001 真夜中の中古ゲームショップ
≪本日もJR東日本をご利用いただき、ありがとうございます。今度の一番線、二十三時三十七分発、普通電車――≫
大國魂神社の脇道を抜け、府中本町駅へ向かう。
静かな夜に、最終電車のアナウンスが聞こえてくる。
≪この電車は、川崎行きの最終です≫
駅へ向かう階段を駆け上るも、電車の出発音が響いてきた。
ガタンゴトンと、遠ざかっていく電車の音。
改札前では、駅員さんが締めの作業をしている。
「ああ、テンチョーさん。おつかれさまです」
駅の見回りをしていた駅員さんが、声をかけてくれた。
絶妙なイントネーションで名前を呼び、クスりと笑う駅員さん。
と、いうのも、俺の名前が天地洋――店長と音が似ているからだ。
いや、実際に店長でもあるんだけどね。
「はは……いつも、すみません……はぁ……はぁ……」
「いえ。テンチョーさんこそ、無理しすぎないでくださいね」
連日このような駆け込み乗車をしているため、すっかり顔馴染みになってしまったな。
最近では駅員さんは、俺の勤めるイタリアンの店にも食べにきてくれる。
「はは……はぁぃ……」
駅員さんの労いの言葉に、俺は軽く会釈をした。
荒い息に、止まらない鼓動。
こんなに必死に走ってきたのに、俺は家にも帰れないのか。
がっくりと肩を落として、再び駅前の階段を下っていく。
「今夜は……はぁ……店に、泊まりか……はぁ……」
全然息が整わないまま、俺は勤め先の店へ踵を返す。
夕飯はどうしよう。コンロを汚したくないから、コンビニで弁当でも買っていくか。
「あれ……」
交差点で信号待ちをしていると、ある店の看板が目に入った。
中古のゲームショップの立て看板に、A4の紙が貼られている。
なんだか、嫌な予感。こういう時代だし、な。
「今月末で、閉店……」
やっぱり。
小さな文字で打たれた文章には、閉店の旨とお客への感謝の言葉が簡潔につづられていた。
このゲームショップは深夜まで営業していることもあって、学生の頃はよく友達とたむろってたな。
学生……もう十五年も前か。
「寄っていくか」
これが、最後かもしれないし。
煌びやかに新作のPVが流れる狭い店内には、最新機種のソフトがズラリと並ぶ。
店内の雰囲気の懐かしさに反して、ゲームにはまるで馴染みが無い。
「あ、これ……」
ワゴン台に無造作に並べられている、安売りのゲームソフト。
その中に、昔プレイした【イサナ王国物語】を見つけた。
「懐かしい!! すごいやり込んだなぁ、コレ。仲間集め、コンプしたっけ」
懐かしいゲームを発見して、年甲斐もなく高揚する。
イサナ王国物語は、ゲームに登場するほぼ全てのキャラを仲間に出来た。
騎士や冒険者はもちろん、その辺を歩いてるおじいちゃんおばあちゃん、国の外に暮らしてる亜人や魔物まで。
それに加え、二十四時間の時間経過のシステムが秀逸。
仲間にしたキャラクターたちのリアルな生活が垣間見れて、すごく楽しかったな。
「主人公のキャラクリだけで、何時間もかかったっけ」
自分のアバターである主人公は、プレイヤー自身が最初に設定する。
当時のゲームにしては素材数が多くて、かなり自由に主人公をデザイン出来た。
「八百八十円……そんなに安くなってるんだ……」
このゲーム、実家から引っ越すときに無くしちゃったけど、結構好きだったんだよな。
もうゲーム機を持ってないから、買って帰ってもプレイできないんだけど。
「……買うか」
それでも、なんだか手元に置いておきたいと思った。
俺はワゴンからゲームソフトを取り、レジへと向かう。
「……セルフレジ……これもご時世かねぇ……」
こんな新しい機材まで入れても、閉店するのか。
まだまだ、ヤル気があったのかもしれない。
なんとも言えない気持ちになるな。
そんなことを考えながら、俺はゲームソフトをレジのリーダーに向けた。
≪インストール完了 転送を開始します≫
「へ?」
なんか、お会計っぽくないアナウンスが流れたぞ。
もう一度読み込もうとすると、セルフレジの画面が急に光り始める。
「いやいや、ナニコレ? 俺、なんかしちゃっ――」
あまりに明るい光に目が開けていられず、意識が遠のいていった。