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第7話


 ――――――――――――



 それから少しして、商人の娘が狼の獣人の城を追い出されたという話を聞いた。

 彼女は番を偽る香水を持っており、国王をだましていたという。

 父親である商人も国を追い出され、彼らは生涯獣人国に立ち入る事を禁じられた。


 番を偽るのは重罪だ。彼らの話はすぐに広まり、獣人国すべてが彼ら父娘の入国を拒否した。そして彼らと取引のある人間の商人も出入り禁止としたため、人間側もあっさりと彼らを見捨てた。


 獣人国と人間の国の間には広大な距離が横たわる。


 船を使うか、砂漠を越えるか、険しい山脈を越えていくか。獣人の国に立ち入れない彼らは、町の外で誰かに泣きつくしかない。奴隷扱いなら了承する輩もいるだろう。だが、ここは獣人の領域だ。彼らが帰るまでどんな目に遭うのか。それは想像するしかない。


 そして、故郷に戻っても彼らが商人を続ける事は難しい。

 獣人国にも人間の国にも、彼らの商品を扱う者はいない。商人は廃業するしかないだろう。

 娘は国王に惚れていたようだったが、恐ろしい目でにらまれた。



 ――貴様が……っ!!



 喉笛を食い破らんばかりの形相に、娘は腰を抜かしたという。


 父娘を追い出した後、国王は半狂乱になって人捜しを始めた。

 銀の髪、スミレの瞳。たおやかな微笑みを浮かべる娘。

 何を差し出しても構わない。どれだけ金を積んでもいい。とにかく見つけ出してくれと、なりふり構わぬ様子だった。


 だが、どれだけ手を尽くして捜しても、娘の手がかりひとつ見つける事はできなかった。


 この国を出た記録もなく、元の国に帰った様子もない。

 国中をしらみつぶしに捜しても、娘はどこにもいなかった。


 それでも彼は捜し続ける。

 自らの半身を、最愛の番を。

 贖罪のように、彼女の名前を呟き続けながら。







    ***

    ***







「――さあ、ここが竜の国だよ」

 閉じていた目を開けるように促され、シェーラはそっと目を開けた。


「まぁ、素敵……!」


 目の前には一面の花園が広がっていた。

 色とりどりの花が咲き乱れ、やさしい風に揺れている。遠くには澄んだ湖があり、日の光を反射して輝いていた。


「綺麗だろう? 君に見せるなら、まずこの場所にしようって決めてたんだ」

「ありがとうございます、ジェイド様」

「お礼を言うのはこっちの方だよ。……でも、本当によかったの?」

 小首をかしげられ、シェーラは微笑んで頷いた。


「お父さまも許してくださいましたもの。ジェイド様のおかげです」


 あの後、シェーラはまず自分の国に戻った。

 竜人であるジェイドの翼を使えば半日もかからない。馬車と船でひと月近くもかかった事を思えば、驚異的な速度だ。


 突然帰ってきた娘に公爵は仰天したが、隣に立つジェイドを見てさらに仰天した。


 アイゼルとの出来事を話しているうち、公爵の様子が怒りを抑えたものになり、その怒りが表面に出始め、やがてこらえ切れない様子になると、怒髪天もかくやというありさまになった。


 それをなだめたのはジェイドだ。

 竜人という存在に公爵は驚いたが、番だと知るともっと驚いた。

 驚いたが、彼はすぐにジェイドを拒否した。

 父親ならば当然の反応だろう。シェーラは困る反面、嬉しくて気恥ずかしい気持ちになった。


 だが、このままというのもまずい。ジェイドは粘る気満々だったが、公爵の怒りがいつ噴き出すか分からない。そこでシェーラは彼に言われた言葉を公爵に伝え、もう一度信じてみたいのだと告げた。


 公爵は渋ったが――それはもう駄々っ子のごとく渋りに渋りに渋りに渋ったが――最終的には折れた。彼は娘には甘いのだ。


 シェーラの傷ついた心を癒し、公爵をなだめるのに半月ほど。

 その後、シェーラはジェイドとともに竜人の国へ向かった。

 竜人の国は特殊な場所にあり、あまり他の獣人は訪れない。だが交流が途絶えているわけでなく、文化も品物も流通している。生活に不自由する事はなさそうだった。

 身ひとつでジェイドに運ばれた先、待っていたのは美しい花々だった。


「城にはあとで案内する。まずはここで体を休めて」

「ええ、そうします」

 そう答えてから、「城?」と首をかしげる。


「言ってなかったっけ。僕は第七王子なんだけど」

「……存じませんでした」

「まあ、獣人族の王っていうのは、村の長みたいなものだから。そう堅苦しく考えることはないよ」

 あとで他の皆にも紹介すると言われ、シェーラは微笑んで頷いた。


「とても楽しみです、ジェイド様」

「あっ……」

 ジェイドが胸を押さえて倒れる。


「ど、どうしましたか?」

「可愛すぎて困る……。僕の番がとっても可愛い……」

「…………湖を見てまいります」


 公爵家にいる時からずっとこんな調子なので、もはや訂正する気も起きない。彼が真面目にそう思っているようなのが非常にいたたまれない。


(もしも、番ではなくなったとしたら)


 今もそれに対する不安が消えない。


 アイゼルとの絆が切れたように、ジェイドとの絆が切れる日も来るかもしれない。もしそうなったら、自分はどうなってしまうのだろう。

 背を向けたシェーラに、「待って」とジェイドが呼び止める。


「ごめん。また不安にさせたね」

「わたくしは、そんな……」

「不安な時はいつでも言って。僕らにはもう思い出があるよ」

 そう言って、ジェイドが指を折っていく。


 ひとつ、一緒に公爵家まで旅をした。

 ひとつ、公爵家で公爵をなだめた。

 ひとつ、ようやく許しをもらえてほっとした。

 ひとつ、竜の国まで一緒に飛んだ。


「……そしてもうひとつ、君に花園を案内して、こうしてここで話してる」

「ジェイド様……」

「公爵は手ごわかったね。説得できて嬉しかったね? 一緒の食事も楽しかった。君の昔の失敗を聞いて、君は真っ赤になって怒ったね」


 とっても楽しかったよとジェイドが笑う。もっと聞きたかったと言いながら。


「一緒に見た星空も綺麗だった。夜遅くまでお喋りして、公爵には秘密の話をしたね。知らない曲を口ずさんで、お互いに歌を教え合ったね。好きな食べ物、嫌いな食べ物。他にもたくさん話をしたね」


 ひとつひとつ積み重なっていくものは、番だからではない。

 互いに向き合って過ごしたからこそ、手に入れる事ができたものだ。

 思い出は消えない。たとえ番ではなくなったとしても。

 その時の出来事も、感情も、確かに胸に残っている。


 だから。


「これからもこうやって、ゆっくり思い出を作っていこう」

 微笑むジェイドに、シェーラは泣き笑いの顔になった。


「ええ……」


 何も恐れる事はない。時間はたっぷりあるのだから。

 寄り添い、いたわり合って、たくさんのものを積み上げていこう。

 時にはぶつかり、そして許し、受け入れ、笑い合い、愛し合う。長い道のりの先、永遠に分かたれるその時まで。


「……わたくし、今少しだけ、あなたを好きだと思いました」

「えっ本当? うわどうしよう、僕の番の可愛いが限界突破してる……」

「…………先に行きます」


 また胸を押さえて倒れたジェイドに、今度こそシェーラが背を向ける。

 けれど、もう怖くはない。


「ジェイド様」

 シェーラが振り向くと、ジェイドはきょとんとした顔になった。


「あなたの番になれて、わたくし、とても幸せです」

「――――…………」


 いっぱいに目を見開いたジェイドが、何か言いかけ、口を閉ざし。

 次の瞬間、一息でシェーラの元へと飛んだかと思うと、その体を愛おしげに抱きしめた。


お読みいただきありがとうございます。彼らに幸多からん事を。


*いいね・ブクマ・評価など、どうもありがとうございます。またどこかでお会いできたら幸いです。あと北斗七星お読みくださった方もありがとうございます! 河童に続いて私は……私は……嬉しい……!!

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