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023 コラトゥーラとマリカの予約

 チュンチュン――

 チチチチチ――

 クグップークグップーククク――


 窓の外から、色々な鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 重い瞼をなんとか押し上げ、スマホの時計を確認。

 AM10:34――


「うわっ!? 寝坊し――あっ……今日、休みか……」


 月末を店休にしたのを思い出すと、俺は再びベッドに埋もれる。

 店の食材をほぼほぼ使い切ったことと、店――ダンジョンのマジカ支払いに備えて、月末二日と月始一日を三連休にした。

 今日はその連休の、初日。


「それにしても、怒涛の二週間だった……」


 あまりの忙しさに、開店からこっちの記憶が曖昧なくらいだ。

 お客さんが列を作るのは最初の三日か、長くても一週間くらいだろうと思っていたのに。

 まさか二週間が経とうという昨日まで、行列は途絶えることが無かった。


「相席も厭わず、驚異の四回転とか……」


 カウンター五席、テーブルと個室の三卓合わせて十二席。合計十七席が、フル回転するほどの来客。

 大量に作ったアラビアータやジェノベーゼのソースは、二日を待たずして売り切れに。

 ペペロンチーノやカルボナーラなど、店にある食材で作れるものでなんとか対応した次第である。

 とにかく毎日大量に仕込んでは、売る、仕込んでは、売る――の、繰り返しの二週間であった。


「でも、お客さんに喜んでもらえて、良かった」


 忙しすぎてあまり接客はできなかったが、美味しいという言葉が何度もキッチンまで聞こえてきた。

 食べ残しも、ほとんど無かったように思う。

 トルトからは、ほぼ毎日通ってくるお客さんもいたと聞いている。


「十分なマジカも稼げたし、なんとかやっていけそう……かな?」


 二週間の売り上げは、およそ二百万マジカ。

 元々店にあった食材の持ち出しなので、純利益というわけではないが……それでも、次のダンジョンのマジカ支払い分は十分にある。


「それにしても、三連休かぁ。何年ぶりだろう……」


 現実のお店では、所属店舗に社員は自分一人だけ。

 なかなか休むことが出来なくて、ましてや連休など正月ですら取らせてもらえなかった。


「……とりあえず、何か食べよう」


 あまり辛かった事を思い出すのは、良くない。

 昨夜の賄いの残りのピザを温め、リビングで軽い食事を済ませる。


「今日、どうしようかな……」


 のんびり食事をしたのに、まだ午前中だ。

 ラディルは部屋にいないので、どこかに出かけているのだろう。

 手持無沙汰で、一階の店に降りる。なんとなくあちこちの冷蔵庫を開け、在庫確認のようなことをしていく。


「お、良い感じに発酵してるじゃん。アンチョビ」


 先日仕込んだカタクチイワシの表面に、水分が出ている。

 この水分はコラトゥーラ――日本では、ナンプラーの方が一般的かな。いわゆる魚醤ってやつだ。


「コラトゥーラは瓶詰にして……イワシは洗って、オイルに漬けよう……」


 流水と塩水で、塩の残るイワシを綺麗に洗っていく。

 そして煮沸消毒した瓶に詰めて、イワシが完全に漬かるまでオリーブオイルを入れる。

 最後に瓶をトントンと軽く打ち付け、空気を抜いてアンチョビの完成。

 ――いや、本当の完成は一か月ほど寝かせた後か。


「結局、休みの日でも仕込みやっちゃうな」


≪カランカラーン≫


「こんにちは、店長殿」

「マリカ様!」


 店に入ってきたのは、マリカ様だった。

 出会ったときと同じ服装なので、今日は仕事が休みなのだろうか。


「先日は開店祝いのお花、ありがとうございました!」

「いや、こちらこそ挨拶が遅くなって、申し訳ない。それに、今日は休みだったのだな」


 マリカ様が申し訳なさそうに、静かな店内を見回す。

 すると、カウンターの上に置かれたアンチョビの瓶に気が付く。


「あれは?」

「ああ、これはアンチョビ――イワシの塩漬けです。ちょうど今、オイル漬けにしたところなんですよ」

「そうなのか。……キレイな仕事だな」


 瓶詰を見つめながら、感心したように言うマリカ様。

 アンチョビ作りで褒められたことなんてないから、なんか照れちゃうな。


「これから寝かせて、一ヶ月後くらいから食べごろですよ」

「そんなに時間がかかるのか……ふふ……」


 ふいにマリカ様が、笑みをこぼす。

 急にどうしたのだろうと見ていると、彼女は謝りながら理由を述べた。


「すまない。そんなに時間のかかる物を作るなんて、ずっとこの国で暮らしてくれるのだと思ってな」

「そう、ですね……でも、そんな嬉しいことでしょうか?」

「ああ、とても誇らしいことだ」


 その言葉が、なんともこそばゆい。

 自分がただここで生きることを、マリカ様は誇りと言ってくれるのか。

 今までに感じたことのない感覚に、喉のあたりをくすぐられる。

 なんとも言えない空気の中、思い出したようにマリカ様が話し出す。


「ああそうだ。実は来月、席の予約をしたいのだが、頼めるだろうか?」

「ええ、もちろん! 大丈夫ですよ」


 店の予約のために、わざわざ足を運んでくれたのか。

 俺は棚から紙を取り出し、メモの準備をした。


「来月の二十八の日の夜、四人で来店する」

「二十八日、四名様ですね。何かご希望などございますか?」

「そうだな。料理はおまかせしたいのだが――」


 わがままを言うと、と恥ずかしそうにマリカ様が付け加える。


「以前食べた、マルゲリータが食べたい。あと、そのアンチョビを使ったピッツァは、あるだろうか?」

「ええ、ございますよ。マリナーラというピッツァです」

「では、それを」

「かしこまりました!」


 マルゲリータ、気に入ってくれてたんだな。

 なんだか、嬉しい。

 この日は絶対、俺がピザを作ろう。


「妹との食事なのだが、もしかしたら夜遅くなるかもしれない。でも、必ず来店する」

「かしこまりました。何時まででもお待ちしておりますので、安心していらしてください」


 予約の話が終わると、マリカ様はすぐに帰られた。

 休日のようだったけど、それでも忙しいのだな。


「キミの初仕事は、マリナーラだ。美味しくなってくれよ~」


 俺は予約の日を思いながら、アンチョビを冷蔵庫にしまうのだった。


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