027 海と貝殻とカニ
「店主、着いたぞ! カーナヤ海岸だ!」
「うわぁーっ! 海キレイですね~」
「うっぷ……腰……腰が……」
ポセさんに担いで運ばれること、小一時間。
俺の胃腸と腰は、限界を迎えていた。
まるで逆走系のジェットコースターに、連続で乗らされた後のように……。
「おお、すまんすまん」
「店長、大丈夫ですか? はい、ヒール」
ようやくポセさんの肩から降ろされたが、地についた足はガクガクしてふらつく。
そんな俺に、ラディルが背中と腰のあたりに回復魔法をかけてくれた。
「うぅ……じんわりクルゥ……」
普通の人が、こんなに速く走れるものなのか?
一応スマホで、ラディルのスキルを確認する。
韋駄天――速度上昇のスキルが、追加されているな。
この顔アイコンは……ポセさん……速さのスキル持ちなのか。
「もう立てそうですか? 店長」
「うん、ありがとう。ラディル」
ようやく気持ち悪さと腰痛から解放され、海を眺めることができた。
浜の砂は白く、美しいカーブを描いた海岸線。海から寄せては返す波は、とても優しい。
とても穏やかで、広く平坦な海岸である。
「ほら、店主。こういう貝殻を、器に使うんだ」
浜辺に落ちていた大きな貝殻を、ポセさんが持ち上げる。
両手で抱えられた貝殻は、うちのスープパスタ皿の三倍ぐらいありそうな大きさだ。
「おおっ! シャコ貝じゃないですか!!」
「大きいですね~」
あたりを見回すと、浜辺のそこかしこに似たような貝殻が打ち上げられている。
ポセさんは俺に、シャコ貝の貝殻を手渡した。
「結構重いから、気を付けろよ」
「はい。って、うわっ!! 本当に重い……」
ずっしりとした重みが、腕に乗る。
それにしても見れば見るほど、真っ白で形もキレイな貝殻。
こんなのがたくさん拾えるなんて、夢みたいだ。
「とりあえず、店に置いとくか……バックヤード!」
特に問題なく、バックヤードの扉は出現した。
俺はシャコ貝の貝殻を、バックヤードに運び込む。
ついでに店内にも顔を出して、トルトに声をかける。
「トルトー! 海着いたぞー!」
「はーい。おつかれ~」
軽く返事をするも、トルトは本を読み続けていた。
「海、来ないのか?」
「うん。僕はここで、本読んでるよ」
「ふ~ん……」
てっきり、呼んだら来ると思っていたのに、拍子抜けだな。
ちょっと気が抜けて海岸に戻ると、ポセさんが新しい提案をしてきた。
「そうだ、店主。あそこに行けば、もっと貝殻を分けてもらえるぞ」
「えっと……あの小屋ですか?」
「ああ。貝の身を剥がして、加工する作業場なんだ。俺が話をつけてやろう」
俺たちはポセさんに案内され、貝の作業場に向かう。
風通しの良さそうな小屋の中では、三人のおばあちゃんが貝をむいていた。
「姐さん方、こんにちは。ちょっといいか?」
「あら、ポセじゃない! どうしたの?」
おばあちゃんたちは、貝の身をむきながらこちらを見る。
手元を見ずとも、どんどん進んでいく仕事。
すごい職人技だ。
「この子が、皿に使う貝殻が欲しいんだと。城下で食い物屋をやってるんでな」
「あらあら、若いのにスゴイわね」
「この辺とか、むき終わってる貝殻よ」
一人のおばあちゃんが、小屋の奥の方から手招きをする。
近づいてみると、足元に色とりどりの円形の貝殻が集められていた。
「これはホタテ……いや、すごく大きいけどヒオウギ貝かな?」
「さすが食べ物屋さん! 詳しいのね」
「ほら、これとか大きくて形もキレイよ」
「全色揃えてあげた方がいいんじゃない? 橙、黄、赤、紫……今日、桃色の貝あったかしら?」
おばあちゃんたちに協力してもらって、あっという間に数十枚の貝殻が揃う。
この貝皿で料理を出したら、お客さん喜んでくれるかな。
「ご協力いただいて、ありがとうございます!」
「いえいえ」
「そうだ! ポセ、カニも獲ってあげなさいよ! カーニ!」
「え? 今からぁ?」
少し困ったような顔で、ポセさんが聞き返す。
しかしおばあちゃんたちは、お構いなしだ。
「カーナヤクラブって殻が青くて、とっても美味しいカニがいるの!」
「へぇ、そうなんですね」
「ほらポセ! 獲って獲って!」
「はぁ。姐さん方には敵わないな」
そう言うと、ポセさんは外へ走っていった。
「ほら、店長ちゃんたちも外に出て」
「え? あ、はい」
言われるがままに俺とラディルは、小屋の外へ出る。
ポセさんはもう海の沖の方に着いていた。
「もうあんな所にいる」
「すごいですね! ポセさん」
そして海に潜ったのか、ポセさんの姿が見えなくなる。
しばらくして再びポセさんが頭を見せると、こちらに向かって何かが飛んできた。
「ひぃっ!?」
「うわぁ! カニってこんなに大きいんですね!」
俺たちのすぐ近くに着地したのは、巨大な青いカニ。
振り上げられたハサミ足は、俺の腰の高さほどある。
ラディルは呑気に喜んでいるが、こんなハサミで挟まれたらたまったもんじゃない。
「あら! 真っ青で美味しそう!」
色や味よりも、重要な情報があると思う!! デカ過ぎ!!
おばあちゃんの言葉に、心の中で突っ込む。
それを知ってか知らずか、巨大カニが俺に向かって突進してきた。
「ひぃぃ!? バックヤード!!」
バキィィィン!!
思わず扉を召喚して、ガードする。
カニがぶつかった方の扉を見ると、ハサミ爪の折れたカニが倒れていた。
良かった……巨大カニよりも、バックヤードの扉の方が頑丈だったみたい。
「ダメじゃない! 爪折っちゃ! 旨味が逃げちゃう」
お団子頭のおばあちゃんが、倒れたカニに駆け寄る。
そしてナタでカニのハサミを、根元から切り落とした。
「カーナヤクラブは、ハサミ爪が再生するのよ。だから大きい方の爪を切り落としたら、海に戻してあげるの。こうやって――」
爪を切り落としたカニをグイっと持ち上げ、おばあちゃんは海に向かってぶん投げた。
波間に着地したカニは、いそいそと海へ戻っていく。
なんて……ワイルドなんだ……。
「ほら、どんどん来るわよ!」
「え……」
海の方を振り向くと、ポセさんがどんどんカニを投げてくる。
浜辺に落ちたカニは、思い思いの方角へ逃げて走っていく。
「ほらほら、捕まえて!」
「爪は折っちゃダメよー!」
おばあちゃんたちが、俺たちに向かって指示を出す。
なんて無茶な注文なんだ……。
「ぐっ……カニの前に扉の空いたバックヤードォォォ!!」
やけくそになって、俺はカニの前にバックヤードが出るように念じた。
なんとカニの前には、本当に戸の開いた扉が出現。
巨大カニは勢いよく、バックヤードへ飛び込んでいく。
「で……出た……本当に……」
「すごいです! 店長!」
このスキル、俺の見える範囲ならどこにでも扉が出せるのか?
だとしたら、向きを変えることも――
「カニの足元に扉の開いたバックヤード!」
地面に戸の開いたバックヤードの扉が出現し、落とし穴のようにカニが落ちていく。
まさか罠としても、有用なスキルだったなんて!
「おお! これはラクチンだぞ! バックヤード! バックヤード! バックヤード!!」
コツを掴んだ俺は、どんどんカニをバックヤードに落としていく。
ついにはポセさんが投げたカニを、空中でキャッチするほどになっていた。
「うわあぁぁっ!? ナンジャコリャー!?」
頭の中に、トルトの叫び声が聞こえてくる。
もしかして店……いや、バックヤードの音が聞こえるのか?
「トルト?」
「店長さん!? どうなってるのさ、コレ!!」
動揺しながら、トルトが俺の声に反応する。
どうやら、こちらの声も届くようだ。
「今、カニ狩りしてるんだ」
「はぁ!? こんな巨大カニ……ここだと僕、魔法使えないんだよ!?」
そういえば……。
攻撃や危険行為もできないから、カニも無力化されてると思うけど……一人にしておくのは、可哀そうだな。
「今、ラディルをそっち行かせる! ごめんラディル、カニの爪切るの、お願いできるか?」
「はい! 任せてください!」
ラディルは剣を抜き、近くに出した扉から店に戻る。
こうして俺は、大量の貝皿とカニ爪を集める休日を過ごしたのだった。




