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013 アクアパッツァとセシェル

「私はイサナ王国・白銀の鷹騎士団(プラチナ・ファルコ)所属、セシェル・マーブと申します! テンチ・ヨウ様に、マリカ様からの伝令をお伝えします!」


 夕食時に店に入ってきた、白いフルアーマーの騎士。中性的な声質で、声だけでは男女の区別がつかなかった。

 騎士は俺とラディルの顔を一瞥し、俺の方を向いて伝令を続ける。


「明日の朝、魔導学園の方が調査に参ります! 対応のほど、よろしくお願いします、とのことです!」

「ああ!」


 先日、マリカ様が魔導学園に調査依頼してくれたものだ。

 これで店のダンジョンについて、色々わかるかもしれない。

 丁寧に事前連絡までくれるなんて。本当にマリカ様は、律儀な方だなぁ。


「それをわざわざ伝えに来て下さったんですね。ありがとうございます!」

「いえ、これも任務ですから!」


 元気な返事に、キッチリとした敬礼ポーズを返す騎士。

 そして微動だにしなくなる。騎士の視線の先には、夕食のアクアパッツァがあった。

 もしかして、食べたいのか?


「あの……食べていかれますか? 夕食……」

「ええっ!? 良いんですか!?」

「あ、でもお仕事中……ですよね?」

「いえいえ!!」


 騎士は頭部全体を覆っていた兜を、ガバッと外す。

 現れたのは、おかっぱ頭の女の子。彼女の顔はとても見覚えがあって、懐かしい。

 イサ国をプレイしていたとき、とてもお世話になったキャラだ。


「本日の任務は、テンチ様に伝令を伝えて終了であります! つまり、今! この瞬間! フリーであります!!」


 セシェルは、防御スキルに特化した騎士。

 物語序盤から仲間になるのに、能力もスキルも高性能で、物語終盤まで活躍するキャラだった。

 実際に顔を見たことで、昔の記憶が鮮明に蘇ってくる。


「どうかしました?」

「あ、いや……」

「鎧の下からこんな可愛い女の子が出てきて、ビックリしちゃいました?」

「ははは……そんなところ、です」

「えー! またまたぁ~!」


 バンバンと、俺の背中を叩くセシェル。口調もすっかり、素の女の子になっていた。

 彼女は確かにセシェル……なんだけど、彼女はこんな性格のキャラクターだっただろうか?

 記憶に残る彼女は、真面目で堅物。防御特化の騎士を体現したような、性格だったと思う。


「お言葉に甘えて、ごちそうになります」

「ええ、どうぞ」


 こんな風に誘いに乗って、初対面の相手と食事などしただろうか?

 伝令を伝えたら、真っすぐ城に帰って行きそうな印象だったけど……。

 テーブルについたセシェルは、とても陽気で親しみやすい雰囲気だ。


「すごい豪華な料理じゃないですか! これ、夕飯ですか!?」

「はい。今、取り分けていきますね」


 一尾の魚を三人で食べるとなると、取り分けた方が食べやすいだろう。

 俺は取り皿を三枚並べ、スプーンとフォークで魚以外の魚介類とミニトマトを三等分に取り分ける。

 料理に目を輝かせながら、セシェルはラディルに話しかけた。


「こんな丁寧に取り分けてもらえるなんて、宮廷料理みたいです。ラディル君、いっつもこんな料理食べてるの? いいなぁ~」

「え、オレの事、知ってるんですか!?」

「もちろん! マリカ様から聞いてるよ。今後の成長に期待してるって」

「そうなんだ……えへへ……」


 意外と騎士団の中でも、ラディルは話題になってるんだな。

 この様子なら、来年の入団試験は大丈夫そうだ。

 真鯛の半身を皿に取り分けると、俺はスプーンで中骨をカリカリとなぞる。

 その様子が気になったのか、セシェルが不思議そうな顔でこちらを見た。


「魚の骨を鳴らして、今の何ですか?」

「ああ。こうすると、身から骨が綺麗に取れるんですよ」

「「 へ~~ 」」


 キレイなほど、セシェルとラディルがハモって声を上げる。

 こういう瞬間、好き。

 気を良くしながら、俺は慎重に魚の中骨を外す。綺麗に取れると言った手前、失敗したくないからね。

 骨の下だった半身も、均等に取り皿に分けていく。


「あっという間に、全部取り分けちゃいましたね」

「ふふ。まだ一番美味しいところ、頬の身が残ってるんですよ」


 俺はスプーンで真鯛の、エラの上の部分をはがした。

 ふわふわジューシーな頬の身が、スプーンにすくわれ、ほぐれ出す。


「あ! 私そこ、食べたいです!!」

「えー!? オレも食べたいです!!」


 手を挙げて主張する二人の様子は、姉弟のようで可愛い。

 そんなに期待してもらえると、嬉しいな。 


「ははは。もう片方あるから、二人にあげるよ」

「あ、でもそうしたら、店長は……?」

「俺は目玉を貰うよ」

「えぇ……」

「いや、そこドン引きしないでよ。結構美味しいんだよ? 目玉」


 頬の身も目玉も綺麗に取り分け、最後に上から煮汁をかける。

 なかなか美味しそうに、サーブできたな。


「さあ、食べよう!」

「はーい! いただきます!!」

「いただきます!!」


 ラディルとセシェルが、嬉しそうに食事を始める。

 世界観は中世ヨーロッパ風だけど、いただきますとごちそうさまって普通に言うの、なんか安心するな。

 そう思いながら、俺もアクアパッツァを口にした。


「美味しい!! お魚のスープが、こんなに美味しいだなんて、知らなかった」


 頬を押さえながら、感嘆するセシェル。

 アクアパッツァのスープからは、真鯛と魚介の旨味が押し寄せてくる。

 なんとも体に染みわたるような、滋味な美味しさ。


「新鮮な真鯛だから、とても良いダシがとれたんです」


 良い魚を売ってくれたポセさんに、感謝しないと。

 ポセさんを紹介してた、ウルさんにも。

 この世界で出会った人、良い人ばかりでありがたいなぁ。


「本当、毎日の食事美味しいんですよ。オレ、ずっとここにいたいなぁ」

「いや、ラディルは騎士団入団がんばってよ」

「はーい」


 他愛のない会話をしながら、あっという間に食事の時間が終わってしまった。

 ラディルもセシェルも、すっかりくつろいでいる。


「はぁ……マリカ様から美味しいって聞いてたけど、想像以上でした! 正式に開店したら、休みの度に通っちゃいそうですよ~」

「それはありがたい! お待ちしております」


 食休みが終わると、セシェルは騎士団宿舎へと帰って行った。

 それにしても、やっぱり記憶の中の彼女とはイメージが全然違う。

 俺がおっさんになって、感性が変わったからだろうか?

 なんだか、腑に落ちないんだよなぁ。


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