020 マジカとコーラとぺペロンチーノ
「水や火だけじゃなくて、こんな加工品まで生成するなんて……いや、ここがダンジョンだというなら、あるいは……」
俺がスキル【通販】で買ったコーラを握りしめ、トルトがぶつぶつと考え込んでいる。
顔色は蒼く、フルフルと体は震えていて、あまり良い感じではない。
最初から店ごと色んな食材を、この世界に持ち込んでいたから気にしてなかったけど……もしかして、あまり良いことではないのかな?
「あんまり、通販はしない方がいいか?」
「……はっ!?」
呼びかけにハッとしたトルトの顔に、血の色が戻ってくる。
そしていつものような冷静さを装って、話し始めた。
「いや、食品や道具の精製や召喚は、問題無いと思う。ただ――」
「ただ?」
「前例の無いことで、混乱しちゃったんだ」
「ああ、そうなんだ。なんか、ごめんな」
軽く俺は頭を下げたが、トルトも本当に気にしてない様子。
純粋に新しい発見に、驚いただけのようだ。
「僕は店長の魔法を、良いものだと思う。こういう小回りの利く、生活に密接した魔法だったら、きっとみんなの暮らしが良くなるからね」
「他にも、似たような魔法を使う人はいるのか?」
「似てるっていうか、そうだな……」
手を顎に当て、トルトが考え込む。
まぁ、ダンジョンが店というのも、珍しいだろうからな。
他の事例と比較するのは、難しいことだろう。
「自身の魔力に加えてマジカを消費する、大魔法や大技を使う人なら何人かいるね」
「大魔法……大技……」
「ガルガンダ学園長は、グランドキャストって大魔法を使うよ。パテルテも、セイプリズムって大魔法を持ってる。あとはイサナ聖教会の聖女様や司祭様が、大きなケガや難病を治す癒しの大技を使ったりするね」
ああ、そういう感じね。MPの不足分を、マジカで補ってるのか。
確かに、ラディルのステータス画面で確認したスキルの消費MP、エグかったからな。
きっと最上位の回復魔法も、そうなんだろう。
「大魔法や大技で使って消えたマジカって、消えて無くなっちゃうのか?」
「ああ、それについては過去に、大規模な検証実験が行われたことがあるよ」
それはイサナ王国の建国記念日に、大々的に協力を呼び掛けて行われた実験らしい。
祝砲として、パテルテがセイプリズムを上空にぶっ放す。
そこでマジカを使う、というものだ。
「特殊な識別加工をしたマジカを、パテルテのセイプリズムで使い――識別加工されたマジカを発見して、学園に情報提供してもらえたら、その倍価を支払いますってものだった」
「へぇ、それで回収はできたのか?」
「期間内に提供されたのは、消費したマジカの三割強ってところだったね。提供者によると、その多くはダンジョンで回収したり、魔物が落としたというのが多かった」
三割の回収というのは、多いのか少ないのか。
そんなことを考えていた俺を見て、オチをつけるようにトルトが付け加える。
「それとは別に、既に流通に乗って支払いに使われていて、学園関係者が買い物や両替で回収したものも多かったよ」
「なるほど。まぁ一般の人にしたら普通のお金だし、仕方ないか」
お金にして、魔力。そしてダンジョンに転移したり、魔物になったり。
マジカって、不思議だな。
「しかしトルト、本当に教授って感じだな。色々と教えてくれて、ありがとう」
「いや、別に大したことじゃないよ」
それまで得意げに話していたトルトが、急に口ごもる。
明らかに気落ちしているのが、見て取れた。
「大魔法が使えるわけじゃないし、僕にはこのぐらいしか……」
意外にも、トルトは魔法の才能について気にしているようだ。
いつも一緒にいるのが、裏ボスのガルガンダ先生や、最強魔法キャラのパテルテだしな。
俺も都内の高級ホテルやレストランの料理長と仕事してたら、鬱っぽくなりそう。
実際にそんな時期が、俺にもあった。
「……なぁ、トルト。昼休憩にしないか? ちょうど俺、仕込みがキリの良いところなんだよ」
「え? うん、いいよ。僕もちょっと疲れちゃった」
少し訝しげにされたが、トルトはカウンター席に座って休憩に入る。
キッチンに戻った俺は、昼食の準備にとりかかった。
「食事作るけど、俺が食べたいのと同じ料理で良いか?」
「うん、まかせるよ。僕、メニュー詳しくないし」
折角だから、アレを作ろう。
シンプルだけど、だからこその飽きない美味しさ。
「割と簡単な料理なんだけど、疲れてるときや忙しいときに、無性に食べたくなるんだ」
「ふうん……」
フライパンにオリーブオイルと刻みニンニクを入れ、火にかける。
何百回、何千回も見てきた始まりの光景。
「材料はオリーブオイルとニンニクだけ、アーリオ・オーリオっていう」
ニンニクに火が通り、食欲を誘う香りが漂う。
そこへパスタの煮汁――を、本来入れるのだが、今は無いのでお湯を入れた。
塩味と旨味は、昆布茶を入れて整える。
「これは色んなパスタのベースで、バジルを入れればバジリコに。アサリを入れれば、ボンゴレになる。……アサリは贅沢すぎたか……?」
「ちょっと。何か、言いたいことでもあるの?」
「えーっとだな……」
煮立ったソースに固ゆでのパスタを入れ、味を染み込ませながら火を入れていく。
ピッコロ――小ぶりな唐辛子も、潰して入れる。
「ハレの日……特別な日の豪華な料理はすごくて大切だけど、日常の料理が普通で美味しいのも、大切なことかなって」
「何それ。魔法と料理を、掛けてるってコト?」
「むむむ……上手く言えないもんだな」
ソースにトロミがついて、パスタが茹で上がってきた。
仕上げに粗挽きの韓国唐辛子を、薬さじでたっぷり入れて絡める。
パスタ全体が、一気に鮮やかな赤みを帯びていく。
「店長さん、ヤケクソになってない!? そんなに唐辛子入れて……」
「大丈夫。見た目ほど、辛くない」
韓国産の唐辛子は辛みが少なく、甘みや旨味が強い。
味や辛みの調整もしやすく、日本人好みの旨辛ペペロンチーノが作れる。
……もしかしたら、本場のイタリア人には怒られるかもだけど。
「おまたせ。アーリオ・オーリオに唐辛子を入れた、アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノだ」
完成したペペロンチーノを盛り付け、カウンターに運ぶ。
氷を入れたグラスも用意して、ペットボトルのコーラも二人で分けた。
「さ、食べよう」
「うん……いただきます」
「いただきます」
熱々のペペロンチーノを、たっぷり口に頬張る。
これだよコレコレ! ニンニクと唐辛子の旨味に、適度な昆布茶の塩気。
何度食べても、美味しいんだよなぁ。
「普通で美味しいも、大切か……こんな料理作っといて、よく言うよ」
「え?」
「悪くない味だって言ってるの」
照れ隠しのように、トルトはコーラを口にする。
勢いよく、ゴクゴクと、グラスの中身を飲み干して――
「何これウマァァァッ!!」
彼は、新たなる特別な美味しさも知ってしまったようだ。




