45騎士団のお仕事 3 END
一年後の春。軍・騎士団合同入団試験
会場は去年と同じく軍演習場が使われた。
開始予定時刻まであと10分ほどに迫り、集まった参加者たちの顔が緊張で強張る様子が舞台裏でスタンバイしているアイリスからもはっきりと見えた。
私もそうだったわと言いたげに少し笑みを浮かたアイリスは舞台裏から離れると、比較的人が少ない林の中に向かう。
「団長。団長の分まで精一杯頑張ります」
周囲に誰もいないことを確認し、例え居ても大丈夫なように誰にも聞こえないようにアイリスは快晴の空を見ながら目を瞑り小さく呟いた。
元騎士団団長ウォーレンは去年限りで勇退し後任を副団長アイリスに譲った。それと同時に1番隊隊長ジルコーも巻き添えを食った形で引退。ウォーレンと共に軍学校教官に就任。
ジルコーの後釜は副隊長がそのまま昇進し、また副団長にはアイリスの希望でウィリアムが就くことになった。
その他にも7番隊隊長を務めたニコールも現役を退き家族と余生を過ごしている。
「おい、人を死人扱いするな!」
そこへ部下から同僚に変わったジルコーを連れたウォーレンが血相変えて怒鳴り込んでくる。
だが言葉とは裏腹に顔には笑みが浮かんでいた。
「あら、元団長。おはようございます。教官の分際で何か私に意見でも?」
つい先日までのアイリスからは考えられない発言に団長の口が大きく開いたままであった。
その隣ではジルコーが腹抱えて「だから言ったでしょ、能ある鷹は爪を隠すって」と言い笑っている。
うるさいジルコーは2人に同時に殴られた。
「まぁそれはさておき、お久しぶりです。団長」
「……痛い」
「あぁ、たった数日しか経ってないが表情が凛々しくなったなアイリス……いや、もう団長か。これからよろしく頼む」
お互い地面に倒れ込んだジルコーのことは気にせず話を続け、ウォーレンも変わらずあの時と同じように手を差し出だす。いつも通りの口調に戻ったアイリスは普段のように団長にだけ向ける笑みを浮かべ、その手を握る。
「はい。よろしくお願いします」
2人だけの思い出に浸っていたが時間が迫っているようだ。予定時刻より少し速いが司会役がやってきて「準備してくれ」と伝えに来た。アイリスはその手を離し「失礼します」と頭を下げステージに向かう。
「おい! 俺には?」
立ち上がったがその存在を忘れ去られたジルコーが騒いでいるがアイリスは振り返らず、マイクを受け取り階段を登る。
「アイリス」
登ろうと段に足をかけた時ステージの影から自身の名前を呼ばれアイリスは周囲を見渡した。
そしてアイリスの母フローネと父ロバートがゆっくりとした足取りで姿を現す。
なんと声をかけていいのかわからないアイリスはマイクを持ちながら視線を泳がしていたがフローネが優しくアイリスの体を包み込むんだお陰で泳いでいた視線が止まる。
「アイリス、ごめんなさい。何もわかってあげられなくて………」
フローネの目元にはアイリスが家を出てからずっと溜め込まれた涙がこぼれ落ちる。
「私も、本当に酷いことをした。謝っても絶対に許されることではない。許されなくてもいい、私は許されるべき存在ではない」
後ろで心を落ち着かせていたロバートもフローネ同様深々と頭を下げる。
「お、お母さん、お父さん……」
「何も、言わないで」
フローネは首を横に振るとアイリスの口に指を押し当て開かないようにした。
「アイリス、私たちはいつでもあなたのことを待ってる。今は貴女がやりたい事をやりなさい」
フローネはそういう時アイリスから自身の体を離しロバートの腕を取った。
「ロバート、私たちはもう帰るとしましょう」
「だな。アイリス。フローネも言ったが私たちはいつでも待ってる。昔のように1人で抱え込んではダメだ」
老人特有のにこやかな笑みを浮かべたロバート、フローネに「足元悪いから気をつけて」と言いフローネの腕を優しく握る。
「…………。はい」
聞こえないように小さく呟いたアイリスは2人に背を向け壇上、舞台袖に向かう。
「ねぇ、俺には何にもねぇの?」
ジルコーの悲しい呟きは完全に無視された。
「俺は、なんなんだろうな……」
そう呟くと、悲しい色に染まった背中を無理やり起こし、トボトボと歩き出す。
「どうでした? 娘さんの勇姿は?」
「ありがとう、団長さん。許してもらえたとは到底、思えないけど、少しは良くなったと思うわ」
フローネ達を呼んだ張本人ウォーレンは2人に声をかけると、言葉を選びながらフローネが答えた。
「団長さん。ありがとうございます。娘を救って頂いて」
「なに、『騎士団は住民に親切に』それが我が騎士団のもっとうです。アイリスもそれを受け継いでくれるでしょう、それと私はもう団長ではありませんので」
「ええ、そうでしたね。ウォーレン教官」
「聞いてましたか……」
恥ずかしそうに目を背けたウォーレンは諦めたように息を吐いた。
「聞こえてきたもので、今度、就任お祝いの花束をお送りしますわ」
「それは、アイリスにお送りください。きっと喜びますよ」
いつも通りの笑顔で答えたウォーレンはこの話はもう終わりと言うように「ここは自然に似せすぎたせいで、魔物も生息します。なので馬車を用意しました、少し揺れますがそちらの方が安全でしょう、もちろん私もジルコーも付いて行きます」と言い用意しておいた馬車をジルコーに持って来させた。
「人使いが荒いんだから」
片腕で御者代わりに馬を操ったジルコーがやって来た。馬を止め、手頃な木に括り付けると、馬車後部から小さい階段を馬車の横に置いて「どうぞ」と言い扉を開けた。
「フローネ、帰ろうか」
「ええ、そうですね」
ジルコーの腕を握ったフローネはゆっくりと馬車に乗り込み、その後ろをロバート、ウォーレンが続いて乗り、扉が閉められた。
「団長、もう出ても構いませんか?」
「大丈夫だ。安全運転で頼む」
「了解」
木の車輪止めを外し運転席に座り込んだジルコーは「では出発します、揺れますのでどこかに掴まっておいてください」と言ってから馬に前進を促した。
だがジルコーは本来のルートとは別方向は馬を動かした。ちょうどロバート達が乗る座席から舞台上のアイリスが見えた。
司会役に呼ばれたアイリスが前に向かい、軍・騎士団合同入団試験に集まった参加者達に頭を下げたところだった。
その後ろにはレイモンドやレイの2人も並んでいた。
「私は騎士団団長。アイリス・ニクマールだ。皆と同じく今年新団長になった。新人だ。よろしく頼む」
スピーカーから流れて来たアイリス何かせいにフローネの涙がこぼれ落ちた。
「これ、使ってください」
団長には似合わない赤いハンカチをフローネに手渡す。
「アイリスからの贈り物です。自分で渡すのは恥ずかしかったのでしょう」
団長が渡したハンカチは一昨日アイリスが渡しておいてくださいとお願いしたものであった。
団長はこれをフローネ達をここに連れて来て欲しいと言うふうに勝手に解釈し先ほどの行動に繋がった。
文句はないだろう。渡すものはちゃんと渡したからな。アイリスも自分で渡せばいいのに。
女の涙をマジマジと見るのは性に合わないウォーレンは視線を窓の外に向け今年の参加者達の背中を見ながら「頑張れ」と誰にも聞こえない応援を言葉をかけた。
「ジルコー! ルート通り走れ」
小窓を開けたウォーレンが御者に文句を付けた。
「あれ? 俺こっちを通るって聞いてましたよ」
「お前だけな」
こうなってはもう遅いとウォーレンは諦めると窓を閉めた。そしてどんどん距離が離れる一方のアイリスを見続けた。
お前なら大丈夫だ。なんせ俺が認めた団員なんだからな。
騎士団のお仕事 完
騎士団のお仕事は全45話を持って、完結となりました。読者の皆様、ここまでお付き合いして頂きありがとうございます。
クスッとでも笑って読んでいただけたのなら作者冥利に尽きます。
雄太




