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騎士団のお仕事  作者: 雄太
騎士団のお仕事
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8 『最後の情け』

 

 ひったくり犯の男は馬の背中に乗せられ、騎士団本部へ連行された。


 本部の1番奥に併設された牢屋に入れられた男は一切言葉に発せず、ずっと牢屋の鉄格子の隙間を睨みつけている。


「なぁよ、なんでひったくりなんてチンケな事したんだ?」


 わざわざ椅子を持ってきて座っているウォーレンの質問に対して一切口を開かない。


 名前も不明

 住んでいるところも不明

 年齢も不明

 性別は男に見えるが見た目で人を判断するなと言うから不明。

 チラッと両腕の小指を確認したが切り落とされた痕跡はない。

 王都の住人であれば門を抜けるための許可証を持っているはずだが手荷物を漁ってみたがこの男(便宜上)はそれを持っていなかった。


 可能性としては深夜に壁を越えた犯罪者か王都を夢見た若者、はたまた孤児の可能性もあり得るがやはり小指が落とされてないのが気になるところ。

 この国は重罪を犯したならば子供だろうと容赦なく小指を切り落として区別を付ける。

 それがないと言うことは今まで一回も捕まっていないか、これが初犯という可能性もある。


 もしこの男に前科があれば王都内のとある場所で小指を切り落とされ王都からの退去処分となる。

 口を紡ぐ。と言うことは前科が存在する、だから何も口にしない……。


「団長、調べが付きました」


 この男の前科を調べていた2番隊隊長ウィリアムが資料を持ってきた。


「やっぱり、前科ありか」


 資料の1番上には桁の数字と氏名が記載されている。この男の身元は不明と説明したが実は調べる方法はある。

 初犯の際、一生消えることのない、目に見えない特殊なインクを使い手の甲に数字を書くのだ、これは犯人識別番号と呼ばれている。



 その特殊なインクが見える機械を各騎士団や軍隊、王都の一部配備してある。この男にもその機械を通し前科があるかどうかをここに連れてきた時に無理やり調べていた。

 そして検査の結果、犯人識別番号が浮かび上がり前科ありと言う検査結果出た。


「前科あり、か、名前はキークリー・ウォルター。25歳、3年前に窃盗で逮捕歴ありか……」


 資料と本人の顔を交互に見ると何か思ったのか首を振る。

 この国での再犯率は約10%と言われている。それだけ小指を切り落とされるのが嫌なのだろう、だがその一方で一度足を踏み外した者を好き好んで雇うところは少ない。

 一度足を踏み外した者が行き着く先はヤクザやギャングなどの地下の組織がほとんどだ。

 そしてそこでまた犯罪を冒す。


「ウィリアム、馬車を前に回してくれ、それと本部内の人払いと頼む」

「はい」


 暗い返事をするとウィリアムは何か言いたそうな目で犯人の姿を見たがすぐに人払いに向かう。

 資料を読み込んだウォーレンは立ち上がり牢屋の鍵を開けた。


「残念だがお前の身柄は王立近衛騎士団に移される」


 近衛騎士団とは王に仕える者達のことを指す。一方ウォーレンが団長を務める騎士団は民衆に仕えると宣言している、だから基本二つの騎士団の仲はあまり良くないが仕事の時だけは普段の啀み合いはなくなる、皆仕事には忠実なのだ。


「そこで知っての通り、両腕の小指を切り落とされ王都からの退去処分となるだろう」


 手足を拘束され動けない男は逃げようと芋虫のように這うが逃げ切れるはずもなくウォーレンに掴み上げられた。


 牢屋から引き摺り出され鍵が締められた扉の前に来るとウォーレンはその扉を五回 ココン、ココン、コンとリズミカルに叩くとコココン、コンと返答があった。

 これが犯人輸送の準備が整ったと言う合図だ。

 鍵を持つウォーレンが扉を開けると、大きめの布を持ったウィリアムが居た。


 これは『最後の情け』と呼ばれる騎士団独特の習慣である。


 ウィリアムはその布を犯人の頭に被せ、周囲から犯人の人相がわからないようにした。


 犯人の背中を掴み、歩けと背中を押して促す。

 いつもなら大勢の騎士団員が待機している本部には今この3人しかいない。他の者たちは皆上の階で待機をしている。

 ひったくり被害者のカップルも清掃の時間だからと断って上に移動してもらった。


 横付けされた馬車にウィリアムが先に乗り込む、それに続いて犯人の男を押し込み、ウォーレンは仕事があるため同乗はせず横で待機していたウィリアムの部下が代わりに乗り込んだ。


 扉を閉め鍵をかけたウォーレンは御者に『出せ』と短く一言だけ言うと御者は馬を促し馬車がゆっくりと動き始めた。

 最初はゆっくりと進んでいた馬車は加速しウォーレンの目では捉えられなくなる。

 完全に馬車の姿が見えなくなるとウォーレンは本部内に戻り二階に向かう。


「掃除は終わった」


 一言、声をかけ戻ってきたウォーレンは『団長』と書かれた札が置かれた椅子に座ると今朝から溜まっていた各種書類に目を通し始めた。

 コーヒーが入っていたはずのカップを手に取り一口飲もうとするが中身は空だった。


「そうだ、朝飲み切ったんだ……」


 仕方なくカップを置き書類を処理する。

 上から順によく読まずハンコを押していたがふと手が止まる。


「なんだこれ?」


 普段なら流れ作業でハンコを押すような位置に違和感を感じる書類が挟まれていた。

 その書類には『騎士団のアメニティー向上』と書かれ、


 これまで個人で買っていたお菓子を騎士団負担にする。

 トイレットペーパーをシングルからダブルへの変更。

 掃除用具の交換

 テーブルの交換

 筆記用具の交換

 団長の交代

 常時鎧着用の撤廃

 などがつらつらと書かれていた。


「あいつら舐めやがって……」


 ポキッと言う音がしたので手元を見るとペンが折れていた。それを見なかったことにして引き出しから新しいペンを取り出す。


「不良品だな」


 そう言うと1番上の項目と1番下とその上の項目に横線を入れ、『騙されないぞ!』と書き記しハンコを押す。そしてついでに『団長には逆らうな』と追記する。


「誰だ、ジルコーか? アイリスはそんことやらないし、ウィリアムも除外、やっぱりジルコー辺りだな……次の賞与減らしてやる」


 犯人に目星が付いたウォーレンは適当な紙を破り『ジルコーの賞与減額』と書き残し引き出しに投げ入れる。


 そのあとはちゃんと内容を見ながら処理していたが一枚他とは違う赤い紙が挟まれている。


「もうこんな時期か」


 その紙を手に取ったウォーレンはそう呟き、立ち上がり誰かを探しているのかキョロキョロと見渡し、目当ての人物を見つけたのか声をかけた。


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