7 赤髪の女神
「ジルコー!! テメェ!!」
少しだけ辛味と刺激が引いたウォーレンはゆっくりと立ち上がり、嬉しそうな笑みを頑張って堪えるジルコーをその目ではっきりと捉えた。
「団長。あそこの店は激辛串焼きの店って事で有名ですよ」
言い訳のような言い草で言い指を指した。その指の先を見ると今のウォーレンと同じようにが激辛串焼きに悶えて苦しむ大勢の若者がいた。
今時の若者の中ではそれがブームなのか?
中年おっさんにはその思考は顔を顰めるものであった。
「あの店、指定したってことはそれ買ってこいって事でしょ?」
日々の不満解消兼イタズラのために買ったがその責任をウォーレンがこの店を選んだせいだと責任転嫁した。
いまだに喉の刺激が引き切らない団長は辛味でプルプル震える手をどうにか押さえつまるでゾンビのように首を動かしジルコーの袖を掴む。
「ジーールコー!! そう言うのは聴いてから買うもんだろ!!」
「すいませんでした。自分いけなかったです。どうぞ煮るなら焼くなり好きにしてください」
そうして目を閉じ両手を広げ私は罪を償いますと言う感じにアピールをしている。『ここまで堂々としていると逆に叱りづらいな……』と団長に思わせるがジルコーの思惑だ。
だがウォーレンの怒りはそんな事では止まらない。逆にそう言うならお望み通り焼いてやろうと言う気持ちがどんどん強まる。
「ふーーん。そうか。ならその罪、償って貰おう……」
「へ?」
チラッと目を開けたジルコーは怒りで満ち溢れで目で見ている団長が見えた。
団長はシャードの練習を少し見せるとそのまま姿勢を直し「ここら辺でいいよな」とジルコーの鼻っ面に拳を合わせた。
「覚悟は済んだよな……」
久しぶりに本気を出せると言いたげな笑みが溢れ、それと反比例するようにジルコーの表情が強張る。
顔面に合わせられた拳はゆっくりと引かれ、全身のパワーを腕に集める。逃げようとするが右腕をがっしりと固定され逃げられない。
団長の拳がジルコーの顔面、目掛け放たれたその瞬間、ジルコーの背後から女性の悲鳴が聞こえた。
その直後「バック返せ!」と言う男の声の怒号も聞こえる。
団長の拳は顔面3センチ手前で止まり、ジルコーは事なきを得て、そのまま腰が抜け地面に倒れ込んだ。
「ジルコー、起きろ!」
頬を平手打ちされ意識を取り戻した。
「行くぞ、盗みだ」
無理やりジルコーを立たせ団長は走り出す。
足元がまだおぼつかないジルコーはどうにか団長に追いつき、その背中を追う。
「居た!」
ウォーレンの視線の先には女性物のバックを持ち一目散に走る黒いフードを被った男。
「ジルコー、お前は被害者の確認だ」
「団長は?」
「俺か? あいつを追う」
頷いたジルコーは速度を落とし周囲を見渡し「被害者の方はどこですか!」
と携帯している騎士団章を掲げながら被害者を探すと先ほどアイリスが洋菓子店『バサラ・ジリアス』に案内したカップルの男の方が心配そうに彼女あの方を支えながら出てきた。
「大丈夫です、今うちの団長が追いかけてますから、捕まりますよ」
ジルコーはラブラブカップルかと心のうちで舌打ちしながら安心させるよに言う。
団長は走る。すでに中年真っ只中、体力の低下は否めないがそれでも、そこら辺に居る若造よりスタミナも瞬発力も桁違いに速い。長年騎士団長として第一線で活躍していただけある。
一般人などウォーレンからは逃げきれない。
だが逃げている男もそれなりに鍛えているのか、なかなか2人の距離は縮まらない。だがじわじわと確実にその差を詰める。
フードの男はスピードを緩めず角を曲がる。
その後に続くようにウォーレンも角を曲がるが曲がりきれず店の壁に肩を擦りながら無理やり曲がり切った。
角を曲がった団長は目を見開く、男が2mはありそうな木の柵を乗り越えたからだ。
『俺にはあれは無理だ』
奴がどうやって壁を乗り越えたのかわからないが、流石の団長と言えどこの壁は乗り越えられない。
僅か3歩走っただけでそう判断した団長は頭を守るように手を出しそのまま肩で木の柵に激突し破壊しながら犯人を追う。
「やっぱ、痛ってな!」
手の甲を切ったのか血が流れているが団長はそんなこと気にせずただ犯人を追う。
柵を突き破り突破したおかげが先ほどよりも犯人との差縮まる。その距離焼約10m程、犯人が後ろを振り返り、『まだ着いて来んのか』と言う表情で見た。
犯人は人混みを縦横無尽に蛇行しながら進む。
団長は「騎士団だ!! 犯人を追ってる!道を開けろ!」と叫びながら人の波を掻き分け蛇行しながら走っている犯人との距離を着実に詰める。
「待て! 止まれ!」
そう叫んでも止まらないことは理解しているがついその言葉が口出る。犯人の男は団長の静止に聞くそぶりすら見せず逃走を続ける。
それどころかこのままでは逃げ切らないと判断したのか露店の商品を手で撒き散らしさらに罪を重ねる。
「うぉ!」
足元に転がってきた商品を踏み潰さないように上手く躱しながら逃亡する犯人の追跡を続ける団長、しかしその距離はこの一幕で開く一方だ。
「器物破損も追加だ!!」
「まだ追いかけて来んのかよ! いい加減に諦めろ!」
「諦めるのはお前のほうだ! これ以上罪を重ねるな!」
ここで初めて男の声が聞こえた。
聞こえてきた声は比較的若い男の声だ。30代よりも若く20代中頃のような若い声だ。
「騎士団は被害者が望むならどこまででも追いかけ続ける! 地獄の底でもな! 逃げ切れることはない!」
「ギャーギャーうるさいんだよ! おっさんが!」
「俺のことをおっさんって呼ぶな!」
何に対する逆ギレなのかわからないがウォーレンは怒りで頭に血が登り一気に上がった血圧は身体の基礎機能を格段にアップさせる。
全身に血が回ったことにより、通常よりも心肺機能が向上し犯人との距離を縮めた。
「もう諦めろ!」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!! 黙ってろ!ーーッ!」
喋ることに意識を取られた犯人は地面の僅かな凹凸に足を取られ前方に回転しながら転倒した。
「観念しろ!」
転んだ隙に距離を詰める。手を伸ばせば届きそうな距離まで来たが犯人は最後の悪あがきをするかのようにモゾモゾと動いて逃走を続けようとするが、団長はふと手に持っている紙袋を思い出した。
「これだ!」
それは激辛串焼きが入った紙袋。
団長はそれを適当に破くと犯人の顔目掛け中に溜まったスパイスなどの刺激物を投げつけた。
団長の思惑通り犯人の顔面を容赦なくベチャベチャに汚す。
『擦れ……』
犯人は目元についた香辛料を手で擦ったその時、あの激辛串焼きが本領を発揮する。
「ぁぁぁ!!つわっつ!! 目が!!目がァァァァ!!」
もし人間が目玉を取り出せるならば取り出して洗い尽くしたい犯人はそんな気分に今なっているであろう。
目が強烈な刺激を受け開けられない犯人。それでもまだ逃げようと目が見えない中、這ってでも逃走を図るがもう逃げ切ることは不可能だ。
「よくもまぁ、ここまで弄んでくれたな……」
荒くなった息を整えた団長は恐怖心に完全に負けた犯人の背後に立つ。
「お前には俺の姿は見えてないだろうな……」
「や、やめてくれ! か、返すから! このバックは返す! だから捕まえないでくれ!!」
盗んだバックをウォーレンが取れないような高さにわざと投げつける。
「うぉ! と、セーフ」
ジャンプしバックを受け取ったウォーレンの視界から犯人の男は消えた。否。その先を3mぐらいのところを人に当たりながら先ほどよりも格段に遅い足取りで逃げる。
団長はそれを追いかけようとはしなかった。
団長の耳に馬の蹄の音が猛スピードで近づいてくるのが聞こえたからだ。
「往生際が悪いな、もう諦めろ」
「団長! お待たせしました」
団長のすぐ右側を馬に乗ったアイリスが颯爽と駆ける。
赤い髪を靡かせながら馬を操るその姿はまさしく女神と言っても過言ではない。
アイリスはこの騒ぎを聞きつけ犯人とウォーレンが残していった痕跡を辿りながらここまで一目散にやって来た。
「そいつだ、捕まえろ」
「はい!」
犯人の横に付く直前手綱を自ら手放し、馬から飛び降り犯人の膝裏を踏みつけるように着地した。
「ぁぁぁああぁあああああ!!」
その衝撃で足の骨の一本、折れた様子の犯人は前方に転び絶対に曲がってはいけない方へ曲がった膝を押さえ、苦痛で顔を歪める。
「よくやったアイリス。ジルコーが呼んだのか?」
「いえ、本部に通報があったので急いで馬を飛ばしてきました。犯人の痕跡があったので追跡は容易でした」
馬を呼び戻し手綱を握ったアイリスが答えた。 ウォーレンは常人なら一生感じることはないと思われる程想像を絶する痛みに苦しむ犯人の両手両足に手錠を付けた。
「ジルコーはどうした? 被害者と一緒にいたはずだが」
「さぁ? 見てませんね」
実際にはちゃんと見ていた。だが団長優先でジルコーの存在などすっかり忘れていた。
「団長、お怪我が」
手元に視線を落としたアイリスが団長の怪我に気づくが生憎手当てできるものを持っていない。
「あぁ、大丈夫だ。唾でもつけりゃ治る」
「では私のを」
「自分でやる」
「そうですか」
アイリスの目は何故か不満気味だった。