6 覗き見
※03話についてお知らせ。
喫茶店を洋菓子店へ変更して名前をルナ・リアからバサラ・ジリアスへ変更しました。
ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。
中盤以降は1 門の守衛 から繋がる部分があります。
深く読みたい方は先にそちらをご覧下さい。
ウォーレンは2人を見送ったのち、牢屋に足を踏み入れると完全に伸びた男を見つけた。先ほどまではちゃんと生え揃っていた歯は前歯を中心に失われて、舌が見えている。
頬は紫に腫れ上がり鼻血をタラタラと流す。
その姿を見て、「あぁ」と言う声が漏れた。
「ジルコー、やり過ぎた」
椅子に座っていたジルコーの頭を加減なく叩く。
「痛っ! た」
団長の愛ある拳は椅子を破壊しジルコーの尻を地面に叩きつけた。
最初に痛みを感じたのは頭だ。頭を押さえ痛みに耐えていると急激に尻が傷みはじめた。
上下同時に襲ってきた痛みに耐え切ると震える足で立ち上がる。
「団長を貶されて怒らない団員が居ますか? アイリスだって鬼の形相でこいつを睨んでましたよ、俺が止めなければ完全に殺す目でしたよ、アイリスを止めた事、褒めてくださいよ!」
人に責任転換して自分は逃げようと必死に言い訳をするが正論の前に屁理屈は立つことすら許されたない。
「だからって言って犯人ボコボコにする必要あるか?」
愛ある拳は2度落とされる。
今度はゲンコツを食う前に手でガードしたがほとんど威力は吸収できず、そのまま倒れ込んだ。
「さて。ジルコー。見回り再開だ」
「……今帰ってきたばっか」
「不測の事態だ。中断したら再開するものだろう」
「中断したら。中止するのが筋では?」
ウォーレンはそれに答えず倒れているジルコーを引きずり起こしアイリスに「また見回りに行ってくる。くれぐれもこれ以上怪我させるなよ」と伝言を残し無理やり外に連れ出した。
騎士団本部から出た2人はまたも厄介な事態に遭遇していた。
いつもの見回りコースの道を歩いているとウォーレンの顔見知りであるクレバーバァさんに出くわした。
クレバーはウォーレンの顔を見るや否や
「聞いてくれよ、ウォーレン」
と声をかけてきた。ウォーレンの返答も聞かずに話を先に進める。
「またウチの旦那、酒飲んで酔っぱらって帰ってきやがってな、今回こそ、叱ってくれないか?」
「一応話は聞きますよ……」
今回こそ、ではなく顔を合わせるたびに旦那を叱ってくれと頼まれ、牧師の真似事みたいな事を度々、している。それでも3日経てばその説教は酒と共に流れ出す。
「そうかい! すまんな。いつもいつも」
ウォーレンは何か言おうとしていたがパワルフクレバーバァさんの前にやれやれと首を振るのみだった。
そして今に戻る。
クレバーバァさんの家に案内された2人。
2人の前にはお茶とお茶菓子が出され、ジルコーはさっきからずっとお茶を啜る真似をしている。
もう目を合わせようともしない。
「旦那、酒はやめようぜ、飲んだって腹の足しにはなんねぇよ」
「おれには酒しかなぁんだ! ヒャク、俺を愛してくれるのは酒だけなんだよ、バァさんだって若い頃は綺麗だったのな今じゃしょぼくれちまった」
「悪かったわね」
その声と同時に皿が2人の目の前を通過し旦那の胸に直撃した。
「まぁまぁ、物は投げないでさ」
ヒートアップしそうな2人を止めに入るウォーレンだが2人の言葉の応酬は止まらない。
「あんたもなんだよ、酒に溺れて」
「うるさいんだよ! 酒は命だ」
「酒なんてただ苦いだけだろ」
「それがうまいんだよ! お前には一生わからないだろうな」
「あんたみたいに酒に溺れるなら、わからなくて結構」
ピシャりと怒鳴りつけたクレバーバァさんに手も足も出ず黙り込んだ旦那。
顔面を真っ赤にしてぶるぶると肩が震えてテーブルに拳を叩きつけ叫ぶ。
「いいよ! もう出て行ってやる!!」
旦那は酒瓶を投げ捨てるとズカズカと足をわざと鳴らし、外に出ていく。
ドアがおもっきり叩きつけられ、家が揺れた。
「勝手にしろ! もう帰ってくんな!」
「え?」
1人この話に取り残されたジルコーは唖然とした様子で2人の喧嘩を眺めていることしかできなかった。
「大丈夫だ、腹が減れば帰ってくる、どうする? バァさん」
「見苦しいところ見せて悪かったね」
「そんなに嫌なら別れればいいのに」
「一度好きになった男だよ、別れるなんて決心もう出来ないよ」
ジルコーに小言を言われたクレバーバァさんさんの目は悲しげだった。
♢ ♢ ♢
ジルコーは未練があるのかクレバーバァさんのことが気になるのか頻りに後方を振り返る。
「大丈夫だ。気にすんな。あのバァさんのところはいつもそうなんだよ、どうのこうの騒いでるけど、別れないのがその証拠だ」
何を気にしているのかなんとなく見当がついているウォーレンはそう声をかけるがやはりまだしこりが残っている。
この重い空気を晴らそうと明るめの声を出した。
「そう言えば、今日の東門の警備はニコールがしてるんだったな」
「えぇ、そうでしたね、ニコールなら心配ないですね」
これ以上この話は無しだと言うウォーレンの無言の圧力に負け一度あの夫婦のことは忘れる事にした。
「少し、覗き見しよう」
まるで、飯食いに行こう的な言い方で言ったウォーレンは少し歩く速度を早めた。「待ってくださいよ!」と置いて行かれたジルコーが声を上げるが振り返ることはなく「早くついて来い!」と言うのみであった。
少し歩きニコール達7番隊が居る東門の前にやってきたウォーレンは柱の影に身を潜めた。
「なんでこんなコソコソ?」
「こう言うのは雰囲気だ。こっちの方がおもしろいだろ」
「全然面白くないですよ」
まるで探偵小説の主人公になったかのような言い回しに嫌気が差したジルコーは大きく首を振ると、やってらんね、と言いその場を離れようとするがその背中にウォーレンが声をかけた。
「串焼き買ってきてくれ、お前の分の買っていいから」
と言い硬貨を投げジルコーが慌てながら取ると数人が並んでいる串焼きの屋台を指差した。
「そろそろ昼だ小腹が減ったからな、腹が減っては戦はできぬだ、頼む。余ったら小遣いにでもしろ」
「……わかりましたよ」
金ももらえて仕事もサボれるのであれば、もう何も言うことはない。ジルコーはイライラを押さえつけながら串焼きの屋台に並ぶ。
ふと団長が居たはずの物陰を見るとすでに団長の姿はなく、その周りを見渡すとニコールと新人が立っている柱の後ろでニヤニヤ笑いながら2人の会話を盗み聞きしているところだった。
「激辛串焼き一本と普通の一本」
「相当辛いけど良いのか?」
身の安全を心配した串焼き屋の店主が忠告したがジルコーは悪い笑みを浮かべながら頷く。
「あぁ大丈夫だ。袋分けてくれ」
「まぁそう言うなら」
店主は真っ赤な香辛料を大量に串焼きに振りかける。茶色気が強かった串焼きはあっと言う間に真っ赤な香辛料だらけの何かに変貌を遂げた。
串焼き屋の屋台から戻るとすでに団長が帰ってきていた。
激辛串焼きの袋を団長に渡して「汁が垂れるから気をつけろ、との事です」とわざと串焼き本体から話を逸らした。
「うん、そうかわかった」
ウォーレンが袋を開け中を見ようとすると「あそこの串焼きや安いですね」と団長の視線を前に誘導した。
「ん? そうなのか?」
「えぇ、すこしおつり多かったような気がします」
ジルコーの思惑通り、団長は視線を串焼き屋に向けたまま中身を確認せず激辛串焼きをハムッと齧る。
齧った当初は辛味の代わりに肉汁のおいしさが口一杯に広がる。一口噛んで二口噛んで、飲み込んで初めて口全体には辛味は広がり、喉に付着した辛味成分が激痛を伴い脳へ痛みの信号を急激に送り出す。
「っ!!! ぁあわぁぁぁあわあわあわあ!!!」
そのあり得ないほどの辛さに目ん玉が飛び出そうなほど目をひん剥いた団長は呼吸とも満足にできなくなり喉を抑え込み、膝から崩れ落ちた。
「み、み、み、み、みみみ、水! 水くれ!」
ジルコーはあらかじめ用意しておいた水筒を手渡すと入っていた水を全て飲み干した。