4 ガラスに映る自分の姿
2人を送った後の帰り道、アイリスは服屋のショーウィンドウを眺めていた。
マネキンに着させられたオシャレな服がガラスに写る自分と重なる。
「…………」
ガラスに手をつき。ため息をつくと、何かを振り払うように首を振り帰ろうとするが店内から出てきた店員に呼び止められた。
「何かお探しですか?」
「…大丈夫」
そう言い立ち去ろうとするが強引な店員はアイリスの腕掴み足を止めさせた。
「恋人でも探してるの? アイリス」
名前を呼ばれ振り返るとその店員はアイリスの知り合いのエリカだった。思わぬ再会に息が止まる。
「エリカ? 何してるの? こんなところで」
「私ここで働いてるの」
スカートの端をつまみ、アイリスに見せつけ、綺麗なターンを見せた。そして「どう? と目を輝かせて聞いてきた。」
「似合ってる、可愛いわ」
「えへへ、ありがと、前々からこの店、良いなって思ってたのよ」
品揃えがいいのか制服が可愛かったのかどちらかといえば後者だろう。
エリカが着ている制服はスカート丈が長いタイプでひらひらの少ない機能性重視の制服だか可愛さは損なっていないものだ。
「前の仕事は?」
「うるさい冒険者殴ったらクビになった」
軽いノリでそう言うと歯を見せるように笑顔になる。エリカの前の仕事は冒険者ギルドの食堂でウェイトレスとして働いていた、その時から若手の冒険者が自らの住所を書いた紙を手渡してくると愚痴っていた。その前は街の食堂で看板娘をやっていたがお尻を触ってくる変態を殴り飛ばし、店主達も変態を出禁にしたがエリカは店主に感謝しながらも店を辞めた。
私も、あんな顔で笑えたら……。
今の自分の表情はエリカから見たらどう見えるのだろう、アイリスは悩むが答えは出てこない。
「どうしたの? そんな湿た顔して、もしかしてフラれたの?」
「違う、私もそろそろ、考えないとなって思っただけ……」
「結婚?」
「そう」
重苦しそうに吐き出した言葉に軽いノリで答えたエリカ。それを肯定したアイリス。
僅かに間が空き、エリカは壊れたように笑い出した。
「無理無理。アイリスはそこら辺の男より男らしいじゃん、アイリスに合う彼氏なんてそれこそ同僚ぐらいしかいないんじゃないの? だってアイリス、デートで魔物討伐とかしそうじゃん」
「私だってそんな事はしない」
「武器屋周りとかは?」
「それはするかも……」
ゴニョゴニョとはっきりしない口調で呟く。
「普通はどこ行くの?」
「だから……その、」
「うん? 服屋とか? アクセサリーとか可愛い喫茶店とかじゃないの?」
「私には縁遠い場所ね……」
また俯いたアイリスの腕がいきなり掴まれアイリスは店内に連行された。
「ちょ、なのにするの!」
「ここは女性専門の服屋よ。そして私はここで働いてる、この意味わかる?」
少し考えるそぶりを見せたがアイリスにはその意味はわからず首を振った。
「私がコーディネートしてあげる」
「奢り?」
「服には奢りはないわ、でも少しぐらいならサービスしてもいいかも」
「わかった、お願いするわ」
アイリスの了承が得られた。
エリカはすぐに行動を始める。カゴを取り出し、アイリスに似合いそうな服を片っ端から詰め込み、まるで竜巻のような速さで帰ってきた。
「アイリスってあまりこう言うスカートは履かないわよね」
「ええ、いちいち足元気にして歩きたくないわ」
エリカはそれに頷き、カゴの中に入れたスカートを別のカゴに移す。
アイリスの私服はほとんどが可愛いと言うよりもかっこいいに近いもので占められている。
決して可愛いものを持っていないわけではない。アイリスの自宅のテーブルの上には犬の置物や猫の肉球を形どったペン置きなどが置かれている。それ以外にもシュシュや髪留め、真っ白いバックなど着ないものであれば結構オシャレなイメージの方が強い。
「アイリスはあまり肌の露出が多いのも嫌でしょ」
「そうね、好きではないわ」
カゴの中から半袖や丈の短いものを取り出した。
既にカゴの中には数点の商品しか残っていない。
アイリスは自らの発言のせいでと思い不安になる。
笑みを崩さないエリカを見て少し安心する。
エリカは最初からこうなることを予期していたのか余裕の表情で残った洋服を見て何か悩んでいる。
「難しそう?」
「ん? 大丈夫。逆に1番いいのが残ったから」
そう言うとまたアイリスの腕を掴み奥の試着室に連れ込んだ。
………………………
………………………
………………………
鏡を布で覆われアイリスからは何もわからない。
その直後、。視界を覆っていた布が取り払われた。
「良いわよ!」
アイリスは思わず息を呑む。
適度に色落ちしたジーンズ、アイリスの好み通りダメージ加工などはなされてない。
薄い緑のトップスに合わせる、黒のジャケット。
あまり胸を強調したくないアイリスにとっては鎧の胸当てと並ぶ防御力を持つ。
試着室にエリカが入ってきて外から持ってきた黒のバックを肩に掛けた。
「似合ってる、どう買って行かない? 今月私もう少し売り上げないとクビになりそうなの、助けて」
エリカは顔の前で手を合わせて悲惨そうな表情を見せるとアイリスがなんでこんなことで悩んでいたんだろうと吹っ切れ、笑う。
「ちょっと、笑い事じゃないんだけど」
「わかった。エリカのおすすめだもの、間違いないわ、これ貰っていくわ」
笑顔で頷いたアイリスは更衣室に戻り服を着替え、靴を履きそのまま店の外に出た。
「ありがとございま………した? ちょっと待って! アイリス! お金!」
会計をしていないことに気づいたエリカが急いで追いかけるとアイリスは笑いながら振り返りーー
「奢りじゃないの?」
と不思議そうな顔で聞いてきた。
「服屋に奢りはないの、サービスも無しにするわよ」
「それは困る」
渋々、店内に帰る2人の背中は明るいものだった。