021 生臭坊主と二色のパスタ
「それじゃ、明日の仕事について打ち合わせをするぞ!」
仕込みもすっかり終わった、夕暮れ時。
俺はラディルとトルトとで、営業中の仕事について話し合いを始めた。
「来客の案内、オーダー取り、料理運び、お会計はトルトにお願いする」
「はーい」
「カウンターで対応できることは、なるべくこちらで対応するから、個室とテーブルのお客さんを重点的に見てくれ」
「わかったよ」
昼食を食べてから、トルトとはずいぶん打ち解けたように思う。
会話もスムーズだし、何より仕事の覚えが早い。
卓番から伝票の書き方、レジの操作まであっという間にマスターしてしまった。
「ラディルはセットの前菜・スープの用意と、ドリンク作りを頼む」
「はい!」
「あと、ピッツァの注文が入ったときも、焼成をお願いする。もし無理そうなら、すぐに声をかけてくれ」
「了解です!」
ラディルも同じく、仕事の覚えが早い。
明日急遽オープンするのに対応できるのは、二人が協力してくれるおかげだな。
「皿洗いとか、貯めておける仕事は無理に急がなくていい。お客さん優先でよろしく。あと、怪我をしたり具合が悪くなったら、無理せず俺に一声かけてから、二階で休憩に入ってくれ。自分の健康が最優先だぞ」
「はーい」
「わかりました!!」
話を聞きながら、トルトはチラチラとドリンク用冷蔵庫に目をやる。
視線の先には、五〇〇ミリペットボトルのコーラが二十本。
「コーラもたくさんツウハンしたし。ふっふっふっ……これは新たな流行の予感……」
「うん……」
コーラの味に魅了されたトルトは、自腹を切ってまで俺に通販させた。これは絶対に、学生たちに人気が出ると言って。
パスタにコーラかぁ……まぁ俺も学生の頃は、ファミレスイタリアンのドリンクバーで、コーラ片手にパスタ食べてたか。変に否定するより、現地の人の意見に従う方が良いのかな。
思うところはあるけど、とにかく初日を無事に乗り切ろう。
「明日は初日だから、メニューを絞って営業します。パスタはジェノベーゼとアラビアータ。ピッツァはマルゲリータのみ。よろしくお願いします!」
「がんばりましょう!」
「おーっ!」
今日は開店準備でたくさん働いたし、だいぶお腹が減った。
それに明日のためにも、ラディルとトルトに料理の味を知っておいてもらいたい。
「それじゃ、最後に明日のメニューの試食会――」
≪ガタンッ ゴトッ≫
≪カランカラーン≫
夕食のまかないを作ろうと思ったところに、一人の男が店に入ってきた。
男はイサナ聖教会のローブを纏っているが、赤ら顔でかなり酔っている様子。
「うぃ~、やってるぅ~?」
ヘラヘラしながら、男はズカズカと店内に入ってくる。
その顔は俺にとって、とても懐かしいものであった。
お前はゲーム序盤唯一の回復キャラ、ワンホリー! ワンホリーじゃないか!!
「げっ……ワンホリー!?」
「あ、トルトォ~」
ワンホリーは腰をかがめて、トルトと肩を組む。
そして頬ずりをしながら、会話を続ける。
「パテルテちゃんから、美味し~いお店が出来るって聞いたんだ~」
「うっわ酒臭っ!!」
「なんかぁ、〆のメシ、食べさせてくれよ~」
イサ国では攻撃魔法は魔導学園の、回復魔法はイサナ聖教会のキャラが保有している。
でもストーリー進行の関係上、イサナ聖教会のキャラを仲間にできるのが、物語中盤以降なのだ。
だが唯一ワンホリーだけが、酔っぱらって夜の町を徘徊しているため、仲間に誘うことができたのである。
「まだ開店前だから! 帰れっ!!」
「えぇ~、俺とトルトの仲じゃないかぁ」
「ワンホリーさんは、トルト先生のお友達ですか?」
「違っ……断じてそんなものではない!!」
「まぁまぁ」
ここでワンホリーと一緒に食事をすれば、ラディルが回復魔法を覚えるかもしれない。
次にいつ、イサナ聖教会のキャラと会える――食事が出来るかわからないし、ここは誘った方が得策だ。
「ちょうどこれから試食会でまかない食べるところだったし、一緒に食べてってもらおう」
「えええええっ!? 店長さん、本気!?」
「なんだぁ。マスターってば、わかる人じゃ~ん」
そう言うとワンホリーはトルトをパッと放し、中央のカウンター席にどっかりと座る。
トルトはワンホリーから距離をとり、一つ空けた席に着く。
少し迷った様子で、ラディルはトルトと反対側のワンホリーの隣に座った。
さすがラディル、根性あるな。
「マスター、ガツンっとくるの頼むよ~」
「ああ、わかった」
パスタを茹でる用のお湯を手鍋で沸かし、ソース用のフライパンを二つコンロに乗せた。
アラビアータ用のフライパンは、ニンニクとピッコロをオリーブオイルで炒めていく。
油に香りと辛みが付いたら、特製トマトソースとチリパウダーを加える。あとはパスタを入れて、塩味を調整するだけ。
手鍋のお湯も沸いたので、昼間固ゆでにしたパスタを四人前投入。
「え~、トマトと葉っぱ~?」
「でも絶対美味しいですよ、ワンホリーさん」
葉っぱと言われたのは、バジルペースト――ニルギさんに貰ったバジルを、松の実とニンニクを加えてペーストにしてものだ。
茹で上がったパスタを湯切りして、半分を空のフライパンに入れる。
そして塩と胡椒で軽く味付けし、バジルペーストとパルメザンチーズを入れて混ぜ合わせ、ジェノベーゼの完成だ。
アラビアータのソースにも残りのパスタを入れ、絡め合わせて完成。
「すごいキレイな緑色だね」
カウンター越しにジェノベーゼのフライパンを覗きながら、トルトが物珍しそうに言う。
俺も初めて見たときは、衝撃的だったな。それまでパスタ――スパゲティはミートソースとナポリタンしか見たことが無かったから。
そんなことを思い出しながら、完成した赤と緑のパスタを、美濃焼のオーバル型仕切り皿に盛り付ける。
「アラビアータとジェノベーゼのハーフ&ハーフパスタでございます」
「お~ぉ~お~……ぉ?」
カウンター越しに、全員分の皿をカウンターテーブルに並べた。
だいぶ酔いが回ってるのか、ワンホリーの語彙力がおかしい。
とりあえず、俺も客席の方へ回りカウンター席に座った。
「それじゃ、食べようか」
「はい! いただきます、店長」
「いただきまーす」
みんなで、試食を兼ねたまかないを食べ始める。
ぼんやりとしていたワンホリーも、つられるように食べ始めた。
「おおっ! ハーブの香りが強いのに、すごいクセになる味だね」
「トマトのパスタも美味しいです!」
「そうか。気に入ってもらえて良かったよ」
美味しそうに食べている、ラディルとトルト。
対照的に、ワンホリーは黙々と食べている。
「お味はどうかな? ワンホリー」
声をかけるも、ワンホリーの食べる手は止まらない。
そしてパスタを全て食べ終わると、彼は微動だにせず空の皿を見つめている。
「……あの、ワンホリー?」
「うぅっ……お母ちゃ―――んっ!!!」
「ワンホリーっ!?」
動いたと思ったら、急に叫び出したワンホリー。ラディルとトルトも、ギョッとして彼を見た。
お母ちゃんって……何か、感傷的になってしまったのだろうか?
混乱する俺たちをよそに、ワンホリーはカウンターに一万マジカを置いた。
「酔い、覚めたわ。メシ旨かったよ、マスター」
「そ、そうか……それは何よりだ……」
満足した顔で、ワンホリーは店を出ていく。
スマホを確認すると、ラディルはヒールと消費MP一割減少のスキルを習得していた。




