騎士団のお仕事 番外編2
※ 番外編と題打ってありますが、本編を補完する役割も含んでいますのでお読みいただけると、この後の話の流れがわかりやすくなります。
また、スルーしていただても、本編には影響はありません。
アイリス、サクラ、そしてこの一件の張本人であるジルコーを連れ、ウォーレンはジルコーの実家であるバサラ・ジリアスを訪れた。
店の前には数十メートルに渡って行列が出来るほど繁盛しており、もしウォーレン1人で訪れてならば、回れ右して別の店を探していたであろう。だが今日は店主の兄であるジルコーを連れているお陰で帰らなくて済んだ。
それどころか列に並ぶ必要すらない。
「予約してたジリアスだ」
ウォーレンはその嫌というほど並んでいる大行列を尻目に列の先頭に向かう。
抜かれていった何百人という人々の『列に並べ』という強烈な視線を浴びせられるが気にせず、先頭でお客さんの相手をしていた艶のある黒い長髪が印象的な女性店員に声を掛けた
「ジリアス様ですか。こちらへどうぞ」
店員はその名前を聞き、すかさず店の奥へ4人を案内する。
それと同時に怒号とも取れる怒りの感情満点の罵声が飛び交う。
「え? 予約席なんてありましたっけ? ここ予約とかしてなかったと思いましたけど?」
汚い言葉を聞かさないようにサクラの耳を塞いだ、アイリスが先を行く団長に聞いた。
「えぇ、ジルコー・ジリアス様。30年前からずっと予約してあります」
だがそれに答えたのは団長ではなく店員だった。
「ちっ、何が予約席だよ、揃いに揃って、お人好し過ぎるだろ、後ろのあれ見てみろよ、どうするんだよ」
その店員と視線を合わせたくないジルコーは列に並んでいた客の方を見た。今にでも暴動が起きそうなほど熱が帯び、男性の店員が三人がかりで必死に抑えている。
「お兄様のせいですよ。もっと早く帰ってくればこんなことにはならなかったと思いますよ」
「お兄様?」
アイリスが驚きの表情で2人の顔を見比べる。
目元はそっくり、鼻立ちも瓜二つだ。
違うところといえば、髪の毛ぐらいだろう。店員さんの方は艶のある黒い長髪、ジルコーは日々のストレスからか白髪が増え始めた短髪。
「似てる……」
ジルコーはアイリスに構っている余裕もないからか、それを無視した。
「久しぶりだな、シュリナ」
「お帰りなさい。お兄様」
「もう48だ、お兄様はやめてくれ」
「お兄様はお兄様です。幾つになっても、私の大切なお兄様です」
「わかったよ。好きに呼んでくれ」
諦めたジルコー達を妹のシュリナが店の奥、一番日当たりのいいテーブル席へ案内した。
席の上にはもう何十年も置かれているのか色褪せた『予約席』と書かれた札が1枚置かれていた。
シュリナはそれを取り上げるとテーブルに日焼けの跡がクッキリと出た。
この30年という月日の長さを象徴している。
「ご注文、お決まり次第お呼び下さい」
札をエプロンのポケットに入れ、4人にメニュー表を手渡すと、一礼し、他のお客の相手をするために忙しなく動き出した。
「ジルコーさん、妹さんいたんですか?」
「妹って言っても、もう40だけどな、それに旦那もいるし子供も居る」
「でも驚きました、ここ予約なんてしていなかったはずなのに、それにこのテーブル他の物よりもだいぶ古いですね」
「だろうな、両親の代から使ってる奴だよ。もう50年も使ってる」
ジルコーはテーブルの端に汚い字で書かれた自分の名前を左手でそっと撫でた。
「このらくがき、俺が8歳の時に書いた奴だ」
アイリスの前にもバサラ・ジリアスと書かれ、
ウォーレンの前にはシュリナ・ジリアス
サクラの前にはミリア・ジリアス
そのほかにもバジル・ジリアス、ミルネ・ジリアス
五人の名前が等間隔に書き込まれていた。
「あの時のオヤジの顔は忘れられない。あんなに怒られたのは産まれて初めてだった。今まで生きてて、あそこまで、怒られたことなんてない」
「バジルにシュリナ、ミリア、オヤジに母上に、皆んなでこのテーブルを囲んで、オヤジが試作したクッキー食べて……食べて……」
ポロポロと左手の手のひらに涙がこぼれ落ちる。
「ジルコーさん……」
「悪いな、楽しい空気潰して」
アイリスの呟きに答えたジルコーは涙を拭きとり無理やり止めた。
♢ ♢ ♢
注文を終え、ウォーレンは席トイレへ向かう為を立った。
手を洗い、トイレから戻ってくると4人掛けのテーブルに1人寂しく座る同期中年おっさん団長の背中を見つけた。
「よう、レイモンド。お前にこんな趣味があったとはな、驚きだな」
「チッ、来たくて来ているわけではない、見てみろ」
機嫌悪く舌打ちをし、顎をくいっと向ける。ウォーレンが顎で示された方を見るとアクアと………
「マリア!?」
「ウォーレン? 何してるの?」
「ウォーレンさん、おはようございます」
この光景に唖然としているウォーレンに2人とも手を振って、ウォーレンを呼びつける。
「座って!座って!」
アクアに呼ばれ、レイモンドの許可も取らずに相席した。
「おい、相席は許可してない、帰れ/いいのよ、王女命令よ」
レイモンドの警告に被せるように言われ、これ以上レイモンドにはなす術はなく、元いた席に戻り、別れた彼氏のように顰めっ面で3人のことを見張っている。
「で。なんでお前らこそ、ここにいるんだ?」
「えーと……両国の親善を深めるために……王女自ら、双方の国を行き来して、お互いの国の文化を学ぼうかなーって、えへへ」
質の悪いアクアの言い訳にウォーレンは「どうするんだよこれ……お、俺は知らないぞ」と項垂れてしまう。
もう自分には関係ない。何かあれば全てレイモンドとピートのせいだと見て見ぬ振りをしてマリアの護衛であるピートを探すが見つからない。
「ピートはついて来てないのか?」
「ピートならあちらに」
マリアの陶磁器を思わせるような純白の指が示す方を見ると何故かカウンターに座りマリアに背中を向け、護衛そっちのけでケーキの皿の山を作っているピートが居た。
「ケーキがあまりにも美味しすぎたせいで、使い物にならなくなってしまいました」
「そ、そう……」
流石にある意味哀愁漂う、中年おっさんの背中に言葉をかける事は出来ず、視線を逸らして見なかったことにした。
見ていなければ何も起きてない。そう信じて。
「そうだ、あっちにみんな居るから、来るか?」
「行く!」
「了解」
ウォーレンはシュリナに事情を説明し、自ら椅子を持ち上げ、アイリス達と合流した。




