すまんすまん」
熱く語るザックを、ヒューが止める。
何か言ってはいけない内容でも、あったのだろう。
「そうだな……もし出陣式があったら、ぜひ見に行くといいよ。騎士団長が素敵なのは、本当だからさ」
「? わかった。その日がくるのを、楽しみにしてるよ」
神々しい騎士団長様かぁ。
そういえば、マリカ様も白銀の鷹騎士団って名乗ってたな。
魔導学園の学園長とも懇意で、セシェルの上司っぽいし……。
もしかして、白銀の鷹騎士団の団長って、マリカ様?




