022 いたりあ食堂ピコピコ、開店
いたりあ食堂ピコピコ、開店当日の朝。
日課の店先掃除に出ると、すでに三人の学生らしき子たちが並んでいた。
「もう並んでるの?」
「あ……はい! 新しいお店に、一番に入ってみたくて!」
「そうなんだ、ありがとう。あんまり無理しないようにね」
「はい!!」
並んでくれているお客さんに声をかけ、俺は掃除を始める。
しばらくして掃除が終わるころに、背後から呼びかけられた。
「おはようございます、天地様」
「あ! おはようございます、ウルさん」
振り向いた先には、黄色い胡蝶蘭を手にしたウルさん。
ニッコリとして、お祝いの言葉を述べる。
「開店おめでとうございます。こちら、商会からのお祝いです」
そう言ってウルさんは、俺に花を手渡した。
イサ国でも、開店祝いの花は胡蝶蘭なんだな。
胡蝶蘭は長持ちする花なので、同じく店が長く続くように――商売繁盛の願いを込めて、贈られる。
「わわっ、ありがとうございます。すみません、開店のお知らせもしてないのに……」
「いえいえ、何かとお忙しかったようですから。では、私はこれで」
ウルさんは丁寧にお辞儀をすると、帰っていった。
貰った花を飾ろうと、俺は店に向かう。
「わーっ! 待って待ってー! 店長さーん!」
「ん? セシェルじゃないか」
遠くから、大きな声で呼び止められる。
声の主はセシェルで、白い胡蝶蘭の大きな鉢を持って走ってきた。
「は~、間に合った~。これ、マリカ様からのお祝い! 今日は仕事で来れないけど、開店おめでとうございますって」
「マリカ様から!? やー、お世話になりっぱなしなのに、花まで贈ってくれるなんて」
少しセシェルに待ってもらい、黄色の胡蝶蘭を店内のレジ前に飾る。
そして折り畳みのガーデンチェアを持ち出し、店の入り口に設置。
マリカ様からの白い胡蝶蘭を、そのチェアの上に飾った。
「セシェルも、朝早くから届けてくれてありがとう」
「いえいえ~。私もそのうち、食べに来ますね」
「ああ、待ってるよ」
この後、仕事へ直行するというセシェルを見送る。
胡蝶蘭に彩られた店の入り口。この店が――俺の店が、始まるんだな。
「おおっ……列が延びてる……」
そうこうしているうちに、開店を待つ列が十人以上に伸びていた。
俺は急ぎ店に戻り、ピザ窯やボイラーの火を付けながら、ラディルとトルトに話す。
「外にたくさん並んでるし、準備ができ次第、早めにオープンしてもいいかな?」
「仕方ないなぁ。別に構わないよ」
「オレも大丈夫です!」
「ありがとう、二人とも」
三人で協力して、開店の準備を進めていく。
カウンターの上には、三点の前菜――カポナータ、ポテトサラダ、グリッシーニの生ハム巻きを盛り付けたお皿が、目いっぱいに並ぶ。
ストーブ前のステンレス調理台には、食材や薬味の入った大小様々なキッチンポット。
アラビアータソースの赤と、ジェノベーゼの緑が、一際目を引いた。
「準備はこれで万全だな」
いよいよ、本当に自分の店がオープンするんだな。
かつて夢中になったゲームの世界に店を出して、そこに暮らす人々に料理を食べてもらう。
なんて不思議な体験なんだろう。
でもどこに居たって、俺が出来ることは――やることは、変わらない。
「みんなに美味しく、料理を食べてもらおう」
口に出す気はなかったけ、つい声が出てしまっていた。
しっかり聞こえていたのか、トルトが無言で笑っている。
「準備できた? 開店初日なんだから、店長さんがちゃんと挨拶して」
「ん……そうだな。よしっ! それじゃあ――」
トルトに促されて、入り口の扉に向かう。
扉のガラス窓から、開店を待つ人たちの列が見える。さっきより、更に伸びてないか?
「やばい、すごい緊張する……」
「もう! しっかりしてよ、店長さん!」
思わずひるんだ俺を、トルトが呆れて見る。
そうは言われても、こんなにたくさんのお客さんを見ると緊張するよ。
「大丈夫です! 店長の料理は何でも美味しいから、みんな喜んでくれます!」
「ラディル……」
「店長、深呼吸ですよ。ほら、スー……ハー……」
「スー……ハー……」
ゆっくりとした動きで、ラディルが深呼吸をする。
彼に合わせて息を吸い、吐く――
背中を撫でられながら何度か繰り返し、なんとか落ち着いてきた。
「店長さん、いける?」
「いける」
「頑張ってください、店長!」
二人に背中を押され、俺は店の扉を開く。
長い列のお客さんの期待に満ちた顔が、一気に集まる。
「大変お待たせしました! いたりあ食堂ピコピコ、オープンいたします!」




