025 ウルとカチョエペペ
月末月始の連休が終わり、一週間程度が経った頃――
「来客も、だいぶ落ち着いてきたなぁ」
今でもランチタイムは満席で並ぶお客さんも出てくるが、二時ごろにはパッタリと人が来なくなる。
オープン当初のお祭りの空気は収まり、店は日常を手に入れつつあった。
「昼休憩を作って、夜営業を始めたの正解だったかも」
夜営業といっても、17時~20時までの三時間程度だけど。
まだお酒の用意が無いので、夕食を取りたい人向けだ。
最近は店が落ち着いてきたこともあって、色んな職種や所属の人が来店するようになってきている。
「19時半……もうお客さん来ないかな。二人とも、まかない食べちゃう?」
「あ。店長さん、ちょっとお願いが――」
トルトが申し訳なさそうに、手を合わせて言う。
お、またアレかな?
「ちょっと学園の方のレポートがあって、またオニギリ作ってもらっていいかな?」
「ああ、もちろんだよ」
食堂を手伝ってくれてるとは言え、本業は魔導学園の教授。何かと忙しい様子だ。
なので先日おにぎりを作って渡したら、気に入ってくれたらしい。
すっかりトルトのまかないは、おにぎりになったな。
「ラディル、先にトルトのまかない作っていいか?」
「はい! 大丈夫です!」
「ありがとう。それじゃ作っておくから、トルトは着替えておいでよ」
「はーい!」
ボウルにご飯と具材――生ハム、ゆで枝豆、クリームチーズ、胡椒を入れ、混ぜ合わせる
そしておにぎりを、にぎっていく。
今日のコースの前菜と一緒に、おにぎりをフードパックに詰め、イタリアンおにぎり弁当の完成。
まかないが完成するころ、トルトも帰る準備を終えて戻ってきた。
「はい、今日は生ハムと枝豆のおにぎり」
「ありがとう! それじゃ、また明日!」
お弁当を受け取ると、トルトは足早に帰って行く。
本当に、忙しそうだな。
「それじゃ、ラディルは何を作ろ――」
≪カランカラーン≫
「おや……こんばんは、天地様」
「ウルさん! こんばんは、来てくれたんですね」
ドアベルが鳴って、入ってきたのはウルさん。
他にお客さんが全くいないことに、少し驚いたのかもしれない。
食事をして大丈夫か、俺の顔を見て様子を伺っている。
「カウンターでもテーブルでも、お好きな席にどうぞ」
「では、カウンターにしますね」
そう言ってウルさんは、キッチンが一番よく見えるカウンター席に座った。
俺はメニューを取り出し、席に着いたウルさんに渡す。
ウルさんはサッとメニューに目を通すと、すぐにオーダーを決めた。
「基本、コースなのですね……。では、このカチョエペペという料理をお願いします」
「かしこまりました」
カチョエペペ――基本はチーズと胡椒だけの、シンプルなパスタ。
初見で迷わずこれを頼むなんて、さすがウルさんだ。
ウエスフィルド商会の、ワインの商談を考えてるのかも。
「ラディルも、食べたい料理選んでて」
「はい!」
キッチンに戻り、俺は前菜の準備を始める。
ポセさんから仕入れたイワシと、色とりどりの野菜で作った前菜の三種盛り。
自分で言うのもなんだが、かなりオシャレだ。
「おまたせしました。前菜の三種盛りでございます」
前菜の皿をウルさんの前に置き、俺は料理の説明をする。
「こちらから、ニンジンのラぺサラダ、彩り野菜のバーニャカウダ、イワシのベッカフィーコでございます」
「わぁっ! とても素敵なお料理ですね」
「ありがとうございます」
一礼をして、俺はキッチンへ。そしてカチョエペペに取り掛かる。
フライパンにオリーブオイルと刻みニンニク、粗挽き黒胡椒を入れ火にかけた。
「美味しい……天地様は、貴族のお抱えの料理人だったのでしょうか?」
「いえいえ、そんな立派なものではありませんよ」
ウルさんからの質問に答えながら、ボイラーでパスタを茹で始める。
ソースを作っているフライパンには、パスタの茹で汁を加えた。
そこへバターと昆布茶を入れ、溶かしていく。
「この国では、こういった料理は、貴族や大商人の館でしか、食べられないのですよ」
「そうなのですか?」
「ええ。一般的には、酒場で出る簡単な料理か、屋台の料理ぐらいしかありませんから」
茹で上がったパスタをフライパンに入れ、たっぷりの粉チーズを振りかける。
キレイに乳化させるために、パスタをグルグルと混ぜていく。
ソースと絡んだパスタを皿に盛り、包丁で砕いた黒胡椒を振りかけた。
「ですから、このお店はとても……面白いです」
仕上がったパスタの皿と、グレーター――チーズを削る道具とパルメザンチーズを持って、俺はカウンターの客席側へ向かった。
「お待たせしました、カチョエペペです。仕上げにパルメザンチーズを削るので、お好きな量でストップと言って下さい」
「これはこれは」
かなり驚いた顔で、ウルさんは俺の手元を見る。
目の前で削るという演出は、さすがに珍しかったかな。
「適量がわからないので、天地様が美味しいと思う量でお願いします」
「かしこまりました。では――」
パスタ皿の上にグレーターをかざし、パルメザンチーズを削っていく。
オーダー通り、俺はパスタの量に対して適量を――それでいて、中央に白い小山ができるように削りかけた。
「まるで雪のようです。とても美しい。では、失礼して――」
ウルさんは上品にパスタをフォークで巻き、口に運ぶ。
一口をしっかり食べ終わると、美味しそうな笑顔を見せてくれた。
「とても美味しいです。ワインにも合いそうですね」
「ありがとうございます」
この様子を見てか、ラディルのまかないが決まったようだ。
「店長! オレも同じパスタが食べたいです」
「りょーかい」
長らくお待たせしてしまったラディルのまかないを、作り始める。
そんな様子を見て、ウルさんがラディルに声をかけた。
「私のせいで、お待たせしてしまいましたね。申し訳ありません」
「そんな、お客様が優先です! それに、新しい料理を知ることができました。ありがとうございます!」
「ふふふ。前向きなのですね、ラディル君は」
お、この流れ……もしかして、ウルさんのスキルを覚えられるかも!?
どんなスキルを持ってるんだろう……値切りとか、商談系かな?
「天地様は、お酒の取り扱いのご予定はありますか?」
「お酒ですか……」
取り扱いたい気持ちは山々なんだけど、どうしても人手がなぁ。
出向してるとはいえ、トルトも何かと忙しそうだし。いずれラディルも、騎士団に入ってしまうだろう。
もし俺一人になってしまったら、お酒までは手が回らない。
そして残念なことに俺、お酒の事は全然詳しくないんだ。
「恥ずかしながら、お酒については私が勉強不足でして。あと今の人手では、満足な提供ができないと思うので、保留にしております」
「ふむ、なるほど。天地様は、慎重なのですね」
「私の準備不足のせいで、従業員に大変な思いをさせたくないのです」
「――! お優しいですね、天地様は」
ちょっと、カッコつけちゃったかなぁ。
でも、仕事でしなくてもいい失敗をするのは、避けたい。
それは従業員に、負担を押し付けてるだけだから。
「では、お酒が必要になりましたら、なんなりと当ウエスフィルド商会にお申し付け下さい」
「そのときはぜひ!」
食事を終えたウルさんは、満足そうに帰って行った。
ちなみにラディルが覚えたウルさんのスキルは――『取得経験値二倍』
すごいレアスキルじゃん!!




