騎士団のお仕事 番外編3
※ 番外編と題打ってありますが、本編を補完する役割も含んでいますのでお読みいただけると、この後の話の流れがわかりやすくなります。
また、スルーしていただても、本編には影響はありません。
あの状態のピートに声は掛けられず、置いて行かれた。レイモンドも移動したが変わらずストーカーのようにアクアから離れ護衛を続けている。
「ジルコー、さんでしたよね」
最初に口を開いたのはマリアだった。
先日の公式訪問の際、反体制派がマリア王女を襲撃する可能性を考慮し影武者を使い、大勢の人たちの命を奪い、ジルコーの右手を失われせる原因を作った事をマリアはずっと悔やんでいた。
いつか謝りたい、と常々考えていたがタイミングが合わず。今日まで時間がかかってしまった。
「あぁ、そうだ」
ぶっきらぼうに答えたジルコー。視線を合わせようとはせず、窓の外を眺めている。
ジルコー自身、腕を無くしたことは己の腕が未熟だったからと理解している。
マリアが来たことが原因と言うならば事実だが、それとこれは関係ない。だから名前を呼ばれる謂れはない。
「先日はピートが、失礼いたしたしました」
「謝らないでくれ、王女さん。こんな仕事だ怪我をするのも当たり前、腕も足も無くなるかもしれない。それに死ぬ可能性だってずっとついてくる。それを理解して、俺らは命張って騎士団員をやってるんだ。王女さんのせいじゃない。俺の腕が未熟だっただけだ、それにお前さんが死んだら、俺ら全員、処刑ものだよ、それに比べたら腕の一本で済んだんだ。安いもんだよ」
「そうは言っても……」
「ピートなら絶対に謝らないと思うぞ」
これ以上アクア・マリアに辛い思いはさせないとわざと口を挟んだウォーレン。だが空気を変えられる話術は持ち合わせていない。
「こないだも、お前らがトイレに行ったことにして時間稼いだんだが、その時あいつ、なんで言ったと思う?『例えトイレだろうと護衛として付いていく』ってだってさ、マリアの為ならどんなことでもしただろ。それにアクアの護衛のために必要ならば俺も影武者を使う」
いつも、優しい顔をしているウォーレンの力が込められた声にこの場の空気が一段と重いものとなる。空気を変えるとは、かけ離れたものであった。
だがそんなことでも今のアクアには十分だ。
「そう言っていただけて幸いです」
「それよりも団長、あれはどういうことですか?」
この空気を嫌がったジルコーが話を唐突に変えにかかる。
「あれ? なんのことだ?」
「国立墓地に、『ジルコーの右腕、ここに眠る』って書かれた墓を見つけたんですけど」
ジルコーが自分で見つけたという感じに言っているが正確に言えば、アイリスが死んだ仲間達の墓に足を運んだ際にたまたま見つけたものである。
そもそもジルコーの右手はまだジルコーの自宅に置かれている。墓に埋葬する気もないし、墓を作るなど一言たりとも言っていない。
「あぁそれか、いつまでも、手元に置いておくわけにはいかないだろ、だから作っておいた」
ウォーレンはあくまで、親切心から、いつまでも、過去を引きずるなと言う意味で作ったと言っているが、それはジルコーの怒りをさらに増大させるだけであった。
「団長! 俺はそんなこと頼んだ覚えはありませんけど」
「団長たる者、部下の心の内を理解するのも俺の仕事だ、だが気に食わないと言うなら、作り直すか」
「そう言うことじゃないですよ!」
その調子で団長を問い詰めようとしたジルコーだったか、店の厨房から出て来た自分と瓜二つの男性を見た瞬間、威勢の良かった声が詰まった。
「バジル……」
「兄さん」
「さぁ、俺らは邪魔だ。帰るぞ」
ここぞとばかりにウォーレンは立ち上がり、「会計してくる」と言いレジへと向かう。
「ジルコーさん、早く仲直りしてくださいね、いつまでも片腕ない自慢されると団員達の士気にも関わりますので」
サクラの口元についたクリームを指の腹で掬い、自分の口に入れたアイリスも立ち上がり席に直し、サクラを連れ外は出た。
それに続くように「待ってよ、ウォーレン!」という声と「申し訳ございません」というマリアの声、そして「アクア様待ってください!」と言いながらレイモンドがその背中を追いかけていった。
誰もピートのことは覚えていなかった。
「お帰り、兄さん」
「ただいま、バジル」
兄弟のわだかまりは少しほぐれた瞬間だった。
「こんな予約席、要らないのに、それに毎月毎月、持ってこなくてもいいんだよ……美味しかったよ、もっと早く帰ってくれば良かったな」
ずっと堪えていた涙がテーブルに溢れ落ち水溜りを作った。
♢ ♢ ♢
「さぁ、どこ行こうか。まだ時間はあるんだろ2人もと」
「私たちは大丈夫。ウォーレンは?」
「もう用事は終わったからな。俺らも暇だ。騎士団もウィリアムのやつがまとめてくれるだろ」
ここにはいない人物に全ての責任を被せ、ウォーレン一行は、城下町へと観光に向かった。
その後、夢の世界から現実世界に戻ったピートが大慌てで、マリアのことを必死に探してたのはまた別の話である。
♢ ♢ ♢
翌日、生まれて一番と言えるほど最悪の目覚めで朝を迎えたジルコーは見慣れた天井をじっと見つめて、ゆっくりと背中を起こす。
「嫌な夢を見た………」
寝癖が付いたままの髪の毛を掻き上げ、カーテンを開ける。
「もう、過去の清算はしたんだ、あいつも楽しそうに働いてた、これ以上、俺が迷惑をかけるわけにはいかない」
ジルコーはつい先日の帰省の夢を見ていた。
団長命令を無視し続けていたがこの間、半ば強制的に実家へ帰させられた。なぜか団長とお供付きで。それにサクラも巻き添えを喰らい、年相応の顔で、べらぼうに高いパフェを食べていた。
それに加えて、お忍びで、マスカレード王国の王女さんとアクア王女まで同席するというよくわからない事態になった。
マリアを見た時、何と名づければいいのかわからない感情が腹の奥底から湧き上がった。
この王女が俺の腕を奪い取った。
今考えれば、あの時湧き上がった何かは殺意だ。今ならば断言できる。
だが、この王女様はそれとは何ら関係ない。腕を失ったのは自分が油断したからだ。
自分が油断したら腕を失った。その原因をマリアに押し付けたならば。それはただ逆恨みと何ら変わらない。
直接の原因を作ったわけではないが、胡散臭い謝罪ではなく、心がこもった本当の謝罪を受け。その感情は消え去った。
それに年若い女の子が、美味しそうに自分の弟の店のお菓子を頬張っているのを見たら、なぜだが笑みが溢れきた。
俺も、そんな風になれたのかな、と。……誰かを喜ばす事ができたのかと。だがジルコーはそれに首を振って否定する。
実家を追い出されたからこそ、軍に入隊し、騎士団に転属し、団長に出会え、ウィリアムに出会え、アイリスに出会え、他の団員たちにも会えた。
お菓子作りの腕が壊滅的だったからこそ、みんなと共に働けている。
自分は幸せだ。
胸を張って、声を大にして言える。たとえ、腕があろうとなかろうと。団員たちとの思い出が消えたわけではない。
「そういや今、何時だ?」
涙で腫れた目を擦りながら壁にかけられた時計を見た。
「もう8時じゃねぇか!!!」
その衝撃に睡魔が吹き飛んだジルコーは3日前からウキウキで準備しておいた荷物を左手で掻っ攫い急いで玄関に向かう。
「やばい遅刻だ!!」
ダダダダと、室内を走り、普段からだらしなく、履き捨ててある靴を履き、鍵も閉めずに家を飛び出した。




