39 湾岸都市オーシャン・パーク 2
集合時間の20分ほど前になると、子供達に『早く行かないと置いていかれる!!』とせがまれた団員達が姿を見せ始めた。
「パパ!! 早く行こう!」
10歳ぐらいの子供が父親の手を引き、足早にこちらに向かってくる。
「急がなくていいぞ! まだ汽車は出ないから!」
「ほら、団長もこう言ってるから大丈夫だって」
「ヤダヤダヤダヤダ!! 置いていかれる!!」
ちびっ子は団長の言うことも聞かず急いで駆け寄ってくる。
だがホームには乗るはずの汽車はまだ来ておらずがっかりしたような表情を見せた。
「ついでに言うと汽車はもう少ししないと来ないぞ」
このホームは貸切車両用のためのホームであり普段は使われていないホームだ。だがそうだとしても時間との兼ね合いはある。
みんなが待っている汽車は車庫からやってくる。
使われていないホームといえど何時間も止めて置けるわけもなく出発30分前にホームにやってくる予定となっているが少し遅れると先ほど駅員が伝えに来た。
子供達のことも考慮しゆったりと乗れるように車両数は10両編成で貸切にした。
その分予算は膨らんだが自分の懐は痛まないので気にしない。
すでに団長の周りには団員が続々と集まり子供達が汽車が来るのを今か今かとワクワクした目で待っている。
「みんな、あんまりホームの端に近づくな、落ちるぞ」
ウォーレンは子供達の前を横から後ろに下がらせるがすぐにじわじわと元の場所に戻った。
ウォーレンも子供を経験したことがあるみんなの気持ちはよくわかるが、事故が起きてからでは意味がない可哀想だが少し語気を強めて注意する。
この子供達の多くは汽車に一度も乗ったことがない。普通の生活をしているならば乗る機会がないからだ。
路線も都市と都市を繋ぐ役割が主で普段使いは想定されていない。
そして料金も一般庶民の月給の10分の1程と乗ろうと思えば乗れないこともないが少しお高めの設定となっている。
騎士団の団員は235名そのうち100名以上が子持ちで、奥さんが居るが子供はないを含めると150名以上が自分以外の家族を持っている。
残りの100人ほどは新人やまだ縁のない若手などだ。
ウォーレンは妻にも休暇のことを話をしたが『私には海は似合わないわ』と言い「みんなの楽しんできな」と言われた。
成人した息子達にも声をかけたが「仕事が忙しい」「休みが取れない」などと断られた。
そして奥さんからはお土産と楽しい土産話を持って帰ってきてね。と言われている。
汽車の定刻まであと30分に差し掛かろうとした時、線路の向こうから黒煙を噴き上げバックしながら汽車がホームに入線してきた。
それと同時に子供達が色めきざわめき立ち到着するのワクワクした目で待っている。
「おい! 子供達をちゃんと掴んでおけ、絶対に離すなよ!」
1番汽車に近いところに立ったウォーレンが子供達の家族に向けて声をかけ、両親達は我が子の肩や腕を掴み走り出さないようにした。
汽車はゆっくりとホーム1番後方まで車両を入れ停車すると同時に子供達が汽車の車体をペタペタ触ったり舐めたり抱きついたり思い思いのふれあいをしている。
そして汽車の先頭で異彩を放つ黒い塊。
光を全て吸い込むほど黒光りした機関車の前には子供達がまるで魚の群れのように集まり運転手をスパースターを見るような眼差しを向けると、運転手さんがニヤッと笑みを浮かべ、ご厚意で汽笛を「ぶおぉぉおーー!!」と鳴らし黒煙が噴き上がる。すると子供達からも歓声が上がり運転手は恥ずかしそうに顔を背けた。
ウォーレンはもう変な事故は起きないだろうと考え、次の仕事に向かうためウィリアムを探すとすぐに見つかった。家族揃って機関車をペタペタ触っていた。ウォーレンは夫ではなく妻に確認を取る。
「ラティーナさん、旦那さん、借りますけど大丈夫ですか?」
「なんで私じゃないの」
「えぇ、大丈夫です。好き勝手こき使ってあげてください」
「俺の意見は?」
若干一人称がぶれたウィリアムを呟きを無視し2人で話を進める。
「各隊長!! アイリスも集合してくれ!!」
団長からの集合が掛かり隊長達がすぐに集まるがそこにジルコーの姿はなかった。
「各々自分の部隊の隊員が居るか確認してくれ、居てもいなくても俺のところまで報告を頼む」
ウォーレンはそう言うと用意しておいた参加者名簿を各隊長達に手渡すが一番隊の隊長ジルコーは不在で代わりに副隊長が来ていた。
その副隊長は申し訳なさそうな表情で俯いている。
いくら自由奔放なジルコーと言えどこう言う一大事に遅刻することはなかった。
だが腕を無くしてからジルコーは少し変わってしまった。
「ジルコーは?」
「隊長は、行方不明です」
団長に問われ顔を上げた副隊長はボソボソと呟く。
一つため息をついたウォーレンは用意しておいた参加者名簿を差し出す。
「代わりにお前がやっておいてくれ」
それを受け取った副隊長はそそくさと逃げるように自分の隊のところに戻る。
「どうしますか? 誰か見に行かせますか?」
同じく資料を受け取りに来たアイリスが問いかける。つまり誰かにジルコー捜索の生贄になってもらうと言うことだ。そして私は行きませんよと暗に言った。
ここからジルコーの自宅までは往復するとして徒歩ならば約50分ほどはかかるだろう。
馬を使えばもう少し早いかもしれないが生贄になったものはまず間違いなく汽車に乗り遅れる。
「いや、それは無しだ。今から向かわせて入れ替わりになったら怖い」
ウォーレンの言う通り、入れ替わりになる可能性も十二分に考えられる。ここはジルコーが来るのを待つ事にした。
「あと20分、出てきますかね?」
柱に設置された時計を見ながらアイリスが呟く。
「どうせ、酒飲んで寝てるんだろ、来なかったら来なかったでいい。明日の汽車にでも乗って貰おう。もちろん自腹でな」
「ですね」
団長の考えに同意の意味も込め頷くと他の隊長達同様参加者名簿を持ち最終確認に向かう。
「やーーーだ!!! パパといっしょにいるぅぅ!!」
その時子供の悲痛な声が構内に響き渡る。
ウォーレンが何事だ! まさか、誘拐?と疑いのまさざしをむけ周囲を見渡すとウィリアムの背中に娘のスーザンがよじ登り遊んでいた。
多分だが団長に呼ばれたウィリアムがスーザンを降ろそうとして拒否されたのだろう。
「スーザン、パパは仕事なんだごめんな、ママのところで待っててくれ」
「やぁぁぁだーー!!!」
無理やり背中から降ろされたスーザンは人目も憚らずホームに寝っ転がりヤダヤダヤダヤダとゴロゴロ転がる。
その光景に懐かしさが湧いてきたウォーレンは深い溜息を吐くと仕方ないと言わんばかりに資料を手渡す。
「ウィリアム、スーザンも連れて行ってやれ」
「でも……」
足元で転がる娘の悲しそうな表情を見てしまうとこれ以上の言葉出てこなかった。
ウォーレンは膝地面に着くと寝っ転がるスーザンを立たせ服に付いた埃を落としてから聞いた。
「パパの仕事、近くで見たいよな」
「みたい!!」
スーザンはバタバタとジャンプしながら満面の笑みで答えた。
「だとさ、連れて行ってやれ」
「わかりました。行こうスーザン」
諦めたウィリアムはスーザンの手を掴み連れて行こうとするが動かない。
「スーザン?」
「かたぐるま!」
「わかったよ」
抱っこしようとしゃがん父親の背中によじ登り、首に到達した。
「落ちるなよ」
「それもほしい!」
スーザンの目線の先には先ほど団長が手渡した参加者名簿があった。
「これはダメ」
「ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダほしい!!!」
またも騒ぎ出したスーザンは足をバタバタさせてウィリアムの鎖骨を直撃する。
「ぁぁあ! 痛い!」
「ほしい!」
「これは本当にダメ」
「パパきらい!」
その言葉はウィリアムの心にぐさっと突き刺さるダメージを喰らわす。
だが仕事だ心を鬼にしてウィリアムは名簿を渡さなかった。
だが上に乗っているのはスーザンだ。子供はすぐに忘れる。ウィリアムが確認をとり始めるとすっかり名簿のことなど忘れ普段見慣れない景色を楽しそうに見ながらウィリアムの髪の毛を引っ張り操縦していた。
「あっち!」
「スーザン! やめろ」
「こっち!」
「いてててて、スーザン! 降ろすぞ」
そう言うと降ろされたくなかったスーザンは操縦をやめた。




