3 『未来を、育てる』
「お前の気持ちはよくわかった。そう簡単に自分の気持ちにケリを付けれないのも痛いほどよくわかる。俺も団長の座を退こうと決心するのに時間がかかった、だが俺は気付いたんだ。未来を育てるのも面白そうだなと」
「未来を、育てる……」
思わず復唱したジルコー。無意識のうちに出ていた声は軽いものだ。自らの声が耳に届くと詰まっていた何ががパラパラと崩れた。
「後進育成も前線に立つという意味じゃ、同じだと俺は思う。まぁまだ時間はある。別に今日明日で決めろって話じゃない」
ウォーレンの重い言葉に俯き、自分の中の何かと妥協しようとしているジルコーはその言葉に顔を上げた。
「わかりました。ついでに若手には聞かせられないような話、して良いですか?」
「あぁ、好きにしろ。部下の話を聞くのも団長の仕事だ」
人懐っこいこく、頼り甲斐のあるのある前を浮かべたウォーレンは大きく頷く。
「ありがとうございます。……俺は引退したら極力関わるべきじゃないと思うんですよ」
「アイリス達にか?」
「えぇ、後進育成の為に関わるのは仕方ないと思います。でもアイリス達にいつまでも俺たちがいる、俺たちが見ていてくれるっていう認識を持たせたくないんですよ」
その話をゆっくりと頷きながら噛み砕く。
ウォーレンも同じような認識を持っていた。アイリスよりも先に俺たちが死ぬ、戦争でもない限りそれはまず間違いない。いつまでも甘えられる立場ではない。
「うん。だな。俺たちの方が先に死ぬのは間違いない、お前は後進育成で2人と関わるもの甘えだと思うんだな」
「そうです。必要な情報の共有はするべきだと思います、でも俺たちがどう思っているかに関わらず2人の心のどこかには俺たちが居ると言うある種の安心感は必ず残ってしまいます。たとえそれを2人が意識していなくても」
無意識のうちにジルコーの拳が握られている。
「だろうな、俺も先代団長が戦死して急遽団長に指名された。初めは不安だった。だが先先代の団長が時々見回ってくれたから安心して仕事ができた。だがそれも長くは続かなかなかった」
先代団長は盗賊討伐の際に戦死した。盗賊の1人が放った弓が腕を掠った、怪我自体は深いものではなかったがその矢に毒が塗られていた。
その場で手当てをしていれば命までは落とさずに済んだかもしれないが盗賊討伐は敵の攻勢に遭い少し劣勢に傾き始めタイミングだった事もあり手当てを断り前線で奮迅していたがその最中も毒が全身に周り気力だけ立っていた。どうにか討伐を終えた直後先代団長は帰らぬ人となった。
その後、当時副団長だったウォーレンが昇進した経緯がある、
「いなくなって初めて誰がが見ていてくれる有り難さに気づくんだ。自分たちが不安に思うことを今のうちに潰しておきたいのはよくわかる、だが、全部俺たちが先回りして潰してたらあいつらは成長出来ない。壁を乗り越えてこそ2人は成長する、酷なようには感じるかもしれないが、それを乗り越えられないような奴に団長の座は務まらない」
ウォーレンははっきりと断言した。
どんなに有望株だろうと誰かを切り捨てられない奴は上には立てないと。
「まぁ、そうですね。俺らは見守ることしかできない……」
「それは責任逃れだ。適切な時に手を差し伸べる必要もある、だけど適切な時って言うのが1番難しいんだ。13年団長やってるがいまだにその適切なって言うのはわからない」
自虐風に言うと後頭部を掻き、この暗い雰囲気を吹き飛ばすように笑う。
「そうですね。辞めても完全に縁が切れるわけじゃないですからね」
「何度も言ってるが急ぐ事はない。俺は来年辞めるその時にまた聞くわ」
「やっぱり辞めるんですか……」
「俺の役目は終わりだ。例えるなら……焚き火だな、あれも火が消えかかると新しいの入れるだろ、そう言う事だ。俺の薪はもう消えかかってる」
自分を焚き火と表現した団長。
燃え滓しか残っていない薪は取り替えられ新しい薪が投入される。
そして今のウォーレンはもう消えかかっている薪木であると自分を表した。
♢ ♢ ♢
備品倉庫の確認を終え、新しい空気を吸う為に外に出たウォーレンは観光客らしきカップルに話しかけられた。
「すいません」
「はい、なんですか?」
団長に話しかけてきたのは女性の方で右手には地図を持っている。その地図を見ると赤い丸が付けられ『ここに行く』と書かれていた。
「この、バサラ・ジリアスと言う洋菓子店に行きたいんですけど……わかりますか?」
その女性は聞いた相手が間違っていたとでも言いたそうに申し訳ない表情を浮かべる。
それは間違っていない。団長は今時のハイカラな店はサッパリわからない。だが、この店には心当たりがあったが、おっさんよりも若い女の子の方が安心できると考えてあえて言わなかった。
「新しい店には疎いもので……今若いの呼んだきますよ」
「お願いします」
返事を聞く前に団長は少し小走りで本部の中に入り、1番若くてそういう若い女性が好みそうな洋菓子店を知っているであろう人物。アイリスを呼び出した。
「バサラ・ジリアスという洋菓子店に行きたそうだ。正直いうと俺にはわからない。道案内頼む」
団長に呼ばれ、るんるんな笑顔で出てきたアイリスは少しだけ嫌そうな顔を見せたがすぐに引っ込め、営業スマイルでその女性の地図を受け取り、「わかりました、このお店、少しわかりにくいところにあるので案内します」と言い2人を先導して歩いて行った。
騎士団本部から歩く事約3分。
「もう騎士団は長いんですか?」
女性の方が聞いてきた。先ほど聞いたところ名前はキャシーと言うそうだ男の方はレオナルド。
キャシーは王都近郊の街ライムから観光目的で王都を訪れた。
オレンジの花柄のワンピースに合わせるように白いバックを持つ彼女の笑顔は向日葵のようだ。
一方レオナルドは既に相当、買わされているのか両手に紙袋を携え引き攣った笑みで2人の会話を眺めている。
「私ですか? もう14年目ですね。18歳の時に騎士団に入ってそのまま騎士団一筋です、2人のご関係は?」
まるで子供を見守る母親のような笑みを浮かべドギヅイ質問が飛び出す。
やめてよ〜も〜とキャシーが恥ずかしそうに真っ赤になった顔を抑える。
「もう3年くらいになる?」
「うん、そうだな。そのぐらいは経つ」
後ろを歩いていたレオナルドの腕を掴み前に引き摺り出すとゴニョゴニョと言う。
レオナルドの下から覗き込むように見つめ合う2人。傍から見るとまさしくラブラブカップルだ。
その2人を見ているとアイリスはなぜか虚しさを感じた。
「私は色恋はには縁がないですからね、なんか羨ましいって言ったら変ですね、なんて言ったら……」
「アイリスも可愛いですよ、こんな可愛いのになんでそんなこと言うんですか?」
彼氏の腕を話したキャシーはアイリスの顔を両手で撫でるように触る。
「やっぱり騎士団にいると暑苦しいって思われるみたいで……」
「大丈夫! きっと貴方のことをちゃんと見てくれる人が必ず現れるわ」
「なら良いですけど」
少しだけ女の顔を見せたアイリスは視線を逸らした。その先に2人が探している洋菓子店が目に入る。
「話していると時間が早く感じますね、あのお店です」
その洋菓子店の前に着くと行列が何十メートルと続く繁盛店であった。建物の二階部分には『バサラ・ジリアス』白色では縁取られた看板がかけられてあった。
「ありがとうございます」
「良いのよ騎士団はなんでもするから」
アイリスは笑顔で手を振り2人が店の中に入るを見送ってから快晴の空を見つめる。
「私もそろそろ、考えないと……」
その言葉が何を意味するのかアイリス以外わからない。