026 休日のガパオライス
「まさか休業日だったとは……すまない……」
「いえいえ、実は急に決まったことで……こちらこそ、すみません」
魚を売りに来てくれたポセさんが、申し訳なさそうに謝る。
せっかく来てもらったのに、急に休業していたこちらの方が申し訳ない。
「魚は下処理をしておけば、明日の料理に使えるから大丈夫ですよ。いつもありがとうございます」
「もう! そうやって、また働くんだから」
「そうですよ、ちゃんと休んでください! 店長!」
「うぐぐ……」
そもそも、今日が休業の理由――俺が休みなく働きすぎだからと、週休二日を求められたのである。
ラディルとトルトによるストライキが決行され、強制休業となった。
「そう言うトルトだって、何で店に来てるんだよ?」
「ここに来れば、タダめ――美味しいまかないが食べられるでしょ」
テーブル席でコーラを飲みつつ、本を読んでいるトルト。
調子の良いことを言って、トルトだってワーホリじゃなか。
「その本だって、研究用じゃないのか? 研究や研修だって、立派なロウドウなんだぞっ!」
「これは……軽い読み物だよ」
「んん? ダンジョンマスター……? はぐれモノ……?」
「もう! 気が散るから、邪魔しないでくれる!?」
≪ピピーッ ピピーッ≫
トルトに絡んで遊んでいると、炊飯器のごはんの炊けた音がした。
大勢集まったので、朝兼昼食――ブランチ用に米を炊いたのである。
ポセさんもいるので、どーんと一升。
「ほらほら! タダめし作って来て、店長さん」
「タダめしって言い切るなよ」
渋々とキッチンに入り、ブランチを作り始める。
フライパンを二つ出し、片方で切っておいた野菜と鶏ひき肉を炒め始めた。
もう片方のフライパンでは、トッピング用の目玉焼きを焼く。
「今日は何を作るんですか? 店長」
「店がオフだからな、ちょっと変わり種でガパオライスを作る」
「がぱお?」
「こいつで味付けするんだ」
俺はコラトゥーラの入った瓶を、ラディルに見せる。
そして醤油と砂糖と合わせて、鶏ひき肉を炒めているフライパンにかけ入れた。
ジュワッと焼ける音がして、独特の甘辛い香りが広がって行く。
「魚醤か」
「先日ポセさんが持ってきてくれた、カタクチイワシで作ったんですよ」
「それはすごいな。村でも、もうバア様たちぐらいしか作っとらんぞ」
ポセさんは、興味深げにキッチンを覗き込む。
鶏ひき肉のそぼろにバジルを入れ、余熱で火を通し、盛り付けに入る。
皿にご飯を盛り、鶏そぼろをかけ、目玉焼きをトッピング。
最後にコリアンダー――パクチーを散らして、ガパオライスの完成。
「お待たせしました! 自家製コラトゥーラのガパオライスです!」
完成したガパオライスを、カウンターに乗せる。
それをラディルが、各々が座る席に並べていく。
「これはポセさんの、特盛ガパオライスです」
「うむ、ありがとう」
店で一番大きいパスタ皿に、推定五人前のガパオライスを盛り付けた。
おそらくポセさんなら、このぐらい食べたいだろう。
「それじゃ、食べよう」
「いただきます!」
「いただきまーす」
「うむ」
エスニックな香りが、食欲をそそる。
俺たちはのんびりした空気の中、休日のブランチを食べ始めた。
「うまいっ」
ポセさんは、一口食べて感想を言う。そしてガツガツ食べ続けた。
食べるのに集中したくて、先に感想を言っておくタイプなのかな。
「なんかいつもと違うけど、これも美味しいですね」
「ああ。たまには悪くないだろ?」
ナンプラーやパクチーの味が大丈夫か心配したけど、ラディルも気に入ってくれたようで良かった。
イタリアンはもちろん好きなんだけど、連日食べてるとどうしてもアッサリしたものも食べたくなって。
まかないでは、和食やエスニックを作ることも多いんだよね。
テーブルのトルトはどうかな? と、そちらの方を見ると、トルトもこちらに気が付く。
「悪くないよ」
「素直に美味しいって言えよな」
本を片手に、もぐもぐと頬袋を膨らませているトルト。
まああの様子なら、美味しいのだろう。
苦手だったら、ものすごく文句言いそうだし……。
「ふーむ……しかし、どうにも皿が小さくてな……」
食事が終わると、ポセさんがぼやく。どうやらお皿が小さくて、食べにくかったらしい。
それを聞いて、ラディルが不思議そうにポセに尋ねた。
「ポセさん、普段どんなお皿を使ってるんですか?」
「普段? 貝を皿に使ってる」
「貝殻、ですか?」
「そうだ。こんなデカイ貝殻が、その辺に転がってるからな」
大きく腕を広げて、ポセさんが大きさの説明をする。
お皿に使えるほどの、大きい貝殻か。
現世でも湘南とか房総のオシャレなお店で貝皿つかってるところあって、憧れてたんだよなぁ。
気になって、ついつい質問してしまった。
「そ、その貝殻って、もらえたりするんですか……?」
「ん? みんな好きに拾って使ってるぞ」
「ほ、欲しい……!!」
料理の盛り付けに、貝皿を使ってみたい。
一体どんな貝皿だろう? ホタテ型か、アワビ型か……。
そんな俺の顔を見てか、ポセさんが俺の肩を叩きながら言った。
「それじゃ、行くか! 海!」
「え? 今から?」
「なに、存外すぐ着くぞ」
急な提案に戸惑って、トルトの方を見る。
トルトはニヤニヤしながら、こちら見ていた。
「良いんじゃない? 帰りはバックヤード使えばいいんだし」
「そうだけど……もし、距離に制限とかあったら、どうするんだよ?」
「その時は、臨時休業の札を出しといてあげるよ。僕はここで、待ってるからさ」
「えぇ……」
なんだか本当に、海に行く流れになってるな。
隣に座るラディルも、目をキラッキラさせている。
「行きましょう! 店長!」
「ラディルまで……仕方ないなぁ」
「決まりだな」
そう言うと、ポセさんは俺を担ぎ上げた。
視線の先では、ラディルが屈伸など脚のストレッチをしている。
何をしてるのかな?
海に向かって走りだす準備?
まっさか~……
「店主、しっかりつかまっててくれ」
ポセさんは俺を担いだまま、外に出る。
次の瞬間――店が、町が、城が……一気に遠ざかっていったのであった。




